第12話「最初の救出」
第12話「最初の救出」
ミレル村――ヴァルケイル山脈周辺
ヴェルセラ到着から11日目――午前7時20分
視点:榊原朔臣
その朝、ヴァエリスは来なかった。
サクオミは宿屋の前で、20分近く待っていた。
先ほど淹れたばかりのコーヒーは、すでに湯気を失い始めている。
村の道を見る。
誰もいない。
そして、ヴァエリスが働いている家の方へ視線を向ける。
やはり、誰も出てこない。
「……昨日、今朝もいつも通り仕事があるって言ってたよな?」
宿屋の前を掃いていた主人が、サクオミを見る。
「ヴァエリスか?」
「はい」
「なら、今日は仕事が多いのかもしれんな」
「いつもそうなんですか?」
「いや」
返事が早すぎた。
サクオミが振り向く。
「……違う?」
宿屋の主人は、掃除の手を止めた。
「普段なら、あの娘は日が完全に高くなる前には家を出ている」
「……そうですか」
「どうして気になる?」
「なんでもありません」
サクオミは残っていたコーヒーを飲み干した。
本当なら、今朝ミレルを出るつもりだった。
昨日、2人はかなりのことを話した。
魔力。
魔法。
そして、ヴァエリスがサクオミの能力を、この世界の魔法に対する常識では簡単に位置づけられないものとして見ていること。
今日は単純な予定だった。
出発する。
ヴァルケイルへ戻る。
その後、ラインドルフへ向かう。
これ以上ここに留まる理由はない。
――それでも。
1つだけ、気になることがあった。
ヴァエリス。
ハイエルフだからではない。
魔法の能力があるからでもない。
昨日から、サクオミはあることに気づき始めていた。
ヴァエリスは、自分自身について話す時だけ、妙に慎重になる。
家族のこと。
仕事のこと。
ミレルへ来る前の生活のこと。
話題がそこへ近づくたび、彼女の答えは短くなる。
まるで、越えてはいけない境界線があるかのように。
サクオミは立ち上がった。
「……ちょっと出てきます」
「どこへ?」
「ヴァエリスが働いている家へ」
宿屋の主人は、数秒間サクオミを見る。
「仕事のことなら、あまり首を突っ込まないほうがいいぞ」
サクオミはポケットへ手を入れた。
「俺も首を突っ込むつもりはありません」
少し間を置く。
「ただ、無事かどうか確認したいだけです」
---
家の前に立つ。
ヴェルカロン家。
その家は、ミレルの他の家より少し高い場所に建っていた。
ラインドルフにある貴族の邸宅のような大きな屋敷ではない。
石造りの2階建て。
広い庭。
小さな倉庫。
馬小屋。
そして、一般の村人の家よりも丁寧に手入れされた木製の柵。
しかし、違いは十分に分かる。
門の上には家紋があった。
葉と剣を思わせる線が組み合わされた、簡素な紋章。
サクオミはそれを少し眺めた。
そして、扉を叩く。
コン。
コン。
返事はない。
もう一度叩く。
今度は、足音が聞こえた。
扉が開く。
中年の女性が立っていた。
仕事着は質素だ。
しかし、その生地はミレルの多くの住民が着ているものより明らかに上質だった。
女性の目が、すぐにサクオミへ向く。
「誰?」
「おはようございます」
「……おはよう」
「ヴァエリスを探しています」
女性はすぐには答えなかった。
視線がサクオミの顔から服へ移る。
そして再び顔へ戻る。
「何のために?」
「昨日、彼女と話しました」
「友人?」
「まあ、そんなところです」
女性は眉をひそめた。
「ヴァエリスに、この村で友人なんていないわ」
サクオミは少し黙った。
「……かなり断言しますね」
「私は彼女より長くこの家にいるから」
「なら、ヴァエリスはどこに?」
女性は答えない。
サクオミは、何かがおかしいと感じ始めた。
「今日は仕事に出ていない?」
「仕事はしている」
「では?」
「あなたには関係ないことよ」
「そうですね」
サクオミは頷く。
「でも、それなら本人に直接聞きます」
女性は長い間、サクオミを見つめた。
