第二十五話
王都から近い王領の一つを王弟――父が管理している。
そこには中央棟から緩やかな鈍角で、右翼と左翼に別れ左右対称な、長く大きな本邸が存在感を示すように構えている。この緩やかな鈍角は、本体正面に広がる贅を尽くした広大な庭園をどの角度からも楽しむ為のもので、二代前の王が半生をかけて建てさせたものだ。
その立派な本邸の裏側には、背の高い木々が、目隠しのように規則正しく配置され、同じくらいの大きさのそれぞれ嗜好の違う三つの別邸が隠されてるように建っている。
如何にも、察して下さい、とでも言っているかのような配置だが、この国の貴族は、常識的な配慮だと思っている。
他国では普通じゃないのに、この国だけの普通は、多い。
貴族籍もそうだ。
親のどちらかが貴族なら、とりあえず子供は貴族籍が与えられる。だが、それだけでは家名は名乗れない。当主が、公の場で紹介し初めて家名を名乗れる、と言う特殊な法を敷いている。
なので、貴族籍だけ持つものは、家名の数に比べて相当多いのだが、公に貴族として名乗れるものは、その一割ほどしかいない。
なので、血の繋がる予備が大勢いるのが普通の中、血の繋がらない養子という存在を父が認めていた事実に僕は相当驚いた。
「僕はシーラン。養子だよ。宜しくね」
僕や僕と同じ予備の兄弟達が暮らす別邸とは違う別邸に住むシーラン。
広大では有るが同じ敷地で暮らしていたにも関わらず、父の紹介で出会うまで、その存在すら知らなかった。
どういう意図で父が僕とシーランを引き合わせたのか当時はまだわからなかった。
シーランは、シーランにとっての義父である僕の父の愛を奪う存在ではなかった。だから、シーランは、当時の僕にとって、敵ではなく、利害関係のない唯一の同年代。気兼ねなく話せるし、シーランは裏表なく警戒心もないので割とすぐ仲良くなった。
「僕はね、お母様の望みを叶えるんだ」
シーランは、亡くなった母親だけが全ての、僕から見たら変わったやつだった。
シーランの父親は、父が欲する隣国の王だと聞いて、少し前に父の望みを知った僕は、父がシーランを養子にした意味を理解した。
そして、僕を引き合わせた意味も正しく理解した。
「コーランのお父様が、僕を利用しようとしている事は知ってるよ。僕のお母様もそれで良いって言ってたし。お母様はね、可哀想な人だったんだ。コーランのお父様でも良いし、コーランでも良いからさ、お母様の望みを叶えてね」
シーランが言うには、シーランの母親と父親は、それはそれは愛し合っていたらしい。でも、亡くなった海の国の悪女姫と呼ばれていた婚約者や、今の王妃に邪魔をされて、引き離されたのだと言う。
「僕はね、王の血を引いているけど、王位が欲しいわけじゃないんだ。お母様も別に僕が王になることを望んではいなかったし。お母様の望みである、お父様がお母様を今でも愛していることを確かめたいだけなんだ。お父様とお母様の愛の結晶である僕が、ここにいるよって知ってほしいんだ。それがお母様の望みだしね。あとは――」
「あとは?」
「お母様達を引き離したくせに今も生きている――王妃の死かな。お母様の望みだしね」
情報の裏取りは大事だ。
シーランは、どこか夢見がちというか、浮き世離れした飄々さがあって、盲目的で、言葉をそのまま鵜呑みにしたら危うい気がした。
だから、事情を一番知っていそうな父に確認をした。
「はははっ。殆どがアレの母親の思い込みだ」
「思い込み‥‥ですか?」
「ああ。事実はこうだ。アレの母親は、不正を働いて没落した元貴族で娼館に売られた。売られた先で、酔った隣国の王に買われたのだ。愛し合っていたなんて事実はない。その後すぐに、隣国にある我が国の大使館に逃げ込んで来てな、王太子の子を身籠ったと言う。半信半疑だったが、事実なら利用できるだろう?」
「ええ。利用しがいの有る駒になりますね」
「ああ、そうだ。だから、本当に子を産むまで匿って、産まれた子が男だったから手っ取り早く養子にした。一波乱起こせそうだし、担ぐのも良い」
「そうですね。でも、どうやって事実確認をされたのですか?」
「もう死んだが、当時、真実を判別できる特能持ちがいたのだ。そいつに確かめさせた。だから、隣国の王の血をアレが引いているのは確かだ」
「そんな便利な特能が‥‥。死んでしまったとは勿体ないですね」
「ああ、惜しいことだ」
シーランの母親は、相当に思い込みの激しい人だったようだ。
そもそも、海の国の悪女姫と呼ばれていた婚約者に当時の王太子は相当惚れ込んでいたようだし、シーランの母親は接点すらなかったのが事実。それに、今の王妃が当時の王太子の婚約者になる前に既に母親はシーランを身籠っていた。王妃に引き離されたなんて事実も全くない。
誰でも知れるような時系列さえ無視した相当な思い込みを、シーランは事実だと思っている。
「事実はアレには知らせるな。その方が利用しやすいし、アレも幸せだろう」
「ええ、そうですね」
シーランは、受け身で扱いやすい。
父の望みを叶える駒として将来は大いに役立つだろう。だけど、一度しか使えない諸刃の剣でもある。
最良の一手を取れるような策を練らねばならない。
その為にも、シーランの信用を勝ち取る努力を僕は惜しまなかった。
だが、父も納得するような策がなかなか思い付かず、年月だけが経過する中、僕に有利な唯一とも言える幸運が舞い込んで来る。
――ああ、僕はこの為にこの特能を授かったんだ。
僕は、最良の一手を手に入れたのだ。




