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『召喚した地球文明で異世界を遊び尽くす――無限魔力の少年と七人の影姫が築く大帝国』  作者: Ren Hazumi


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第11話「魔力というもの」

第11話「魔力というもの」


ミレル村――村の宿屋

ヴェルセラ到着から10日目――午前6時40分


サクオミは、太陽が完全に昇る前に目を覚ました。


ミレル村の朝は、まだ冷たい。


窓の外からは、鶏の鳴き声。

動き始めた荷車の車輪が石畳を擦る音。

そして、畑へ向かう準備をしている村人たちの話し声が聞こえてくる。


サクオミはベッドの端に腰を下ろした。


すぐには立ち上がらない。


頭の中には、昨日の会話が残っていた。


ヴァエリス・クェルヴェイン。


16歳のハイエルフ。


ミレルの土地所有者の家で、使用人として働いている少女。


そして、もう1つ。


もっと気になるもの。


――魔法。


サクオミは小さく息を吐いた。


「……考えてみれば、俺はまだ魔法をちゃんと学んだことがないな」


身体能力は使ってきた。


自分の魔力が無限であることも知っている。


ワールド・サモン・システムも使った。


アイテムボックスも使った。


だが、それらはすでに与えられている機能を利用しているだけとも言える。


自分が暮らしている世界そのものを理解しているわけではない。


サクオミは立ち上がった。


今日は、魔法の基礎を知りたい。


偉大な魔法使いになりたいわけではない。


少なくとも、今はまだ。


ただ知りたいのだ。


この世界の生き物の身体には、一体何が流れているのか。


---


午前7時30分


簡単な朝食を済ませたサクオミは、宿屋を出た。


パンと薄いスープ。


合計3カッパー。


支払いを済ませると、村の東側へ向かって歩き始める。


距離はそれほど遠くない。


宿屋から約700メートル。


そこには、小さな庭と木製の柵に囲まれた2階建ての家があった。


大貴族の屋敷ではない。


武装した護衛もいない。


王家の紋章もない。


どちらかと言えば、地元の土地所有者一家の家といったところだ。


収穫物を入れた籠を持った作業員たちが、何人も出入りしている。


サクオミが柵の前で立ち止まると、桶を持った中年の女性がこちらを見た。


「どなたかお探しですか?」


「ヴァエリスを」


女性は、その名前を聞いた瞬間に分かったようだった。


「ハイエルフの子ですか?」


「はい」


「裏手にいますよ。食材の仕分けを手伝っています」


「ありがとうございます」


サクオミは家の裏側へ回った。


すると、小さな倉庫の近くにヴァエリスの姿があった。


銀白色の長い髪は、仕事の邪魔にならないよう簡単にまとめられている。


長く伸びたエルフの耳も、髪の隙間からはっきり見えていた。


ヴァエリスは、いくつかの野菜を確認しながら、状態ごとに籠へ仕分けしている。


無駄な動きはない。


すべてが整然としていた。


サクオミは、しばらくその様子を眺めた。


「おはよう」


ヴァエリスが振り向く。


「来たのね」


「昨日、1人で北へ行くなって言ってただろ」


「ええ」


「俺は北へ行ってない」


ヴァエリスはサクオミを見る。


「ここへ来たじゃない」


「その通り」


「何のために?」


「魔法について聞きたい」


ヴァエリスの手が止まった。


数秒間、サクオミを見つめる。


「どうして?」


「気になったから」


「それだけ?」


「それと、理解していないものを使うのが好きじゃない」


ヴァエリスは、さらに長くサクオミを見つめた。


やがて、再び野菜を籠へ入れ始める。


「……その理由なら、まだ納得できるわ」


サクオミは倉庫の近くに置かれていた木製の椅子を引き寄せ、腰を下ろした。


「それで?」


ヴァエリスは小さく息を吐いた。


