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『召喚した地球文明で異世界を遊び尽くす――無限魔力の少年と七人の影姫が築く大帝国』  作者: Ren Hazumi


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第16話「三人目の影」

第16話「三人目の影」


ダルセンの朝は、水の音から始まる。


海の波ではない。


川の流れが桟橋の柱にぶつかる音。


それに荷車の車輪が地面を擦る音、労働者たちの怒鳴り声、商人たちの呼び声が混ざっている。


榊原朔臣は、宿屋の前でコーヒーの入ったカップを手に立っていた。


数歩先では、ヴァエリスがすでに待っている。


「今日はどこへ?」


朔臣はコーヒーを一口飲んでから答えた。


「南市場」


「また市場ですか?」


「昨日とは違う」


ヴァエリスは少しだけ彼を見つめる。


「何が違うんです?」


「人」


「……それでは、よく分かりません」


「俺にもまだ答えは分からない」


ヴァエリスは小さく息を吐いた。


2人は宿屋を離れ、歩き始める。


ダルセンの街は、川沿いから離れるにつれて少しずつ姿を変えていった。


港の周辺では、ほとんどの人間が明確な目的を持って動いている。


木箱が下ろされ、荷車に積み込まれ、縄が引かれ、太陽が高くなる前から荷物が次々と人の手を渡っていく。


街の奥へ進むほど、川の音は市場の喧騒に飲み込まれていった。


道も次第に混雑していく。


倉庫と木造住宅の間には小さな店が並び始めた。


簡素な台の前では食べ物を売る者たちが声を上げ、布を扱う店では屋根の下に何本もの布地が吊るされている。


買い物客と商人が、大きな声で値段を交渉していた。


ヴァエリスは、その光景を眺める。


「ダルセンって、毎日こんな感じなんですか?」


「たぶん」


「知らないんですか?」


「俺はここに来て、まだ数日だからな」


「そうでしたね」


彼女は再び黙った。


しばらく歩く。


やがて2人は、大きな交差点に差し掛かった。


朔臣が足を止める。


右側には、さらに人の多い地域へ下っていく道がある。


2つの建物の間には、大きな木製の看板が吊るされていた。


――南市場。


ヴァエリスが看板を読む。


「ここから入るんですか?」


「ああ」


「何を探しているんです?」


「人」


ヴァエリスが振り返った。


「物じゃない?」


「違う」


「商人?」


「正確には、物がなぜ動くのかを理解している人間だ」


ヴァエリスはしばらく黙った。


「商売を理解している人を探している?」


「まあ、そんなところだ」


2人は南市場へ入った。


違いは、すぐに分かった。


港では、商品の価格は差し迫った需要によって決まっているように見えた。


だが、ここでは価格そのものが、もっと長い駆け引きの一部になっている。


商人たちは、ただ商品を売っているわけではない。


観察している。


誰が来たのか。


誰が金を持っているのか。


誰が急いでいるのか。


誰が今、荷物を受け取ったばかりなのか。


朔臣は穀物を扱う露店の前で足を止めた。


1人の客が、店主と口論している。


「昨日は4カッパーだっただろ!」


「昨日は北から来る船が遅れていなかったからな」


「それは俺のせいじゃない!」


「俺だって、お前のせいだとは言っていない」


「じゃあ、なんで値上げするんだ?」


「次の仕入れを、もっと高い値段で買わなきゃならないからだ」


朔臣は口を挟まず、そのやり取りを眺めていた。


隣ではヴァエリスも見ている。


「理屈は通っていますね」


「何が?」


「仕入れ値が上がったから販売価格が上がる」


「ああ」


「でも、在庫量については何も言っていません」


朔臣が彼女を見る。


ヴァエリスは店の奥を指差した。


そこには、まだ大量の穀物袋が積まれている。


「これだけ在庫が残っているなら、値上げの理由が仕入れ値だけとは限りません」


朔臣の口元に、薄い笑みが浮かんだ。


「俺もそう思っていた」


