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『召喚した地球文明で異世界を遊び尽くす――無限魔力の少年と七人の影姫が築く大帝国』  作者: Ren Hazumi


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第3話「村人から買った、一杯のスープ」

第3話「村人から買った、一杯のスープ」


レスタラの門が、ゆっくりと背後で閉じていく。


木材が蝶番と擦れ合う、重たい音が響いた。


サクオミは振り返らなかった。


そのまま数歩進んでから、ようやく歩く速度を落とした。


門の外では、自分が何者なのかなど知る者もいない、広大な森の世界だった。


だが、ここには人がいる。


ルールがある。


食べ物がある。


そして何より――


情報がある。


「……まずは食べよう」


腹が、絶妙なタイミングで空腹を訴えてきた。


朝から食べたのは、アイテムボックスに入れていた備蓄だけ。


サクオミは自分のポケットに触れる。


そこには、いくらかの硬貨が入っていた。


この世界の金ではない。


アース・アーカイブから呼び出した金だ。


だが、少し考えた末に取り出すのをやめた。


「これを受け取られたら、それはそれでおかしいよな」


サクオミは、地球にいた頃から機械やシステムに関わる仕事をしてきた。


そこで学んだことが1つある。


未知のシステムに対して、いきなり適当なデータを入力してはいけない。


まず正しい入力方法を確認する。


だからこそ、サクオミはもっと単純な方法を選んだ。


人を探す。


聞く。


現地の金で払う。


そして、余計な注目を集めない。


レスタラの大通りは、それほど広くない。


馬車同士ならすれ違えるが、歩行者は車両が通るたびに少し道の端へ寄る必要がある。


サクオミは道の端を歩いていた。


すると、1人の少年がパンを抱えて走っていく。


「母さん! 買ってきたよ!」


「道路で走らないの!」


「走ってないよ!」


「それを走ってるって言うの!」


「違う! 速歩き!」


サクオミは思わず笑いそうになった。


「……子供は、どこの世界でも子供か」


そのまま歩き続ける。


道沿いには、木製の看板を掲げた家がいくつも並んでいた。


食べ物を売っている店。


布を扱っている店。


農具を修理している店。


そして、野菜の入った籠を前に置き、家の前に座っている年配の女性。


サクオミは足を止めた。


「すみません」


女性が顔を上げる。


「はい?」


「さっきレスタラに着いたばかりなんですけど、少し聞いてもいいですか?」


「旅人かい?」


「まあ、そんなところです」


女性はサクオミの服装を眺める。


「1人で?」


「はい」


「どこから来たんだい?」


また同じ質問か。


サクオミは、すでに用意していた答えを返す。


「この領地の外からです」


女性は小さく笑った。


「安全な答えだね」


サクオミも笑う。


「そんなに分かりやすいですか?」


「少しね」


「じゃあ、もっと上手く答えられるように勉強しないと」


「そこまでしなくていいさ。面倒事を起こさないなら、ここの人間はそれほど気にしないよ」


サクオミは頷いた。


「食べ物を買いたいんです。旅人でも入れるような店はありますか?」


女性が道の先を指差す。


「安く済ませたいなら、マレンのところでスープを買いな」


「マレン?」


「青い扉の石造りの家だよ。ここからそう遠くない」


「分かりました。ありがとうございます」


「ちょっと待ちな」


サクオミが足を止める。


女性はサクオミの腰にある財布を指差した。


「ヴァレルネ硬貨は持ってるのかい?」


サクオミは少し黙った。


「まだ、あまり」


「だったら、いきなり宿には行かないほうがいい」


「どうしてですか?」


「相場を知らなきゃ、余計に払わされるからね」


サクオミは興味を持った。


「だいたい、いくらくらいですか?」


女性は肩をすくめる。


「何を食べるかによるね」


「簡単なスープなら?」