「学びたいなら、呪文から始めないことね」


「どうして?」


「呪文が魔法そのものではないから」


サクオミは眉を上げた。


「それは面白いな」


ヴァエリスは、先ほどのリンゴを1つ手に取った。


そして木のテーブルの上へ置く。


「まずは、これから」


サクオミはリンゴを見る。


「リンゴ?」


「物体」


「それは分かる」


「なら話は早いわね」


サクオミはヴァエリスを見る。


「説明がちょっと嫌味だな」


「あなたが質問を急ぎすぎるのよ」


「……それは公平な指摘だ」


ヴァエリスはサクオミの向かい側へ座った。


「この世界では、生き物は魔力を持っている」


「全員?」


「同じ量ではないけれどね」


「人間は?」


「持っている」


「エルフは?」


「持っている」


「ハイエルフは?」


「もちろん」


「魔物は?」


「大半が持っているわ」


サクオミは頷いた。


「つまり、魔力は特定の種族だけが持つ能力じゃない」


「そういうこと」


「なら、何が違う?」


「容量」


ヴァエリスが人差し指を立てる。


「蓄えられる魔力の量」


2本目の指。


「魔力が流れる速度」


3本目。


「身体が魔力を制御する能力」


4本目。


「そして、どの種類の魔法に適しているかという相性」


サクオミは身体を少し後ろへ預けた。


「つまり、持っているか、持っていないかだけじゃない」


「魔力は瓶の中に入った水じゃないの」


「もっと複雑?」


「ずっと複雑よ」


サクオミは少し考えた。


「じゃあ……魔法回路は?」


その瞬間。


話し始めてから初めて、ヴァエリスの表情が明確に変わった。


「魔法回路のほうが重要よ」


「どうして?」


「制御されていない魔力は、ただのエネルギーだから」


「じゃあ回路は?」


「道」


ヴァエリスは地面に落ちていた小さな枝を拾った。


そして土の上に、いくつかの線を描く。


「魔力を流れだと考えて」


円を1つ描く。


「魔法回路は、その流れをどう動かすかを決める」


さらに、いくつかの枝分かれを描く。


「道が悪ければ、制御も悪くなる」


サクオミは、その絵をじっと見た。


「配管みたいなものか?」


ヴァエリスの手が止まった。


「……何?」


「流体を通す道だ」


「流体?」


「水とか」


ヴァエリスは少し考える。


「……まあ、近いわね」


サクオミは地面の絵を指差した。


「管が細ければ流量が制限される。設計が悪ければ圧力も安定しない。分岐があれば、流れ方も変わる」


ヴァエリスがサクオミを見る。


「それが、あなたの考え方なの?」


「そうだな」


「魔法を機械的な問題に置き換えて考えるのね」


「そのほうが理解しやすい」


ヴァエリスはゆっくり頷いた。


「分かったわ」


もう一度、地面に線を描く。


「なら、魔法回路を道のネットワークだと考えて」


サクオミはその線を見る。


「そして魔力が、その中を流れる媒体」


「そう」


「なら、身体の容量と魔力を制御する能力は別物だ」


「正解」


「魔力が多くても、制御が下手な人間もいる」


「いるわ」


「逆に、魔力が少なくても制御が非常に上手い人間も?」


「いる」


サクオミは小さく笑った。


「なるほど。それなら筋が通る」


ヴァエリスがサクオミを見る。


「理解が早いわね」


「もっと面倒なシステムを扱った経験があるからな」


「システム?」


「産業用機械だ」


ヴァエリスには意味が分からなかった。


しかし、それ以上は聞かなかった。


代わりに、先ほどのリンゴを手に取る。


「見て」


ヴァエリスが目を閉じた。


呪文はない。


大きな光もない。


奇妙な音もない。


ただ、ほんの小さな変化だけ。


サクオミには、リンゴの表面がごく僅かに震えたように見えた。


そして、皮の色が少しだけ明るくなる。


ヴァエリスが目を開けた。


「これが簡単な魔力操作」


サクオミはリンゴを手に取った。


「物に干渉できるのか?」


