第97話 挑む試練
鍛冶場を後にすると夕日がさしていた。
通りは、夕時のざわめきがゆっくりと落ち着きはじめている。
夕陽が剣の鍔の金属を細く光らせた。
鞘越しでも、手に残る重みがさっきより確かに感じられる。
リファーナさんはその光を見て、ほっとしたように小さく息をついた。
「帝国軍庁舎に行きましょう……」
「軍庁舎に?今からですか」
僕の剣へ視線を落とすリファーナさんの横顔は、さっきの柔らかさとは違う、鋭い緊張がにじんでいた。
「仕上げよ……」
リファーナさんは、言葉を選ぶように一度だけ息を整えた。
「この剣は、超硬質のミスリル合金も断つことができる。
つまり、あなたの世界を破壊した古代兵器ワルキューレの本体も切ることができるはずよ。」
そう言いながら、リファーナさんの視線が僕の剣に落ちた。
「でも、それだけじゃ足りない。
この刃が“本当の力”を見せるには、物質だけでなく魔力を断ち切る"七理の法剣"を習得することが不可欠なの。」
僕は息をのむ。
リファーナさんはその反応を見て、静かにうなずいた。
「ここに来てから、あなたがリュウさんから学んだローディンの剣技……
あなたの力を見せてちょうだい。」
短い沈黙が落ちた。
リファーナさんは視線を上げ、覚悟を固めたように続けた。
「帝国軍の魔導兵団の訓練場なら、幾十にも魔法障壁が張ってあるから、どれだけ暴れても大丈夫よ。」
その声には、覚悟を共有する者の静かな重さがあった。
僕はリファーナさんの後についていき、帝国魔導兵団の訓練場へ足を踏み入れた。
魔導兵団の魔導士たちの訓練に耐えられるよう、幾十もの魔法障壁が重ねられている。
その中央に、リュウさんの姿があった。
「最後の試練ですね」
リュウさんは静かに言った。
「君の剣は、十分に基礎ができていた。
それは君の師の指導と、なにより君自身の長年の努力によって養われてきたものです。
私は……きっかけを与えたにすぎない。」
リュウさんはわずかに目を伏せ、続ける。
「カイエンの剣技は、火、水、雷、風、土、闇、そして“時”の七理から構成されています。
火を切り、水を切り、ときには目に見えぬ闇すら断つ。
しかし、長いカイエン国の歴史の中で、剣聖たる我が一族でも六理までの習得が限界でした」
リュウさんの声が、ほんのわずか震えた。
「アスピア皇国の地で“時の理”を悟り、七理を――七属性を断つ剣技を完成させ、時の剣聖と呼ばれた私の父に勝ったのは、勇者ローディン様ただ一人です。」
――その名を口にした瞬間、リュウさんはわずかに息を止めた。
ゆっくりと目を伏せ、続ける。
「卑しくも、剣聖の一族の風上にも置けない私に、ローディン様はこの剣技を授けてくださった。
……それはきっと、ローディン様の意思を継ぐ未来の剣士に、つなぐためだったのでしょう。」
リュウさんはゆっくり顔を上げた。
その目は、まっすぐ前を見据えている。
「今は、これこそが、女神様が私に与えてくださった天命だったのだと思っています。」
僕は、リュウさんの言葉を聞きながら、胸の奥が、静かに締めつけられるような感覚がした。
――ローディンさんはどうして、この人に自分の剣を受け継いだのだろうか。
七理の法剣すら扱えるほどの剣士だが、戦いに向かないと剣聖の父親に見放されたという。
その優しさが“欠点”だと言われた人が、誰よりも深く、剣を愛している。
そして子供達を守ろうとしている。
ローディンさんがリュウさんに自分の剣技を託したのは、きっと“強さ”で選んだのではないのだと思う。
人を傷つけたくないという、その優しさこそが、虹の剣にふさわしいと。
ローディンさんは、そう考えたのだと僕は思った。
僕は、気づいたら口が動いていた。
「……リュウさんは、優しい人です。子どもたちを必死に守ろうとして……」
胸の奥が熱くなって、言葉が止まらなかった。
「リュウさんは……逃げた剣聖なんかじゃありません。
戦いに向かないって言われたのは、弱さじゃない。誰かを傷つけたくないっていう……その優しさのせいです。」
リュウさんの目を見つめながら、僕は静かに続けた。
「ローディンさんは、それを弱さだなんて思わなかった。
だから……リュウさんに、自分の剣を継がせるべきだと考えたんだと思います。」
リュウさんは、ふっと息を吸い込むようにして言った。
「……ロキ君。君が来てくれて、本当に……よかった。」
僕の胸の奥で、覚悟が固まるのを感じた。
「リュウさん……僕は、リュウさんの“誇り”を、必ず未来へ運びます。必ず……守ります。」
リュウさんは僕を抱きしめた。その瞳には、光が静かに揺れていた。
「ありがとう、ロキ君。」
僕たちの間に流れる沈黙は、もはや言葉ではなく、勇気と優しさの継承そのものだった。
――リュウさんのぬくもりの中、空気に“揺らぎ”が生まれた。
「ロキ君。この試練を乗り越えることができれば、もはや、君は魔法を恐れることはない。
――――"世界最強の大魔導士"が、あなたの相手をして下さるのですから。」
(……えっ?)
その瞬間、空気が変わった。
まるで時の流れそのものが、静かに息を潜めたかのように。
――――