やがて、扉を少し大きく開ける。
「入りなさい」
---
家の中は、サクオミが想像していたより遥かに静かだった。
会話の声もない。
台所から物音も聞こえない。
聞こえるのは、木の床を踏む足音だけ。
女性が先を歩く。
「私の名前は知らなくていいわ」
「分かりました」
「それと、騒がないで」
「俺も騒がしいのは好きじゃない」
2人は食堂を通り抜ける。
細い廊下へ入る。
その先に、小さな扉があった。
女性が立ち止まる。
「ここよ」
サクオミは扉を見る。
「どうして?」
「足首がまた痛んでいる」
「また?」
女性は答えなかった。
サクオミは扉を叩く。
「ヴァエリス」
返事はない。
もう一度叩く。
「ヴァエリス。入るぞ」
「……やめて」
中から声がした。
弱い。
怯えているわけではない。
声が震えないように必死に抑えているような声だった。
サクオミは扉を少し開ける。
ヴァエリスが簡素なベッドに座っていた。
銀白色の髪は肩に流れている。
長いハイエルフの耳が、その髪の間からはっきりと見えていた。
片方の足には布が巻かれている。
ベッドの横には小さな桶と、畳まれた布がいくつか置かれていた。
ヴァエリスがサクオミを見る。
「……来たのね」
「ああ」
「今日は出発するんじゃなかった?」
「その予定だった」
「じゃあ、どうしてまだここに?」
「君が来なかったから」
ヴァエリスは黙った。
「……それが理由?」
「今のところは」
サクオミは部屋へ入り、扉を閉める。
彼女の足を見る。
「昔の傷か?」
「傷じゃない」
「さっきの女性は、また痛んだと言っていた」
「……ただの捻挫よ」
「仕事ができないほどの?」
ヴァエリスは答えなかった。
サクオミは扉の近くに置かれた木製の椅子へ座る。
距離を取る。
尋問されているように感じさせたくなかった。
「昨日、君は言ったよな。仕事をすれば住む場所と食事がもらえるって」
「ええ」
「それと給料」
「ええ」
「いくらだ?」
ヴァエリスが顔を上げる。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「本当に仕事なのか知りたいから」
ヴァエリスの視線が変わった。
ほんの僅かに。
だが、サクオミには分かった。
「どういう意味?」
「誰かが働くなら、仕事の内容がある。給料がある。そして、辞める権利がある」
「……」
「その3つのうち1つでもなければ、俺はそれを仕事とは呼ばない」
ヴァエリスは俯いた。
指がゆっくりと毛布の端を握る。
「あなたは簡単に言うのね」
「そうかもしれない」
「あなたがいた世界では、そうなのかもしれない」
サクオミはすぐには答えなかった。
「俺が以前いた場所でも、全部がそうだったわけじゃない」
ヴァエリスが顔を上げる。
「以前?」
「……重要じゃない」
サクオミは視線を逸らす。
「今重要なのは、君だ」
ヴァエリスが小さく笑った。
嬉しそうな笑いではない。
どう返せばいいのか分からない人間のような笑いだった。
「私?」
「ああ」
「どうして?」
「昨日から、君が何かを話していない気がしている」
「……」
「そして今、ますます確信した」
ヴァエリスは息を吸う。
そして、ゆっくり吐き出した。
「私は……何者でもない」
サクオミは彼女を見る。
「俺は、君が何者なのかなんて聞いてない」
「私は、まともな家族を持つ娘じゃない」
「それも聞いてない」
「帰る家もない」
今度はサクオミが黙った。
ヴァエリスは目を閉じる。
「だから、もし同情して私を連れ出そうとしているなら、必要ないわ」
「まだ連れ出そうとは言ってない」
ヴァエリスが目を開く。
「……まだ?」
「俺はまだ話を聞いているだけだ」
沈黙。
外から荷車の車輪が道を通る音が聞こえた。
ヴァエリスは窓を見る。
「私の家族は、この地域にいる」
サクオミは口を挟まない。
「家名は、ヴェルカロン家」
予想はしていた。
