第100話 降り立つアスピア皇国の地
翌朝、僕はリファーナさんとアスピア皇国に向かっていた。
アスピア皇国は、僕たちのいたカーネスト帝国の北側の山岳地帯を抜けた先にある。
国境を勝手に越えたことで咎められないか不安だったが、リファーナさんに聞いたところ、以前、皇女が外交のために山岳地帯を移動していた際、魔物に襲われたことがあり、それをローディンさんとリファーナさんが救ったのだという。
その功績によって、二人は皇女から特別な交通手形を授かったらしい。
以前聞いた、二人の遠征の話が脳裏をよぎり、胸が痛んだ。。
飛竜の背は、山岳地帯の上空をゆっくりと滑っていく。
下には、雲を突き破るように白い雪をまとった岩峰が無数に立ち並び、風に削られた稜線がはっきりと見えた。
リファーナさんの髪が冷たい風に揺れていた。
山岳地帯を抜けると、空気がわずかに柔らかくなる。
眼下には、農村が広がり、その先には石造りの街並みが見えてきた。
景色が、山から人の生活へと切り替わっていくのが分かる。
さらに北へ進むと、街の規模が一気に大きくなる。
――皇都だ。
皇都の中心部に入ると、建物の造りが変わった。
石材は重厚で、表面には長い年月の使用跡がわずかに残っている。
壁面には皇国の紋章が刻まれ、街全体が静かな威厳をまとっていた。
上空から見たときも、人の流れが途切れず、人の賑わいがはっきりと見えた。
奥に宮殿が見えた。
白い外壁は均一に積まれた石で構成され、朝の光を淡く返している。
飛竜は宮殿の外周をゆっくりと旋回し、城壁の外に設けられた検問所の上空へ降下していく。
そこが着陸地点らしい。
――着地すると、最前列の兵士が近づいてきた。
「交通手形を確認する。提示を――」
リファーナさんが慣れた様子で懐から手形を取り出す。
兵士はそれを受け取った瞬間、動きを止めた。
目がわずかに見開かれ、背筋が伸びる。
「……失礼いたしました。どうぞお通りください」
態度が一変した。
ローディンさんとリファーナさんが、本当に特別な存在なのだと実感する。
「宮殿にいきましょう。少し歩くわ」
リファーナさんがそう言い、僕たちは検問所を後にした。
城壁の外側とはだいぶ雰囲気が異なり、道路は広く、建物の石材も均一で、どこか古い様式のようなものを感じさせる。
道沿いには商店が並び、開店準備をする店主の声が聞こえる。
子どもたちが石畳の上を走り回り、その横を、荷車を押す商人がゆっくりと通り過ぎる。
どの顔にも、穏やかな日常があった。
僕は、目に入るものすべてが新しく、思わず周囲を見回していた。
その様子を、リファーナさんは優しいまなざしで見ていた。
リファーナさんは周囲を見ながら言った。
「アスピア皇国には、古代文明の痕跡が点在しているの。記録も断片的だけれど、研究には貴重で、私も何度か調査に来ているのよ」
リファーナさんの言葉を聞きながら、その探求心の深さに感心した。
宮殿に近づくにつれ、建物の規模が一段と大きくなり、空気が引き締まっていくのが分かった。
正面の大扉の前には、近衛が二人、無言で立っている。
黒い礼装に銀の紋章、動かないはずなのに、圧がある。
その姿勢だけで、この場所の格式が伝わってくる。
リファーナさんが小さく息を整えた。
「……ここが宮殿よ」
声は落ち着いているのに、どこか張りつめていた。
僕たちが近づくと、一人が一歩前に出た。
「これはラズウェル様」
リファーナさんは歩みを止め、頭を下げた。
「皇女殿下と巫女にお取次ぎをお願いします。」
「伺っております。ご案内します」
――僕たちは近衛に続き、宮殿の中へと足を踏み入れた。
宮殿の中に入ると、外の光が一段弱まり、空気がひんやりと変わった。
白い石壁が続き、廊下の両側には、古い燭台と警備の近衛が巡回している。
廊下の突き当たりに、重厚な扉があり、近衛が二人、無言で控えている。
扉の表面には、皇国の紋章が深く刻まれていた。
――扉がゆっくりと開く