「銅貨が数枚ってところさ」


サクオミは頷いた。


「ありがとうございます」


そう言って、再び歩き出した。


頭の中には、先ほどの数字がすぐに記録された。


銅貨が数枚。


まだ具体的な金額ではない。


それでも、1つ分かったことがある。


この世界の金は、単なる交換手段ではない。


何を買うかによって、その価値の感覚が変わる。


そして、その基準を理解しなければならない。


青い扉の石造りの家は、サクオミが想像していたような食堂ではなかった。


少なくとも、地球で知っていたレストランとは違う。


扉の前には長いベンチがあり、何人かの客が木製の器を手に食事をしている。


建物の奥からは、薄い湯気が立ち上っていた。


サクオミは中へ入った。


40歳前後に見える女性が、テーブルの近くに立っている。


「食べるかい?」


「はい」


「好きなところに座りな」


サクオミは壁際の席を選んだ。


女性が器を手に取る。


「野菜スープと肉スープ、どっちにする?」


「1番安いもので」


女性が笑った。


「新入りかい?」


「やっぱり分かります?」


「さっきから、初めて村を見た人間みたいに道を眺めてたからね」


「実際、ここは初めてです」


「野菜スープなら3銅貨」


「水は?」


「ここで食べるなら無料だよ」


サクオミは頷いた。


「じゃあ、野菜スープでお願いします」


「はいよ。少し待ってな」


女性が奥へ戻っていく。


サクオミは椅子に座った。


隣のテーブルでは、2人の農民が収穫について話している。


「先週の雨は強すぎたな」


「だが、北側の小麦はまだ悪くない」


「これ以上、値段が下がったら赤字だぞ」


「南から来る商人は、まだ買ってくれる」


「でも、買い叩いてくるじゃないか」


何気ない会話だった。


だが、サクオミにとっては、こういう会話こそ欲しかった。


価格。


収穫。


商人。


輸送。


すべてが繋がっている。


この世界の経済がどう動いているのか、まだ分からない。


それでも、レスタラのような村が完全に孤立しているわけではないことは分かる。


食料が入ってくる。


商品が出ていく。


商人がやって来る。


馬車が走る。


他の地域との繋がりがある。


サクオミが顔を上げた。


目の前に、木製の器が置かれていた。


「はいよ」


「ありがとうございます」


スープは、いたって普通だった。


野菜。


少しの肉。


出汁。


サクオミはスプーンを手に取った。


一口。


温かい。


塩気がある。


少し脂が浮いている。


サクオミは黙った。


味が格別だったからではない。


むしろ、普通だったからだ。


事故に遭い、知らない森で目を覚まし、見たこともない世界に放り出された。


そんな状況の中で――


この何の変哲もない1杯のスープは、アース・アーカイブにあるどんな物よりも現実味を感じさせた。


「……美味い」


先ほどの女性が、別の器を運んでいた。


彼女が振り返る。


「ただのスープだよ」


「だからこそです」


「何がだい?」


「……なんでもありません」


女性は眉を上げた。


「変な子だね」


「今日、それ言われるの2回目です」


女性は笑った。


「だったら、レスタラへようこそ」


サクオミは再びスープへ視線を戻した。


それから数分間。


システムを開くこともなかった。


車のことも考えなかった。


魔法のことも考えなかった。


ただ、食べた。


やがて器が空になる。


サクオミは財布を取り出した。


そこには、先ほどシステムから得たヴァレルネの銅貨が入っている。


硬貨を手の中で確認する。


地球の硬貨とは明らかに違う。


片面には王国の紋章。


もう片面には文字が刻まれている。


だが、言語データベースのおかげで、その文字を読むことはできた。


「3銅貨……」


サクオミは3枚の銅貨をテーブルに置いた。


女性が確認する。


「ぴったりだね」


サクオミは立ち上がらなかった。


「もう1つ聞いてもいいですか?」


「なんだい?」


