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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第16章 永久の愛と紡ぐ意思
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第99話 そよ風に揺れた、あの日の光

 その日の夕刻。


 森の研究所の外では、森が静かに息をしていた。


 風が木々を揺らすたび、葉のこすれる音がかすかに部屋へ届く。

 虫の声が遠くで細く鳴き、世界がゆっくりと沈んでいく。


 リファーナさんは窓辺で本を読んでいた。

 夕日の光が横顔を淡く照らし、そよ風がページをやさしく揺らす。


 どこか懐かしい。

 以前、同じ光景を見た気がする――


 たしか、あの日。

 学院のダンジョン実習で瀕死の重傷を負った僕を、死の淵から救い上げてくれた“優しい光”。


 いま目の前にある横顔は、あの時にかすかに見えた光と同じ……

 そんな気がした。


 静かな部屋に、紙をめくる音だけが響いていた。

 

 僕は、お世話になったリファーナさんにどうしても何かお礼をしたかった。


 リファーナさんはいつも本を読んでいる。

 だから、これがいいと思った。


 不器用だけど、魔工科での“ものづくり”には慣れている。

 心をこめて、何度も削って、磨いて、編んで、ようやく形になった。


 深呼吸をひとつして、僕はリファーナさんのそばに歩み寄った。


 「リファーナさん……」


 リファーナさんが顔を上げる。優しい目だった。


 「どうしたの……」


 僕は、照れくさくて少しだけ視線をそらしながら、それを差し出した。

 

 "白木のしおり"が、灯火を吸いこんだみたいに淡く白く光り、緑の糸は、そよ風に触れた草のようにやわらかく揺れた。


 「もうすぐお別れで。何もお礼できないんだけど……これ作りました。リファーナさんは、とても頭がよくて、本がいっぱいあるから……本のしおり、あったらいいかなって……」


 言い終えた瞬間、顔が熱くなるのが分かった。


 「……ありがとう、ロキ。とてもうれしい」


 その声は、柔らかい響きだった。


 リファーナさんはしおりをそっと受け取り、大切そうに胸に抱きしめた。


 「……この糸、とてもいい色ね。」


 リファーナさんの指先が、しおりの緑の糸をそっと撫でる。

 僕は照れくさくて、でもどこか誇らしくて、小さくうなずいた。


 あたりは薄暗く、夕暮れが静かに夜へと溶けていく。


 ――――


 僕とリファーナさんは窓辺で外の星空を見上げた。


 星々は静かに瞬き、帝都の喧騒は遠く、まるで世界が二人のためにだけ静まっているようだった。

 僕はリファーナさんの隣に座り、しばらく黙っていた。


 「二千年後の未来の星空も……このように綺麗なのかしら」


 リファーナさんの声は、夜気に溶けるように柔らかかった。


 「……はい。でも、今見てる星空の方が……なんだか、あったかいです」


 リファーナさんは静かに微笑んだ。

 その横顔は、灯火と星明かりが重なって淡く輝いている。


 「……リファーナさん。ぼく、リファーナんさんに会えて……よかったです」


 リファーナさんの横顔は、夜空の向こう、遠くの世界を見ているようだった。


 「あなたが来てくれて、救われたのは私の方よ」


 リファーナさんは続けた。


 「……私は、不安だったの」


 その声は、いつもの大賢者のそれではなく、どこか頼りなく、かすかに震えていた。


 「ローディンがいなくなってしまって……私の研究が、本当に正しいのか。未来に残せるのか。ただの自己満足で終わってしまうんじゃないかって」


 リファーナさんはそっと胸に手を当てた。


 「でも、あなたが来てくれたことで、ローディンの死も、自分の研究も……無駄ではなかったと知ることができたわ」


 その言葉は、二千年分の重さが静かにほどけていくようだった。


 「……なによりね。ローディンが残してくれた、私の宝物。それが未来でも息づいてくれた。」


 リファーナさんが、そっと自分のお腹に手を添える。


 その仕草は、二千年の時を越えてなお残る“命の記憶”を確かめるようだった。


 「そして、その宝物を愛してくれて、守ると言ってくれたあなたが来てくれた。……私は、本当に嬉しい」


 リファーナさんは少しだけ僕の方を見た。


 その瞳は、どこか寂しげで、どこか誇らしげで、ほんの少しだけ優しく揺れていた。


 「私の魔法を断ったあなたは、魔法世界にも、幼馴染にも……もう引け目を感じる必要はないわ」


  リファーナさんは腰に両手を当て、どこか誇らしげに胸を張った。


 「……だって、かつて私の魔法を防いだ魔導士なんていないわよ」


 その仕草が、いつもの凛とした大賢者らしくなくて、どこか無邪気で――なんだか、かわいかった。


 僕は思わず目を瞬いた。


 あのリファーナさんが、こんなふうに自慢げになるなんて。


 灯火が揺れ、窓辺の影がふたりの間に静かに伸びる。


 リファーナさんは、夜空を見たまま、そっと僕の肩に手を置いた。


 「……明日、アスピア皇国に向かいましょう。そして、古代の記憶が今も息づくあの地で、あなたは自分の世界に帰ることになるわ。」


 その手は温かかった。

 けれど、その温もりに触れた瞬間、胸の奥にひどい寂しさが広がった。


 その温かさが遠ざかってしまうことを、先に知らされるようで。


 僕は言葉を発さなかった。


 リファーナさんは、何も言わず、ただ僕を引き寄せてくれた……


 ずっと一緒にいてほしい……


 それが正直な僕の気持ちだった。

 けれど、それは叶わないことだと分かっている。

 

 ――だから、今だけは甘えたかった。


 夜風が二人の間を通り抜け、星々が静かに瞬いた。


 リファーナさんは、寄りかかる僕を横目に、ほんの少しだけ目を閉じた。

 その表情は、どこか安堵していて、どこか寂しげだった。


 僕は胸の奥で決意した。


 「僕は、アミリアのことを絶対に守ります。ローディンさんとリファーナさんの宝物……命に代えても守ります。」


 僕の決意に、リファーナさんの瞳がふっと揺れ、一筋の涙が頬を伝った。


 その涙は、灯火に照らされて淡く光り、二千年の時を越えて、ようやく報われた想いの証のようだった。


 窓の外では星々が静かに瞬き、夜風がふたりの間をそっと通り抜けていった。


 ――――


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