「少しだけね」


「呪文なしで?」


「呪文は方法の1つにすぎないもの」


「つまり、魔力を制御できるなら、必ずしも呪文は必要ない」


「そういうこと」


サクオミは頷いた。


「面白いな」


ヴァエリスは彼を見る。


「やってみる?」


「やる」


サクオミは立ち上がった。


「どうすればいい?」


「魔力を感じて」


サクオミは黙った。


「問題は、俺にはその感覚が分からないことだ」


ヴァエリスは頷く。


「それが普通よ」


彼女も立ち上がった。


「目を閉じて」


サクオミは言われた通りにする。


「魔力を無理に動かそうとしないで」


「分かった」


「呼び出そうともしない」


「分かった」


「形を考えない」


「なんだか瞑想みたいだな」


「あなたが喋りすぎるからよ」


サクオミが片目を開ける。


ヴァエリスは無表情で見つめていた。


「……分かった」


再び目を閉じる。


数秒が過ぎる。


朝の風が庭を通り抜ける。


遠くから、働く人々の声が聞こえてくる。


サクオミは何かを感じようとした。


何もない。


待つ。


それでも何もない。


「どう?」


「まだ」


「探さないで」


「探さなかったら、どうやって見つけるんだ?」


「魔力は落とし物じゃないわ」


「その説明、あまり助けになってないぞ」


ヴァエリスは黙った。


そして、少し近づいてくる。


「ここに手を置いて」


彼女がサクオミの胸を指差した。


サクオミが目を開ける。


「胸?」


「ええ」


「どうして?」


「手に意識を集中しすぎているから」


サクオミは胸に手のひらを当てる。


「ゆっくり息を吸って」


言われた通りにする。


「魔力のことは考えないで」


サクオミは息を吐いた。


「矛盾してないか?」


「そうね」


「教えるの下手だな」


「私は教師だなんて言ってないわ」


サクオミは笑いそうになる。


ヴァエリスも、何かを堪えるように口元を僅かに動かした。


そして再び真剣な表情に戻る。


「今度は、自分の身体を感じて」


サクオミは黙った。


秒が流れる。


最初に感じたのは、心臓の鼓動。


呼吸。


体温。


そして――


何かがあった。


非常に微かなもの。


血液とは違う。


身体の内側を流れる、暖かな流れ。


サクオミが目を開けた。


「……ある」


ヴァエリスがすぐに反応した。


「何を感じたの?」


「流れみたいなもの」


「どこに?」


「内側から」


「それでは曖昧すぎるわ」


サクオミは再び目を閉じた。


その感覚を追ってみる。


流れは止まっていない。


身体の中を移動している。


まるで、生まれた時から存在していたネットワークのように。


だが――


何かがおかしい。


「……多い」


ヴァエリスの眉が僅かに寄る。


「どれくらい?」


「分からない」


「測ろうとしないで」


「測っているわけじゃない」


サクオミは目を開ける。


「ただ……」


言葉を探す。


「……貯水池みたいだ」


ヴァエリスが黙った。


「貯水池?」


「大量の水を蓄える場所」


「貯水池くらい知っているわ」


「それならよかった」


「私が分からないのは、どうして魔力をそんなものに例えたのかよ」


サクオミはヴァエリスを見る。


「だって、この量……使い切れる気がしない」


ヴァエリスはすぐには答えなかった。


鋭い視線でサクオミを見つめる。


「あなたの魔力容量は、どれくらい?」


「システムには、無限って表示されている」


ヴァエリスの身体が止まった。


風が庭を通り抜ける。


2人の間に、何枚かの葉が落ちた。


「……もう一度言って」


「俺の魔力は無限だ」


ヴァエリスは動かない。


表情そのものは、大きく変わっていない。


だが、その瞳だけが変わっていた。


サクオミはそれを見逃さない。


「何か問題でも?」


「魔力が無限なんて、普通じゃない」


「分かっている」


「どれくらい確信しているの?」