2人は再び歩き始めた。


しばらくして、ヴァエリスが口を開く。


「ここの商人たちは、いろいろ見すぎじゃありませんか?」


「それが仕事だからな」


「値段だけじゃない」


「そうだ」


「誰が買うのか。いつ買うのか。どれだけ在庫があるのか」


「今、俺がなぜここへ連れてきたのか分かってきたな」


ヴァエリスが朔臣を見る。


「商売を覚えさせるためじゃないんですね」


「違う」


「では?」


「金が絡んだとき、人間がどういう判断をするのか見たい」


ヴァエリスは小さく笑った。


「それは、ずいぶん疲れそうな仕事ですね」


「だから俺はやりたくない」


「……あなたの考え方が、少しずつ分かってきました」


2人は歩き続ける。


昼が近づくにつれ、南市場はさらに混雑していった。


最初は十分に広かった道も、荷車で埋まり始める。


周辺の村から収穫物を運んできた商人。


川から荷物を運び込んできた商人。


そして、売り手と買い手を繋ぐ仲介人。


何度か荷車を避けるため、2人は道の端へ寄った。


朔臣は歩く速度を上げなかった。


人の流れに身を任せるように、ゆっくりと南側へ向かう。


やがて食料品店が並ぶ区域を抜ける。


すると、また街の雰囲気が変わった。


道沿いの建物が大きくなる。


看板も粗末な木製ではなく、金属製のものが増えている。


通りを走る荷車も違った。


数は多くない。


だが、積んでいる荷物の量が明らかに多い。


ヴァエリスが周囲を見る。


「ここは、もう普通の市場ではありませんね」


「そうだな」


「商館街?」


朔臣は頷いた。


「ああ」


ここでは、商取引がより静かに行われている。


それこそが、南市場との大きな違いだった。


大声で客を呼ぶ者は少ない。


客を奪い合う者も少ない。


ほとんどの取引が、通りではなく建物の中で行われている。


大きな扉が開かれ、木箱が運び込まれる。


使用人たちが書類を持って行き来する。


帳簿を抱えた人間が、次々と建物へ入っていく。


ヴァエリスは、建物から出てきた男を見つめた。


「みんな、商品より紙をたくさん持っていますね」


「紙も商品みたいなものだ」


「本気ですか?」


「価格、数量、借金、税、配送予定。たった1つの数字が間違うだけで、商品が間違った場所で止まることもある」


ヴァエリスはゆっくり頷いた。


「確かに」


朔臣は2階建ての建物の前で足を止めた。


派手な看板はない。


だが、その扉からは何人もの商人が出入りしている。


朔臣は中を覗いた。


「ここだ」


ヴァエリスも中を見る。


「探している人が、ここに?」


「昨日聞いた話では、この辺りによくいるらしい」


「名前は?」


「ゴーレル・ヴェンセール」


ヴァエリスは、その名前を心の中で繰り返した。


「エルフ?」


「ああ」


2人は建物へ入った。


中は通りより涼しい。


1階にはいくつもの長机が並んでいる。


大きな帳簿が開かれ、その周囲で商人たちが職員と話しながら数字を書き込んでいた。


朔臣は、すぐには誰にも話しかけなかった。


ただ観察する。


配送書類を持っている者。


木箱の重量を確認している者。


帳簿を見ながら、不機嫌そうな顔をしている年配の男。


「23箱?」


「はい」


「契約では25箱だったはずだ」


「2箱は途中で破損しました」


「証拠は?」


「運送業者からの報告書があります」


「運送業者の報告書だけでは、倉庫で破損した可能性を否定できない」


朔臣はヴァエリスを見る。


「面白いな」


「何が?」


「問題は商品じゃない」


「では?」


「書類だ」


ヴァエリスが答えるより先に、部屋の反対側から女の声が響いた。


「問題は、そこじゃないですよ」


静かな声だった。


それでも、周囲の何人かが会話を止めるほどよく通る。


「2箱が破損したなら、受け取った数量は23箱です。確認すべきなのは、破損がいつ起きたのか。そして、その損失を誰が負担するのか。23箱と25箱の数字だけを争って、契約書を確認しないなら、時間を無駄にしているだけです」