しかし、その名前をヴァエリス本人の口から聞いた瞬間、部屋の空気が変わった。
「私は、その家の一員として生まれた」
「そして今は?」
「今は……もう、家族の一員ではない」
「どうして?」
ヴァエリスは自分の手を見る。
「役に立たないから」
その言葉には感情がなかった。
だからこそ、重く聞こえた。
「何に役に立たない?」
「家族に」
「それじゃ広すぎる」
「分かっている」
ヴァエリスは息を吸う。
「家族は、私に何かを求めていた」
「何を?」
「能力」
「魔法?」
ヴァエリスは頷いた。
「私は、同年代の子供たちより魔力が多い。魔法回路も優れている」
サクオミは昨日の会話を思い出す。
「なら、家族は君を大切にするはずだ」
ヴァエリスは薄く笑った。
「そうなるはずだった」
「でも、違った」
「違った」
「どうして?」
ヴァエリスは長い間、黙っていた。
「能力だけでは足りなかったから」
サクオミは待つ。
「私は、家族が望む立場に向いていなかった」
「立場?」
「家の中での立場」
ヴァエリスは床を見る。
「跡継ぎに向いている子がいる。政略結婚に向いている子もいる。家同士の関係を結ぶために、もっと扱いやすい子もいる」
指の動きが止まる。
「私は、そのどれにも向いていなかった」
「ハイエルフだから?」
ヴァエリスは首を横に振る。
「違う」
「じゃあ?」
「扱いにくすぎたから」
サクオミは眉を上げた。
2人が出会ってから初めて、ヴァエリスの表情に僅かな変化が生まれた。
悲しみではない。
むしろ、自分でも言いたくなかったことを話してしまったような、恥ずかしさに近い。
「私は頑固なの」
「それはもう分かってる」
ヴァエリスが彼を見る。
「……そう?」
「昨日、魔法の説明で3回も俺を訂正した」
「あなたの説明が間違っていたからよ」
「分かってる」
「分かってるの?」
「今はな」
ほんの一瞬。
ヴァエリスは本当に笑った。
僅かな笑み。
だが、確かに笑った。
そして、その表情はすぐに消える。
「私は、家族が決めた人生を受け入れたくなかった」
「それで、捨てられた?」
ヴァエリスは答えなかった。
それだけで十分だった。
---
サクオミは立ち上がる。
「行こう」
ヴァエリスが瞬きをする。
「どこへ?」
「ここから出る」
「……え?」
「外で話そう」
「私は遠くまで歩けない」
「分かってる」
サクオミは扉を開ける。
そして、一度立ち止まった。
振り返る。
「嫌なら、俺は君を背負わない」
ヴァエリスは彼を見る。
「どうして、そんなことを言うの?」
「君がそれを好きかどうか分からないから」
「……」
「嫌なら杖を使えばいい」
ヴァエリスは笑いそうになる。
「本当に変な人ね」
「何度も言われてる」
サクオミは扉の近くに立てかけられていた木の杖を取る。
そしてヴァエリスへ渡す。
「立てるか?」
ヴァエリスは立とうとする。
足が床に触れた瞬間、顔が僅かに強張った。
「……立てる」
「ゆっくりでいい」
2人は部屋を出た。
先ほどの女性が廊下に立っていた。
女性はヴァエリスを見る。
そして、サクオミを見る。
「外へ連れ出すつもり?」
「はい」
「彼女には、まだこの家での仕事がある」
ヴァエリスが立ち止まる。
サクオミはすぐには答えない。
代わりに、ヴァエリスを見る。
「このあと、ここへ戻って働きたいか?」
その質問は単純だった。
しかし、ヴァエリスはまるで、これまで一度も自分で答える機会を与えられなかったかのような顔をした。
「私は……」
女性がすぐに口を挟む。
「彼女には、この家で果たすべき義務があります」
サクオミは女性を見る。
「俺はあなたに聞いていません」
廊下の空気が、一瞬で重くなる。
女性は鋭い目でサクオミを見た。
「若いの。あなたは彼女の立場を理解していない」
「たぶん」
サクオミは落ち着いたまま答える。
「だから本人に聞いています」
そして、再びヴァエリスを見る。
「君は、ここに残りたい?」
ヴァエリスは杖を握る。