「俺のシステムがそう言っている」


「それを信じているの?」


「今のところは」


ヴァエリスは長い間、サクオミを見つめていた。


そして、静かに言う。


「なら、このことは絶対に他人の前で話さないで」


サクオミはすぐには答えなかった。


「どうして?」


「大半の人間にとって、魔力は資源だから」


ヴァエリスは自分の胸に手を当てる。


「魔力は消耗する」


次に、自分自身を指差す。


「回復するまで時間も必要」


そしてサクオミを見る。


「魔力が尽きれば、戦えなくなることもある」


サクオミは頷いた。


「俺には、それがない」


「もし、本当にあなたの言う通りなら……」


ヴァエリスは言葉を止める。


「……世界から見たあなたの価値は変わる」


サクオミは息を吐いた。


「だからこそ、知られたくない」


ヴァエリスが彼を見る。


「どうして?」


「静かに暮らしたいから」


あまりにも単純な答えだった。


だからこそ、ヴァエリスはすぐには反応できなかった。


サクオミは続ける。


「注目を集めたくない」


「あなたの能力は、多くのものを変えられる」


「分かっている」


「それでも普通に暮らしたいの?」


「できるなら」


ヴァエリスは長い間、サクオミを見つめた。


やがて言う。


「なら、普通の人間以上に自分を制御することを覚えないといけないわね」


サクオミは頷いた。


「それは納得できる」


---


午前9時15分


授業は家の裏手へ移った。


先ほど話していたテーブルから裏庭までは、約30メートル。


そこには、収穫物を天日干しするために使われている、何もない土の場所があった。


ヴァエリスは、母屋から十分に離れているその場所を選んだ。


「元素魔法は、単純な形から説明するのが一番分かりやすいわ」


彼女が手を上げる。


手のひらの上の空気が動く。


そして――


小さな炎が生まれた。


火。


大きさは指先ほどしかない。


サクオミは真剣に観察する。


「これが火の魔法?」


「ええ」


「魔力が熱くなるのか?」


「正確には、魔力を使って元素に関係する現象を発生させているの」


「つまり、燃えているのは魔力そのものじゃない」


「そう」


サクオミは頷いた。


「なら、元素魔法には過程がある」


「ええ」


「そして、その過程には制御が必要」


「そういうこと」


サクオミは小さな炎を見る。


「水は?」


ヴァエリスが手を動かす。


炎が消える。


その代わり、手のひらの上に数滴の水が現れ、地面へ落ちた。


「水の魔法」


「風は?」


小さな風が渦を巻く。


「風の魔法」


「土は?」


地面が僅かに動く。


「土の魔法」


サクオミは頷いた。


「じゃあ、治癒魔法は?」


ヴァエリスが眉を上げる。


「それは元素魔法ではないわ」


「何が違う?」


「治癒魔法は、身体の状態に干渉する」


「なら、魔法回路も違う?」


「基本となる魔力は同じ。でも、使い方はずっと繊細よ」


「制御を間違えれば身体を壊すから?」


「そう」


サクオミの表情が真剣になる。


「つまり、適当に試すものじゃない」


「その通り」


ヴァエリスはサクオミの手を指差した。


「自分なら使えるかもしれない、なんて理由だけで他人に治癒魔法を使わないこと」


「それは当然だな」


「身体の組織を少し間違えて操作するだけでも危険だから」


サクオミは頷いた。


それによって、むしろ興味が強くなった。


魔法は単なる力ではない。


そこには規則がある。


制限がある。


そして、結果に対する責任がある。


機械と同じだ。


どれだけ大きなエネルギー源があったとしても、正しい設計がなければシステムは動かない。


「じゃあ、空間魔法は?」


その質問を聞いた瞬間、ヴァエリスが黙った。


サクオミは気づく。


「どうした?」


「それは、今は試さないほうがいい」


「危険?」


「難しいの」


「どれくらい?」