「銀貨1枚で銅貨何枚ですか?」


女性は少し驚いた顔をした。


「本当に知らないのかい?」


「遠いところから来たので」


「100銅貨だよ」


サクオミは頷いた。


「じゃあ、金貨1枚は?」


「銀貨100枚」


サクオミは黙った。


――つまり。


1金貨=100銀貨。


1銀貨=100銅貨。


ならば――


1金貨=10,000銅貨。


サクオミは、その数字を頭の中に保存した。


そして、昔からの癖が出る。


コストを比較する。


3銅貨で簡単なスープが1杯。


ならば――


日本円に置き換えれば、どの程度になるのか。


もちろん、正式な為替レートではない。


商売に使える数字でもない。


ただ、自分の頭の中にある馴染みの尺度と比較するための基準だ。


実際に見た物の価格と生活水準から、大雑把に推測する。


1銅貨は、およそ数百円程度。


サクオミは、とりあえず頭の中でこう設定した。


1銅貨 ≒ ¥100。


つまり、3銅貨のスープなら約¥300。


1銀貨なら約¥10,000。


1金貨なら約¥1,000,000。


「……まあ、こんなものか」


「何がだい?」


サクオミはハッとした。


女性がこちらを見ている。


「さっきから独り言を言ってるけど」


「あ……」


サクオミは苦笑した。


「ちょっと計算していただけです」


「都会の人間もよくやるよ」


「僕、都会の人間じゃないですよ」


「はいはい。もう分かったよ」


女性は楽しそうに笑った。


サクオミも笑う。


そして席を立った。


「ごちそうさまでした」


「またおいで」


店を出る。


通りに戻ったサクオミは、先ほどの金額についてもう一度考えた。


日本円に換算した数字を、そのまま信じてはいけない。


貨幣価値と購買力は完全に同じではない。


地域によって物価は違う。


商品の品質も違う。


そして何より――


日本円は、もう自分が捨ててきた世界の通貨だ。


それでも。


頭の中で大きさを測るための基準としては十分だった。


サクオミは目的もなく歩き出した。


店を見て回りたい。


大量に買い物をするつもりはない。


知りたいだけだ。


学びたいだけだ。


やがて、通りの先に小さな雑貨店を見つけた。


木製の棚には、様々な商品が並んでいる。


塩。


小麦粉。


豆。


蝋燭。


布。


石鹸。


いくつかの生活用品。


サクオミは塩の入った袋の前で立ち止まった。


「これは、いくらですか?」


店主らしい50歳前後の男性が顔を上げる。


「それか?」


「はい」


「小袋1つで2銅貨だ」


サクオミは袋の大きさを確認する。


それほど大きくない。


1人なら数日分くらいだろうか。


「5袋なら?」


「10銅貨」


「安くなりませんか?」


男がニヤリと笑った。


「商人か?」


「違います」


「じゃあ、なんで塩を値切る?」


「ちょっと知りたかっただけです」


「10袋くらい買うなら、考えてやるよ」


サクオミは頷いた。


「つまり、1袋2銅貨」


「そういうことだ」


サクオミは2銅貨を取り出した。


「じゃあ、1袋ください」


店主が袋を渡す。


「毎度あり」


「ありがとうございます」


サクオミは袋をバッグに入れた。


しかし、店を出る前にもう1つ質問する。


「この塩は、どこから来るんですか?」


「南だ。港まで船で運ばれて、そこから商人がこっちまで持ってくる」


「じゃあ、レスタラではあまり作っていない?」


「小さな塩田で少しは作ってる。だが、足りないな」


サクオミは頷く。


「もし輸送が遅れたら?」


「値段が上がる」


「道が壊れたら?」


「値段が上がる」


「戦争になったら?」


店主の動きが止まった。


そして、短く笑った。


「戦争になったら、塩だけの値段が上がるわけじゃない」


サクオミも苦笑する。


「それもそうですね」


店を出る。


たった2銅貨の取引だった。


だが、サクオミにとっては塩そのものより価値があった。


2銅貨。


頭の中の基準なら、およそ¥200。


