第94話 優しすぎた剣聖
それから、ひと月後。
修道院の庭を渡る風が、ことりと木の葉を揺らした。
僕は、剣が完成するまでの間、リュウさんの修道院で、カイエンの剣技の“修練”を積んでいた。
リファーナさんは、そんな僕のことを気にかけてくれて、いつも軒下から静かに見守ってくれていた。
あたたかいまなざしで、僕とリュウさんの動きを追っている。
レイン先生の源流であるリュウさんの剣は、驚くほど馴染みやすかった。
当然と言えば当然だろう。
一ヶ月も経つころ、僕は"七理の法剣"の型を、ようやく形にできるようになっていた。
抜刀の技を体現するたび、軒下で見守っていたリファーナさんが、
そっと胸の前に手を添えた。
心配と期待が入り混じったような、どこか懐かしいものを見つめるような仕草だった。
――リュウさんは、エグザリア軍がカイエン国に侵攻した際、剣を捨てて逃げたと言っていた。
もともと、人を斬ることに強い抵抗があって、時の剣聖だった父親からも見放されてしまったらしい。
人を斬れない優しさや弱さが、戦士の国カイエンの“剣聖”には向かない。
そう思われてしまったのだろう。
カイエンでは“逃げた剣聖”として後ろ指をさされ、ずっと後悔と懺悔の中で生きてきた人だ。
その傷は、今も消えていないようだった。
けれど、街の戦災孤児に、限りある食料を分け与えている姿を見ると、やっぱり優しい人なんだと思う。
カイエンの子どもたちに剣を教えているのも、この過酷な時代を生き抜く術を渡してあげたいからだと感じた。
きっとそれが戦禍で散った仲間達へ、リュウさんができる唯一の懺悔なのだろう。
魔欠の出来損ないとずっと言われてきた僕には、その痛みが少しだけ分かる。
リュウさんは、国や父からの期待、剣聖の血筋の重圧に、子どものころからずっと苦しんできたのだと思う。
きっとローディンさんも、そんなリュウさんに、弱かった頃の自分の姿を重ねていたんだろう……
それでも――
やはり剣聖の血を継ぎ、ローディンさんから剣を教わったその技は本物だ。
剣を教えるのがとても上手く、どこかレイン先生と同じものを感じる。
戦乱の中で生きてきた分、リュウさんの剣には“気迫”や“殺気”のようなものを強く感じる。
それは、もしかしたらレイン先生以上なのかもしれない。
――休憩。雲の合い間から陽が照る。
汗をぬぐうリュウさんの目は、どこか遠いものを見ていた。
それでも、さっきより少しだけ表情が明るい気がした。
僕は、自然と口が開いた。
なぜ話したかったのか、自分でもよく分からない。
ただ――話したかった。
「……僕の先生は、レイン先生といいます。……レイン・カグヤ先生……」
同じ“カグヤ”の姓を持つリュウさんは、その名を聞いた瞬間、わずかに眉を上げた。
「僕は、元の世界で……魔導学院で、“魔欠の出来損ない”ってずっと言われて、居場所がなかったんです」
リュウさんの眉が、ほんの少しだけ寄る。
「そんな僕に、希望をくれたのがレイン先生でした。
孤児院で子どもたちに読み書きを教えて、その傍らで剣も教えていて……」
言葉がうまく出ない。
「僕は、学院で耐えられなくなって、本当は帰る場所じゃないのに、気づいたらレイン先生の孤児院に来てて……」
あの日の光景が胸に浮かぶ。
「泣いてた僕に、レイン先生が声をかけてくれたんです。
“魔法が使えないなら、剣をやろう”って。それから毎日、剣を教えてくれました」
声が少しだけ震える。
でも、それは悲しみではなく、“届いてほしい”という願いだと思う。
「孤児院の院長さんの時の顔はすごく優しいのに、剣を握ると、怖くて、強い人でした」
リュウさんの視線が、ゆっくりこちらに向く。
「“魔欠の出来損ない”って言われてた僕に、はじめて居場所ができたんです」
そこまで言って、僕は一度息をついた。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
「……僕が言うのも変かもしれませんけど」
言葉を選びながら、ゆっくり続けた。
「リュウさんの思いは、決して無駄じゃないです」
リュウさんの目が、わずかに揺れた。
「だって、レイン先生は……ご先祖様を恨んでなんかいませんでした。
むしろ、剣を誇りにしてるように見えました」
風が、庭をひとすじ渡っていく。
「先生の剣は強くて、優しくて……
レイン先生が剣を持ち続けていたのは、きっとリュウさんの誇りが、二千年たっても壊れなかったからです」
僕は、自分の手の中の柄をそっと握った。
「リュウさんが守って、つないで、その先でレイン先生が僕に渡してくれた。
だから……リュウさんの誇りは、ちゃんと未来まで届いてます」
言葉にした瞬間、胸の奥にずっとあった思いが、ようやく形になった気がした。
ふっと――、リュウさんからやさしい笑顔がこぼれた。
どこか照れくさそうで、でも温かい笑顔だった。
「……ありがとう」
差し込む日の光が、その横顔をやわらかく照らす。
光の中の表情が、レイン先生と重なって見えた。
―――――
「でも……こんなこともあったんです」
僕は、少し照れながら続けた。
「学院の実習で、はじめてモンスターを倒したんです。
同級生がみんな逃げるような相手で……担任の先生にも初めてほめられて、“レイン先生にもほめてもらえるぞ”って、わくわくして帰ったんです」
リュウさんの目が僕を見る。
「そしたらレイン先生……“トカゲを斬ったくらいで喜ぶな”って。
僕、固まってしまいました……」
その瞬間、リュウさんの口元が、ふっとゆるんだ。
やさしい笑顔だった。たぶん、ここに来てからはじめて見る笑顔。
その笑顔に気づいたのか、やり取りを聞いていたリファーナさんも、軒下でそっと微笑んでいた。
――――――