ヴァエリスは空を見上げた。


「空間魔法は、距離と空間に関係する」


サクオミの興味が一気に強くなる。


「つまり、転移?」


「それも含まれるわ」


「やっぱりそうか」


「何が?」


サクオミはヴァエリスを見る。


「空間は魔法で操作できる」


ヴァエリスは頷く。


「ただし、好きな場所へ自由に移動できるという意味ではないわ」


「どうして?」


「座標、距離、魔力、安定性、そして使用者の能力。それらすべてが結果を左右するから」


サクオミは黙った。


想像していた瞬間移動とは、かなり違う。


「座標を間違えたら?」


「間違った場所に出る」


「距離が遠すぎたら?」


「必要な魔力が増える」


「回路が耐えられなかったら?」


「術式が失敗する」


「制御が悪かったら?」


ヴァエリスはサクオミを見つめる。


「……試して確かめないことね」


サクオミは頷いた。


「分かった」


そして、自分の手を見る。


1つの結論が浮かんでいた。


自分が持っているシステムは、確かに凄まじい。


しかし、この世界には、この世界独自の知識がある。


もし自分がヴェルセラで長く生きたいのなら。


くだらないミスで死なないためには。


自分の力がどれほど大きいかを知ること以上に――


この世界の知識を理解することのほうが重要なのかもしれない。


---


午前11時40分


授業は終わった。


基礎訓練を始めてから、すでに約2時間30分。


サクオミとヴァエリスは倉庫の脇へ戻っていた。


ヴァエリスは、先ほど置いていた籠を持ち上げる。


サクオミが見る。


「まだ仕事があるのか?」


「ええ」


「勉強した後も?」


「私はここで働いているもの」


「どうして働き続ける?」


ヴァエリスはサクオミを見る。


「給料をもらっているから」


「つまり、本当に金が必要なのか?」


「ええ」


返事は早かった。


恥じる様子もない。


言い訳もしない。


ヴァエリスは仕事を続ける。


「住む場所と食事、それに給料をもらっている」


「いくら?」


「どうして?」


「ただ気になった」


「生活するには十分よ」


サクオミは頷いた。


それ以上は聞かなかった。


しばらくして、ヴァエリスが言う。


「あなたは、こういう仕事を低いと思っている?」


サクオミはすぐに振り向いた。


「思ってない」


「答えるのが早いわね」


「本当に思ってないからな」


ヴァエリスは黙っている。


サクオミは倉庫の壁に背を預けた。


「誰かが働いて、決められた給料を受け取っているなら、それは仕事だ」


ヴァエリスは黙ったまま聞いている。


「無理やり働かされているわけでもなく、その人が受け取るべきものをちゃんともらっているなら、俺は何も問題だとは思わない」


ヴァエリスの表情が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


「……そう」


「どうして?」


「なんでもない」


だが、サクオミには分かっていた。


その答えがすべてではない。


それでも、無理に聞くことはしなかった。


まだ聞く必要のないこともある。


---


午後1時10分


その家で簡単な昼食を済ませた後、サクオミは帰ることにした。


ヴァエリスが柵まで見送る。


「明日も来る?」


サクオミは足を止めた。


「どうして?」


「まだ基礎を全部理解していないでしょう」


「まだあるのか?」


「たくさんあるわ」


サクオミは小さく息を吐いた。


「午前中だけで十分だと思ってた」


「午前中だけで十分なら、何年も勉強する人なんていないでしょう」


「それもそうだな」


ヴァエリスはサクオミを見る。


「本当に魔法を理解したいの?」


「そうだ」


「どうして?」


サクオミは少し考えた。


そして答える。


「この世界に、何ができるのか知りたいから」


ヴァエリスが彼を見る。


「あなた自身に何ができるかじゃなくて?」


「自分の能力なら、もう分かっている」