朔臣が振り向く。


窓際の机に、1人のエルフの少女が座っていた。


暗い赤褐色の髪を整然と結んでいる。


瞳はエメラルド色。


その前には大きな帳簿が開かれていた。


指先は、あるページの上に置かれている。


1人の商人が少女へ近づいた。


「ゴーレル。運送業者が損害を負担することになったとしても、あいつらは払おうとしないぞ」


「もちろん」


「じゃあ、どうする?」


ゴーレルは帳簿を閉じた。


「契約から始めます」


「何?」


「まず、どの区間の危険を誰が負担する契約だったのかを確認する。運送業者に責任があるなら、その条項を示す。ないなら、空威張りの脅しに時間を使わない」


「でも、奴らは拒否するぞ」


「なら、2つの選択肢を提示してください」


「何を?」


「今、破損分の費用を一部負担するか。次回以降、その運送業者を使わないか」


商人が黙り込む。


ゴーレルは再び帳簿を開いた。


「怒る必要はありません。どちらが安いのか、自分たちで計算させればいいんです」


商人はしばらく考えた後、頷いた。


「分かった」


男が去っていく。


ヴァエリスは少女を見つめていた。


朔臣も同じだった。


ゴーレルが顔を上げる。


エメラルド色の瞳が、まっすぐ朔臣の瞳と重なった。


「あなたたち、商人じゃないですね」


質問ではなかった。


朔臣は自分を指差す。


「分かるか?」


「靴についている土が少ない。外から来たばかりの商人ほど道の埃がついている。でも、この建物で働く人間の服装でもない」


そして、ヴァエリスへ視線を移す。


「それに彼女は、普通の客にしては周囲をよく見ている」


ヴァエリスが瞬きをする。


「ただ見ているだけです」


「分かっています」


ゴーレルは再び朔臣を見る。


「誰かを探しています?」


「たぶん」


「なら座ってください。部屋の真ん中で立っていると、何かを待っている人間だと思われますよ」


朔臣は椅子を引いた。


ヴァエリスも隣に座る。


ゴーレルは帳簿を手にしたまま尋ねた。


「誰を探しています?」


「ゴーレル・ヴェンセール」


彼女の手が止まった。


数秒。


「……なぜ?」


「話がしたい」


「何について?」


「商売について」


ゴーレルは、しばらく朔臣を見つめた。


「あなたは商人?」


「違う」


「投資家?」


「違う」


「大口の買い手?」


「それも違う」


「では、なぜ私と商売の話を?」


朔臣は背もたれに体を預ける。


「さっき、商品をほとんど見ずに問題を解決したからだ」


ゴーレルはすぐには答えなかった。


「それだけ?」


「いや」


「では?」


「見えない費用を計算していた」


初めて、ゴーレルの表情がわずかに変わった。


驚きではない。


興味。


「続けてください」


朔臣は彼女の前にある帳簿を指した。


「仕入れ値と売値だけを見ていない」


「当然です」


「運送費、破損する危険、税金、時間。そして損失を誰が負担するのか」


ゴーレルは薄く笑った。


「まだ簡単な話ですね」


「利益率も?」


「当然」


「在庫は?」


「当然」


「需要は?」


「需要を見なければ、いつ売るべきか分かりません」


朔臣は頷いた。


「じゃあ、値段を上げすぎたら?」


「客が離れる」


「安すぎたら?」


「他の商人に全部買われる」


「つまり、価格は商品だけで決まらない」


ゴーレルが朔臣を見る。


「ようやく面白いことを言いましたね」


ヴァエリスが2人を見比べる。


「2人とも、すごく簡単な話をしているように聞こえます」


「簡単?」


ゴーレルはヴァエリスを見る。


「なら、1つ質問します」


彼女は帳簿の下から紙を1枚取り出した。


「ある商人が、1個10カッパーの商品を100個仕入れました。運送費は200カッパー。税金と市場使用料が100カッパー。販売前に10個が破損しました。そして、その商人は500カッパーの利益を得たい。残った商品1個あたり、最低いくらで売ればいいでしょう?」


