おっさん、戸惑う。
2月27日 更新1回目
「ねぇ……あなた……」
微睡の中、声が聞こえた。
「お願いがあるの……」
おっさんは直ぐに、それが夢だとわかった。
「聞いて……くれるかな?」
これはおっさんの妻である――ソニアとある約束をした時の記憶。
「あのね……」
自分の死を悟ったソニアは、彼に願いを託した。
今も忘れてはいない。
忘れるはずがない。
託された願いを、おっさんはしっかりと受け取ったのだから。
「約束……ね……」
だけど、その約束のうち一つ。
おっさんが守ることの出来なかったものがあった。
なにせ、あまりにも無茶な頼みをソニアがしてきたから。
約束を守れなかったおっさんを、ソニアは怒っているのだろうか?
だとしたら、彼女は許してくれるだろうか?
懐かしい夢を見ながら、おっさんはそんなことを考えていた。
※
日差しがおっさんの顔を照らしている。
「あなた……」
微睡の中、再び声が聞こえた。
ソニアの声だ。
どうやらまだ夢を見ているらしい。と、おっさんは思った。
「あなた、朝よ。
起きて」
「……ううん……」
もう少しだけ、ソニアの声を聞いていたい。
たとえそれが夢でも。
どうせ覚めてしまう夢だからこそ、もう少しだけ……。
「アンクル……あなた、起きる気がないのね?」
声の調子が変わった。
朝の小鳥のような耳心地のいいものから。
少しだけ気の強さが滲み出て。
「なら――ていっ!」
「おぶっ!?」
腹部に軽い衝撃。
だが、その程度でも意識が覚醒するには十分過ぎた。
「なんだ……!?」
「おはよう、アンクル」
「……え?」
視線の先にはソニアがいた。
おっさんの腹部に跨るように座っている。
そして徐々に、昨日の出来事を思い出していた。
帰ったら、死んだはずの妻が、なぜかこの家にいたのだ。
冷静に思い返しているようで、おっさんの頭は今も大混乱中だ。
「朝食の準備、出来てるからね」
「あ……ああ……」
戸惑いながらも、おっさんは返事をした。
ソニアは柔らかく微笑むと、おっさんから視線を移した。
「リリス、起きて。
朝ご飯の時間よ」
そして我らが宝物。
おっさんの隣で眠っているリリスを起こした。
「う~ん……ごはん……」
「そうよ。
お母さん、リリスの為に頑張って作ったのよ」
「……おかさんの……――はっ!?」
突如、リリスはバッと飛び起きた。
「おかさん!」
「リリス~!」
リリスはソニアに飛びついた。
母娘は表情を輝かせ、嬉しそうにぎゅ~と抱き締め合っている。
父親であるおっさんから見ても、とても微笑ましい光景だ。
問題は抱き締め合う場所が、おっさんの腹の上という点だ。
正直……ちょっとだけ重かった。
だが、二人の温かい体温を感じる。
それは――大切な人が傍にいるという証だと思えた。
「さぁ、ご飯にしましょうか!」
「うん!
おとさんも、はやくおきて~!」
「あ、ああ……」
ソニアとリリスはベッドから下りて部屋を出ていく。
間違いなく幸せな朝。
なのだが、失ったはずの日常が理由もなく戻ってくるはずがない。
『カティ……何かわかったか?』
『勇者様、おはようございます。
申し訳ありませんが、まだ何も……。
昨晩も様子を窺っていましたが、娘さんとぐっすり眠っているようでした。
朝食を作っている最中も、とても楽しそうに鼻歌を歌っていました』
『……鼻歌……か
それ、ソニアの癖なんだ』
料理をしながら身体を揺らし、鼻歌を歌う。
どうやら、そっくりなのは見た目だけじゃない。
何もかもが、おっさんの妻であるソニア・フレイルそのものだった。
『最初は魔王の刺客かもと疑いましたが、邪悪な気配は一切感じません……。
少なくともあの方は、悪い存在でなさそうです』
それはおっさんも、なんとなく感じていた。
『ただ、一つ気になる事があるとすれば――』
カティが何かを言おうとした時、
「あなた~、スープが冷めちゃうわ~!」
「あ、ああ、今行くよ」
ソニアが、おっさんを呼んだ。
『カティ、話は後だ』
『はい。
私は一度、周囲を調査してきますね。
何か特殊な術が施されている可能性もあるので』
『頼む』
おっさんは、混乱する思考を抑えて部屋を出たのだった。




