第二十二話
旦那様達の予想通りだろうと私も思うので、当日は朝からエリンに「寝不足かも。昨日は寝付きが悪かったのよね‥‥」なんて言って、夕食後、早々に寝支度を手伝ってもらい寝台に潜り込み、万全の準備を整えた。
最近は、護衛のオリバーがしっかりと見張ってくれているので、コーランに煩わされることもなく、快適だったこともあり、諜報員気分でこの状況を楽しんでしまっている自分がいた。
現実とは思えないような、知られざる王のご落胤が‥‥とか、まだ見たことがないけれど、王太子殿下にそっくりだとか。
まるで物語の要素てんこ盛りなこの状況に、お義母様の影響で、小説に嵌ってしまった私は、不謹慎にもわくわくしてしまっているのだ。
でも、私は物語の登場人物になりたくはないので、諜報員気分と言っても、俯瞰して見たい読者目線の気分でいたい。
あまりに利己的な自分を多少は嫌悪するが、滅多に無い状況だし、目を逸らそう。
そうして、しばらく盗み聞いていると――その時がやって来た。
『大丈夫だ』
『有難うございます』
『やっとだな。予想通りだとすれば、聖王国の例の神官を呼び寄せるのだろう。まあ、他の方法だとしても問題ない』
『ええ。結果は既にわかっていますしね』
『ああ。これで、この屋敷も出れるだろうし、計画が進むな』
『ええ、まさか奴らも我々が―――――とは思いもしないでしょう』
『さぁ、我々の明るい未来の計画の確認といこうか』
その事を、その計画の全貌を聞いた時、私はお気楽に諜報員やら読者気分でいた事を後悔し、あまりの驚倒に「ひゅっ」と、吸った息を吐き出すのを忘れてしまう。
時が止まったような一瞬の後、荒くはっはっと、呼吸を再開する。
ほんとに本当に‥‥不味いわ。
彼等の計画が実行されてしまえば、この国は‥‥。
‥‥それに、旦那様も、私も無事ではいられなくなる可能性が高いわ。
それから私は、ありとあらゆる考えられる対策を取った。
いっそ、私の特能を明かそうと思いもしたが、何度考えても、その方法だけは取れない。
なら、取れる手段は限られていた。
そう――日記、だ。
寝不足と怒りから衝動的に書いてしまった夢日記。
此処から先は、あまりの具体性に、旦那様に疑われ兼ねない内容になるわね‥‥。
夢日記と言うよりは、予知夢か何か、別物に思われるかもしれないわ。
それでも、疑われ兼ねない危険性を負ったとしても、具体的に旦那様に伝わらなければ、この国の‥‥いえ、それよりも旦那様の命が危ないかもしれないのだから、なりふり構っていられない!!!
私の実家、ヒョウゴー伯爵家で、何かしらの魔法が使われ、監視されている事を、お父様が最初に気付いたのは、私がまだ十歳になったばかりの頃だった。
ヒョウゴー伯爵家は、元々、血縁魔法が原因で、利用され、使い潰され、他国から逃げてきた歴史がある。だから、お父様が気付いた監視が、一時的なものではなく一定期間以上続いている事実に、我が家門は相当な警戒をせざる得なくなった。
血縁魔法である心話を駆使し、不思議と血族全員に発現する貴重と言われる特能を最大限活用しながら、血縁者全員で力を合わせ、血眼になって、何故監視されているのか、誰が監視しているのかを徹底的に探った。
そうして、知ってしまったキョウトゥー伯爵家の秘密――王家の諜報を担う家門――と、どうやら監視されているのが、ヒョウゴー伯爵家だけではないこと。
それでも、なかなか何故監視されているのか、と言う疑問が解決されることなく五年も経過し、六年目になろうとしていた頃にやっとわかった事実。
――王家の諜報を担う家門へ嫁ぐ令嬢の選定。
判明した時の、落胆と安堵と言ったら‥‥。
心話がバレた、もしくは、疑われているのではないか?
隠している全員特能持ちの事の方だろうか?
また国に囲われ利用されるのではないか?
疑心暗鬼になり、心話で親族一同意見が飛び交い、監視五年目なんて、一族総出で国を出るべきだ、という意見が主流になる程だった。
初めて旦那様を公に目にしたのは、学院に入ってからだった。
散々、長期に渡って監視され続けていたので、私の旦那様への印象は最悪としか言いようがない。
学院に入ってしばらくして、婚約を申し込まれた時は、親族一同心話で言いたい放題でなかなか収拾がつかない荒れぶりで、怒りを顕わにする親族一同を黙らせ、嫁ぐことを決めたのは、他でもない――私だった。
(私、この婚約を受けるわ。そうすれば、我が家門の秘密が漏れていないか探ることが出来るし、今後そういう疑いがもしも掛かったとしても何かしら対処できるかもしれないもの。私の特能をご存知でしょう?完全犯罪だって出来る万能の特能なのよ)
(シャロンがそう言うのであれば‥‥)
(シャロンが犠牲になるのは悔しい‥‥)
(シャロンはそれでいいのかい?)
(大丈夫よ。それに、嫁ぐからには、良い関係を築いてみせるわ)
私も貴族の娘。
好きになった相手に嫁ぐような、物語のような結婚は夢見たことがない。
これだけ長期間監視され、家門一同で国を出る事を決断せざる得ない程の混乱を招いたのが、王家の諜報を担う家門へ嫁ぐ令嬢の選定――つまり、私のせいだったのだ。
もしも、婚約を申し込まれることがあれば、逆に探って、内部から我が家門――ヒョウゴー伯爵家――を守ろうと決意していた。
私のせいで家門に迷惑をかけたのだ。
勿論、こう言えば、みんな、私のせいではないと言ってくれるだろう。
だけれども、私が納得いかなかったし、私が責任を取るべきだと思ったのだ。
婚約期間も、表向きの結婚してからの今までも、私と旦那様の関係は、紳士と淑女然とした所謂、貴族らしいもの。
でも、盗み聞く旦那様の様子は、紳士とはかけ離れて子供っぽかったり、卑屈だったり、可笑しかったりと、意外にも可愛らしく思える人だった。
国よりも、旦那様の命の危険に、なりふり構っていられないだなんて、あの頃の私には想像もつかないわね‥‥。
――あら‥‥?私、思ったよりも旦那様のことが‥‥好き?なのかしら?
恋愛的な『好き』の基準がわからない私は、今行われているだろう、王城での陛下の親子鑑定の結果を待ちながら、ぼうっと、いつものように書庫で恋愛小説片手に思いふけるのだった。