サクオミは遠くに見えるヴァルケイル山脈を見る。


「俺がまだ知らないのは、この世界に何ができるのかだ」


ヴァエリスは黙った。


その答えは、彼女に考えさせるものだった。


サクオミの力についてではない。


無限の魔力についてでもない。


ただの好奇心についてだった。


知らない世界へやって来た異邦人。


誰もが自分を特別な存在だと思ってしまいそうな力を得ている。


それなのに、まず世界について知ろうとしている。


そんな人間を、ヴァエリスはどう考えればいいのか。


まだ分からない。


それでも初めて――


サクオミが、


「また明日」


と言ったことを、嫌だとは思わなかった。


ヴァエリスは頷く。


「また明日」


サクオミは家を離れた。


宿屋まで約700メートル。


歩みはゆっくりだった。


だが、頭の中はすでに別の場所へ向かっていた。


ヴァルケイル山脈。


旧道。


まだ歩いていない場所。


そして今は――


魔法。


サクオミは道の途中で立ち止まった。


自分の手のひらを見る。


「元素魔法を学べるなら……」


小さく笑う。


「……明日は、森の中で魔法がどう使われているのか見てみるか」


遠く離れた場所では、ヴァエリスがまだ柵の前に立っていた。


サクオミの姿が、道の先で小さくなっていく。


ハイエルフの少女は俯いた。


そして、手を小さく握る。


サクオミには言わなかったことが1つある。


先ほど、彼の魔力の流れを読み取ろうとした時。


――ヴァエリスには、認識できる限界が見つからなかった。


単純に魔力が多いわけではない。


単純に蓄えが高いわけでもない。


ハイエルフとしての本能が告げていた。


ただ1つ。


――サクオミは普通ではない。


だからこそ、ヴァエリスはもっと知りたくなった。


彼の力を利用したいわけではない。


利益を得たいわけでもない。


ただ、1つだけ確かめたい。


もし本当に、この少年がこの世界を何も理解していないのなら――


魔力の基礎すら知らないまま、1人で歩かせることは危険なのではないか。


ヴァエリスはヴァルケイル山脈の方角を見る。


「それなら……」


彼女は家の中へ戻る。


「……明日は、もっと教えてあげよう」


---


午後4時30分


夕方になった。


サクオミは村の一部をゆっくり歩いた後、宿屋へ戻った。


山へは行かなかった。


今日は行かない。


すでに十分な情報を得ている。


部屋に入り、窓の前に座る。


そして、ワールド・サモン・システムを開いた。


新しい通知はない。


サクオミは画面を閉じる。


続いて、小さなノートを開いた。


そこへ、いくつかの言葉を書き込む。


魔力。


魔法回路。


元素魔法。


治癒魔法。


空間魔法。


サクオミは手を止めた。


そして、もう1行を加える。


理解していないものは使わない。


しばらく、その言葉を見つめる。


やがて、小さく笑った。


「……いい忠告だ」


ノートを閉じる。


窓の外では、太陽がヴァルケイル山脈の向こうへ沈み始めていた。


明日。


サクオミは、再びあの場所へ向かう。


未登録陸地を探すためではない。


大きな発見をするためでもない。


まだ、その時ではない。


今はただ――


自分が暮らすことになった、この世界を理解したい。


そして今度は――


1人では歩かない。


---


【次回予告】


第12話「森の奥へ」


サクオミはヴァエリスと共に、ヴァルケイル山脈の周辺へ再び向かう。


最初は魔法の基礎を理解するためだけの旅だった。


しかし、2人が進んだ道は、次第に人々が普段利用する道から離れていく。


木々の間。


山の斜面。


そして、古い道のさらに奥。


そこでサクオミは気づく。


グレイモスの森とヴァルケイル周辺には、旧道から見える以上の何かが存在している。


【第12話へ続く……】

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