ヴァエリスは黙って計算する。


朔臣は助けなかった。


ゴーレルも待つ。


数秒後、ヴァエリスが答えた。


「総費用は1,300カッパー。残りは90個。そこに500カッパーの利益を加えて1,800カッパー。90個で割れば、1個20カッパーです」


ゴーレルは頷いた。


「正解」


朔臣はヴァエリスを見る。


「計算が速いな」


「数字を追っただけです」


ゴーレルが小さく笑う。


「悪くない」


ヴァエリスが眉を上げる。


「それは褒めているんですか?」


「商人に対してなら」


「私は商人ではありません」


「まだ、でしょう」


朔臣は笑いを堪えた。


ゴーレルが彼を見る。


「わざと彼女を連れてきて、私を試したんですか?」


「違う」


「では、なぜ彼女が答えたの?」


「答えられるからだ」


ゴーレルが黙った。


その答えを聞いた瞬間、彼女の視線が少しだけ変わった。


ゆっくりと帳簿を閉じる。


「もう1つ質問があります」


「どうぞ」


「同じ商品を、2つの場所で違う値段で買えるとしたら、どちらを選びます?」


朔臣はあまり考えずに答えた。


「最終的な利益が大きい方」


「安い方が2倍遠い場所にあっても?」


「移動費を計算する」


「道が危険なら?」


「危険に伴う損失も加える」


「商品が到着する前に腐るなら?」


「買わない」


ゴーレルは小さく笑った。


「つまらない答えですね」


「でも正しい」


「正しいです」


彼女は素直に認めた。


「問題は、多くの商人がそう考えないことです」


朔臣は周囲を見る。


「安いから買う」


「あるいは、他人が利益を出しているのを見て、自分も儲かると思って売る」


ゴーレルは再び帳簿を開く。


「そこが市場の一番面白いところです」


「心理か?」


「ええ」


その声には、先ほどより少しだけ熱がこもっていた。


「とても安い商品を持っていても、在庫が大量にあると知られれば価格は下がる。特別珍しくない商品でも、もうすぐ品切れになると人々が思えば、早く買おうとする」


「つまり、認識そのものにも価値がある」


「価値だけじゃありません」


ゴーレルは指先で机を軽く叩いた。


「時間です」


朔臣が黙る。


「同じ情報でも、全員に同じ価値があるわけではない。例えば、ある船が明日到着すると知っている人間なら、今日のうちに商品を買える。でも、3日後にその情報を知った人間には、もう遅い」