しかし、その2銅貨の裏側には――


船がある。


道がある。


商人がいる。


馬がいる。


倉庫がある。


危険がある。


税がある。


そして、商品が届くのを待っている人間がいる。


サクオミは道の途中で足を止めた。


「……物流か」


小さく笑う。


「結局、どこの世界でも同じなんだな」


商品は、勝手に現れるわけではない。


誰かが運ばなければならない。


やがて太陽が傾き始めた。


サクオミは宿を探すことにした。


近くの交差点で立っていた衛兵に声をかける。


「すみません」


「ん?」


「この辺りに安い宿はありますか?」


衛兵が右手の道を指す。


「そこの小さな宿だ。名前はスリー・バレルズ」


「1泊いくらですか?」


「それは主人に聞いてくれ」


「分かりました」


サクオミは教えられた道へ向かう。


しかし――


宿に着く前に、足が止まった。


道の先に、2人の男が立っている。


男たちは1人の商人と話していた。


声はそれほど大きくない。


だが、会話は聞こえてくる。


「夜になる前に倉庫へ運べと言っただろ」


「馬が疲れてるんだ」


「そんなことは俺の知ったことじゃない」


「だったら、お前が馬を用意しろ」


サクオミは立ち止まらなかった。


関わりたくない。


そのまま横を通り過ぎようとする。


その瞬間――


1人の男が、サクオミの肩にぶつかった。


「おい」


サクオミが足を止める。


「はい?」


男が睨みつけてくる。


「さっき、何を見てた?」


サクオミは瞬きをした。


「何も」


「嘘をつくな」


もう1人の男が振り返る。


「いい。旅のガキだ」


最初の男は、まだサクオミを睨んでいた。


「失せろ」


サクオミは言い返さなかった。


「分かりました」


そのまま歩き出す。


速すぎず。


遅すぎず。


自然な速度を維持した。


別の道へ曲がったところで、ようやく小さく息を吐く。


「……ちょっとしたトラブルか」


あの男たちが何をしていたのかは分からない。


そして、今は知りたいとも思わない。


少なくとも――まだ。


だが、今の出来事で1つ分かった。


この小さな町も、見た目ほど単純ではない。


商売がある。


利害がある。


小さな争いがある。


そして――


人に見られたくないことをしている人間もいる。


サクオミは空を見上げた。


太陽は、かなり低くなっている。


「……歩き回りすぎたな」


サクオミは宿へ向かう足を少し速めた。


異世界での、初めての文明圏での夜が近づいている。


そして明日は――


この世界を、もっと深く知る方法を探さなければならない。


システムからではない。


データからでもない。


実際にこの世界で生きている人々から。


サクオミは宿へ続く道を見つめる。


「明日は冒険者ギルドについて調べるか」


そこで、ふと足を止めた。


サクオミは小さく笑う。


「……本当に存在するなら、だけど」


そして再び歩き出した。


レスタラで――


サクオミが知らないうちに、新しい人生が本当の意味で動き始めていた。


ヴェルセラへ来てから初めて――


サクオミは、ただ生き残ろうとしていたわけではなかった。


どう生きるのかを、学び始めていた。


【NEXT BAB 4――「異世界の冒険者ギルド」】


「異世界の冒険者ギルド」


レスタラを出たサクオミは、サザン・ロイヤル・ロードを進み、さらに広い世界へ向かう。


その道の先には、商人、冒険者、騎士、魔導師、そして様々な種族が行き交う世界が広がっている。


そして、城門都市ラインドルフ。


そこでサクオミは、この世界において重要な役割を持つ組織の1つ――冒険者ギルドを目にすることになる。


そして彼は、1人の冒険者として登録する。


【第4話へ続く……】

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楽しく読ませていただきました。 また、読みにきます。
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