「……分からない」
「分かった」
「怒らないの?」
「どうして怒る?」
「答えを出せないから」
「急ぐ必要はない」
サクオミは玄関の扉を開ける。
「外で考えればいい」
---
2人はゆっくりと家を出た。
ヴァエリスは杖を使って歩く。
数歩進むたびに、一度立ち止まる。
サクオミは、彼女がバランスを崩した時以外は手を出さなかった。
2人は庭の端にある木製のベンチまで移動する。
ヴァエリスが腰を下ろす。
サクオミはその前に立つ。
「少し楽になったか?」
「少し」
「それならよかった」
サクオミもベンチの反対側に座る。
近すぎない距離。
ミレル村は、いつも通り動いていた。
籠を持った農民。
鶏を追いかける2人の子供。
荷車の車輪を修理する男。
誰も2人の会話を気にしていない。
サクオミは道を見る。
「ヴァエリス」
「なに?」
「俺はここを出る」
ヴァエリスは反応を見せない。
「分かってる」
「いつ戻るかは分からない」
「……そう」
「戻らないかもしれない」
ヴァエリスは俯いた。
「分かった」
サクオミは短く息を吐く。
「だから、1度だけ聞く」
ヴァエリスが振り向く。
「一緒に来るか?」
暗い紫色の瞳が、僅かに見開かれる。
「どこへ?」
「俺も、まだ完全には決めていない」
「それは、あまり良い答えじゃないわ」
「分かってる」
「行き先も知らないのに、私を誘うの?」
「まあ、そんなところだ」
「あなたは、私が何者なのかも知らない」
「名前と種族は知っている」
「私はハイエルフで、貴族の家の出身よ」
「それも知ってる」
「私は、面倒な人間かもしれない」
「その可能性は高い」
ヴァエリスが鋭く睨む。
サクオミは肩をすくめた。
「楽な人生を約束するつもりはない」
「……」
「俺のために働けとも言わない」
「じゃあ、どうして?」
サクオミは少し黙った。
自分でも、完璧な答えを持っているわけではなかった。
運命だからではない。
システムのせいでもない。
まして、目の前の少女がいつか自分にとって重要な存在になると知っているわけでもない。
今のヴァエリスは、ただ――
足を痛めて小さな村のベンチに座っている16歳の少女。
それだけだ。
「君は、ここから出たいんじゃないかと思ったから」
ヴァエリスはサクオミを見る。
「そんなの、あなたには分からないでしょう」
「そうだな」
「私がここに残ったら?」
「君の選択だ」
「一緒に行ったら?」
「それも君の選択だ」
「途中で気が変わったら?」
「止まる」
ヴァエリスは俯く。
「私を無理やり連れていかない?」
「しない」
「何かを返せと言わない?」
「言わない」
「借りがあると思わない?」
「思わない」
ヴァエリスは黙った。
手はまだ杖を握っている。
数秒が過ぎる。
やがて、彼女は非常に小さな声で尋ねた。
「もし私が一緒に行ったら……私は何になればいいの?」
「ヴァエリス」
「なに?」
「何にもならなくていい」
ヴァエリスは動かなかった。
サクオミは続ける。
「少なくとも、今はな」
山から吹く風が庭を通り抜ける。
ヴァエリスの銀白色の髪が、ゆっくりと揺れた。
彼女は目を閉じる。
2人が出会ってから初めてだった。
ヴァエリスの顔から、自分自身を守るような表情が消えた。
そこにいたのは、ただ考えている1人の少女だった。
長い時間。
本当に長い時間。
やがて、ヴァエリスは目を開けた。
「……一緒に行く」
サクオミはすぐには立ち上がらない。
「本当に?」
「ええ」
「無理やりじゃない?」
「違う」
「他に選択肢がないからじゃない?」
ヴァエリスは真っ直ぐに彼を見る。
「初めて、自分で選べるから」
サクオミは頷いた。
「分かった」
それだけだった。
ヴァエリスは眉を寄せる。
「それだけ?」
「君はもう選んだ」
「もう聞かないの?」
「俺が何度も聞いたら、それはもう選択じゃなくなる」
ヴァエリスは黙った。
そして、小さな笑みを浮かべる。