ヴァエリスが帳簿を見る。


「つまり、早く情報を得た人間が市場を動かせる」


ゴーレルは彼女を見る。


「その通りです」


朔臣は何も言わなかった。


だが、頭の中では別の人物の名前が浮かんでいた。


セヴレイン。


記憶。


情報。


そして今、ゴーレル。


商売。


数字。


1人は情報を理解する。


1人は経済を理解する。


そしてヴァエリスは――。


朔臣は隣のハイエルフを見る。


ヴァエリスが、その視線に気づいた。


「何です?」


「いや」


「顔に出ていますよ」


ゴーレルは2人を交互に見る。


「あなたたち3人は、かなり親しいんですね?」


「まだ、それほど長くはありません」


「でも、彼女はあなたを信頼している?」


ヴァエリスが先に答えた。


「私が、彼と一緒に歩くことを選んだんです」


ゴーレルが止まった。


それ以上は聞かなかった。


ただ、静かに頷く。


「そうですか」


朔臣はゴーレルを見る。


「君は?」


「何が?」


「どうして、まだここで働いている?」


その質問に、ゴーレルはしばらく黙った。


両手で帳簿を閉じる。


「好きだからです」


答えは単純だった。


「数字が嘘をつかないから?」


「数字は、嘘をつくためにも使えます」


朔臣は笑った。


「そっちの方がいい答えだ」


「数字が常に正しいと言っているわけではありません。数字には痕跡が残る、と言っているんです」


彼女は帳簿のページを見る。


「誰かが数字を改ざんすれば、いつか何かが合わなくなる。利益を隠せば、どこかの商品が消える。価格を操作すれば、必ず何らかのパターンが現れる」


朔臣は黙って聞いていた。


ゴーレルが続ける。


「難しいのは、計算することじゃない」


「じゃあ?」


「何を計算すべきなのかを知ることです」


その瞬間、朔臣は本当に笑った。


これが答えだ。


ただ計算が得意な少女ではない。


ゴーレルは、数字の背後にある仕組みを理解している。


利益率。


供給。


需要。


運送費。


税金。


そして、そのすべての間を動く人間。


朔臣は彼女をしばらく見つめた。


「ゴーレル」


「はい?」


「もし、いつか君の能力をもっと広い場所で使える仕事を誰かに提案されたら、考えるか?」


ヴァエリスが振り向いた。


ゴーレルも朔臣を見る。


「どんな仕事?」


「まだ決まっていない」


「存在していない仕事を誘っているんですか?」


「まあ、そんなところだ」


ゴーレルは朔臣を見つめた。


まるで、何かを確かめるように。


「あなた、変な人ですね」


「よく言われる」


「それに、自分が何者なのかもまだ話していない」


「朔臣」


彼は、それだけ名乗った。


ゴーレルは待った。


「……それだけ?」


「今はな」


ゴーレルは彼を見つめ、やがて小さく笑った。


「分かりました、朔臣」


彼女は迷いなく、その名前を口にした。


「その仕事が本当に存在するなら、また来てください」


「引き受けるとは言わないんだな」


「断るとも言っていません」


朔臣は立ち上がった。


ヴァエリスも続いて立つ。


2人が去ろうとしたとき、ゴーレルが呼び止めた。


「朔臣」


振り返る。


「本当に何かを作りたいのなら、建物から始めないことです」


朔臣は黙った。


ゴーレルは手にした帳簿を軽く持ち上げる。


「まず、お金の流れから考える。その次に商品、人、そして場所です」


朔臣は帳簿を見つめた。


そして、薄く笑う。


「覚えておく」


2人は建物を出た。


扉が閉まったあと、ヴァエリスは数歩歩いてから、何も言わずにいた。


やがて口を開く。


「決めたんですか?」


「何を?」


「彼女のこと」


朔臣はすぐには答えなかった。


目の前には商館街の通りが続いている。


人々は、それぞれの仕事に追われていた。


荷車が行き交い、倉庫の扉が開いては閉じる。


書類が人の手から人の手へ渡っていく。


ダルセンは、いつも通り動き続けていた。


「一緒に来るかどうかは分からない」


ヴァエリスが彼を見る。


「でも、来てほしい?」


朔臣は両手をポケットに入れた。


「……ああ」


「どうして?」


少しだけ考える。


「セヴレインは、情報を失わせないことができる」


ヴァエリスは黙って聞いている。


「君は、組織がどうやって動き続けるのかを見られる」


少し間を置く。


「そしてゴーレルは、物事を経済的に生かし続ける方法を知っている」


ヴァエリスは否定しなかった。


朔臣は、先ほど出てきた建物を振り返る。


初めてだった。


3人の名前が、偶然出会った人間としてではなく、別々の能力を持つ存在として頭の中に並んだ。


セヴレインは情報を理解する。


ゴーレルは商売と金を理解する。


ヴァエリスは仕事がどのように組み立てられ、実行されるのかを理解する。


3つの能力は、互いに代替するものではない。


むしろ、互いを補完する。


朔臣は小さく息を吐いた。


「もしかすると、俺は問題を集めてるのかもしれないな」


ヴァエリスは薄く笑った。


「問題じゃありません」


「じゃあ?」


「人です」


朔臣が彼女を見る。


「君、少しセヴレインに似てきたな」


「それ、褒めているんですか?」


「褒めてるとは言ってない」


ヴァエリスが小さく笑った。


2人の背後で、商館の扉が再び開く。


ゴーレルは、まだ同じ場所に座っていた。


帳簿も開いたままだ。


だが、今回はすぐに書き始めなかった。


彼女は、今しがた書き込んだ名前を見つめていた。


――朔臣。


買いに来たわけではない。


売りに来たわけでもない。


それなのに、まだ形すら決まっていない何かを作ることについて語った少年。


ゴーレルは、ペンの先で机を軽く叩いた。


「……面白い」


そう呟くと、再び仕事へ戻った。


市場は、1人の人間が来て去ったくらいでは止まらない。


だが、小さな出会いが、人間の進む方向を変えることはある。


そして朔臣にとって、今、自分の周囲に集まり始めた3人は、まだ名前すらない何かを形作り始めていた。


会社ではない。


組織でもない。


まだ。


ただの可能性。


まだ本人でさえ、それを「土台」と呼ぶことを躊躇うほど小さなものだった。


しかし――。


確かに、何かが始まりつつあった。


【次回予告】


第17話「狼の少女」


ダルセンを離れた朔臣とヴァエリスは、辺境街道を通ってカルナ村を目指す。


そこで2人が目にしたのは、魔物の脅威にさらされた小さな村だった。


そして――。


村の子供たちと魔物の間に立ちはだかる、1人の少女。


彼女の名は、ドラエヴラ・コルーン。


16歳の狼獣人。


ヴァエリス、セヴレイン、ゴーレルとはまったく異なる能力を持つ少女との出会いが、朔臣に新たな可能性を見せることになる。


【第17話へ続く――】

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