「……変な人」
「またそれか」
---
昼前。
ヴァエリスは部屋へ戻り、自分の荷物をまとめた。
驚くほど少ない。
布製のバッグが1つ。
着替えが2組。
古い本が1冊。
筆記用具がいくつか。
そして、布に包まれた小さな物。
サクオミが見る。
「それは?」
ヴァエリスは、その包みを見る。
「大したものじゃない」
「なら、説明しなくていい」
ヴァエリスはバッグへしまった。
部屋を出ると、先ほどの女性が再び現れた。
「ヴァエリス」
ヴァエリスが立ち止まる。
「はい」
「本当に行くの?」
ヴァエリスはすぐには答えなかった。
サクオミは数歩後ろに立っている。
口を挟まない。
これはヴァエリス自身の決断だから。
サクオミの決断ではない。
女性はヴァエリスを見る。
「この家が、あなたに与えたものをすべて忘れたの?」
ヴァエリスは俯く。
そして、顔を上げた。
「感謝しています」
「なら――」
「それでも、私は行きます」
女性は黙った。
ヴァエリスはバッグの紐を握る。
「私のものではないものは、何も持っていきません」
彼女は仕事着をテーブルの上へ置く。
「まだ私のものではない給料も受け取りません」
女性は何も答えなかった。
ヴァエリスは振り返る。
足はまだ少し痛む。
それでも、今度は止まらなかった。
家を出る。
サクオミは、ヴァエリスが大きく息を吸うのを見た。
「重いか?」
「少し」
「後悔してる?」
ヴァエリスは家を振り返る。
長い間、見つめる。
「……分からない」
「正直な答えだ」
「でも、1つだけ分かる」
「何?」
ヴァエリスは前の道を見る。
「私は、あそこへ戻りたくない」
サクオミは頷く。
「なら、行こう」
2人は歩き始めた。
ミレル村が、少しずつ後ろへ遠ざかっていく。
大きな宣言はない。
儀式もない。
そして、後に巨大な組織を率いることになるハイエルフの少女が、今まさに古い家を離れたことを知る者もいない。
その日の世界にとって、何も起きていなかった。
ただ1人の少女が、1つの家を出た。
そして、1人の少年が、その隣を歩いている。
だが、ヴァエリスにとっては――
それが、生まれて初めて自分自身で進む方向を選んだ瞬間だったのかもしれない。
数百メートルほど進んだところで、ヴァエリスが突然立ち止まった。
「サクオミ」
「ん?」
「これから、どこへ行くの?」
サクオミはヴァルケイルの森へ続く道を見る。
そして空を見る。
「暗くなる前に、泊まれる場所を探す」
「森で?」
「必要なら」
ヴァエリスは無表情で彼を見る。
「あなた、怪我をしている女の子を連れて、宿泊場所も決めずに森へ入るつもり?」
「……考えてみれば、かなりひどい計画だな」
「かなりひどいわ」
「分かった」
サクオミは息を吐く。
「まず、安全な場所を探そう」
ヴァエリスは頷いた。
そして、再び歩き始める。
今度は、少しだけ足取りが軽かった。
その後ろで、ミレル村がゆっくりと視界から消えていく。
サクオミはまだ知らない。
あの朝の小さな決断が、やがて遥かに大きな出来事の始まりになることを。
そして、隣を歩くハイエルフの少女が、やがて7つの影の中で最初に立つ存在になることも。
今はただ――
ヴァエリスは、自分の意思で去ることを選んだ少女。
そして、その選択は彼女自身のものだった。
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【次回予告】
第13話「権能共有」
ヴァルケイルの森――野営地
ミレルを離れたサクオミとヴァエリスは、安全に夜を越せる場所を探す。
その旅の途中。
サクオミは、これまで他人に使ったことのない1つの能力について考え始める。
――「権能共有」。
しかし、サクオミは力を無闇に与えるつもりはない。
初めて、自分の力の一部を他者へ分け与える。
そして、その最初の相手となるのが――
ヴァエリスだった。
【第13話「権能共有」へ続く……】




