第93話 鍛冶の火と帝都の名工
僕はリファーナさんと帝都の鍛冶場へ向かった。
石畳を歩くたび、靴の裏に冷たい感触が伝わってくる。
胸の奥はまだざわついているのに、鍛冶場へ近づくほど熱を帯びていった。
鍛冶場に入ると、昼間なのに薄暗く、炉の赤い光だけが脈を打つように揺れている。
熱気が肌にまとわりつき、鉄の匂いが喉の奥に沈んでいく。
遠くで金属を打つ音が響き、その余韻が壁に吸い込まれていった。
炉の前には、ごつい腕と深い皺を刻んだドワーフの男が立っていた。
リファーナさんが軽く頭を下げる。
「こんにちは、ゴードさん」
そのあと、ぼくの方へ振り返り、ドワーフの男を紹介してくれた。
「こちらはゴードさん。帝都……いえ、この国で一番の名工よ」
ゴードさんはリファーナさんを一瞥し、険しい顔をゆっくりとこちらへ向けた。
見下ろす視線に、思わず背筋がこわばる。
ぼくの世界の鍛冶工房のラグさんを思い出したけれど、……正直、こっちの方が怖い。
そういえば、ラグさんのご先祖様は“伝説の鍛冶師のお弟子さんだった”と聞いたことがある。
もしかしたら、どこかでつながっているのだろうか。
僕はおそるおそる口を開く。
「はじめまして……ロキ・グレイシアです」
ふと鍛冶場の奥に目をやると、作りかけの剣がずらりと並んでいた。
僕のいた魔法世界では見ない形ばかりだ。
ラグさんが「鍛冶師の本領は剣の錬成だ」と言っていたのを思い出す。
僕が剣に見入っているのに気づいたのか、ゴードさんの怖い顔がにかっと笑った。
「坊主、剣が気になるのか。最近はめっぽう戦士も少なくなったからな……」
その声の奥に、どこか寂しさがあった。
「見たけりゃ自由に見な。ただし、危ねぇから、あんまり近づくんじゃねぇぞ」
まるで、剣が好きな人間が好き、そんな雰囲気だった。
中を見させてもらうと、剣には両刃のものと片刃のものがあった。
僕がレイン先生からもらったのは片刃の剣だ。
ゴードさんが作りかけの剣先を指でなぞりながら言った。
「剣には両刃のものや片刃のものがあって、それぞれ個性がある。……カイエンの剣は片刃だな。独特の反りがあって、素早い抜刀に特化してるのが特徴だ」
剣にそんな違いがあったことに今更ながら驚く。
そういえば、レイン先生も、リュウさんも、あの独特の“間”から一気に抜いていた。
蒸気が立ちのぼり、研磨台では火花が散っている。
そして、工房の隅に、胸の中央だけが厚く、肩と脇が極端に薄い金属板が立てかけられていた。
鎧のようだ。
余計な装飾を削ぎ落とし、動きやすさだけを追求した洗練された形。
……見覚えがあった。
そう、レイン先生が本気で剣を持ったときに着ていた、あの異国の鎧。
ゴードさんがちらりと目を向けた。
「そいつもカイエンの戦士の鎧だ。ローディンが好んで着てたやつだな」
胸の奥がじんと熱くなった。
レイン先生がまとっていた鎧と、この世界で戦った勇者ローディンが、同じ鎧を身につけていたことに。
そのとき、ゴードさんの視線がふと僕の腰へ移った。
ぶら下がっている剣を見て、目がわずかに細くなる。
「ローディンの剣か。……いや、違うな」
僕は息を呑んだ。
「見せてみろ」
ゴードさんは僕の手から剣を受け取り、刃の根元を指で軽く叩いた。
――キィン。
錆びた剣に似つかわしくない金属の響きが工房に広がる。
「こないだ仕上げたばかりで、こんな錆びまとうわけねぇ」
ゴードさんは耳を澄ませ、その音の奥にある“何か”を聞き取ろうとしていた。
「この錆びや汚れは最近できたもんじゃねぇ。長い年月をかけて染みついたものだ」
リファーナさんのまなざしがわずかに揺れた。
「俺は、自分が鍛えたもんは絶対に忘れねぇ。これはローディンの剣だが、ローディンの剣じゃねぇ。どういうこった」
リファーナさんは静かに頷いた。
「そうね。ローディンの剣であって、ローディンの剣でない。でも……確かにローディンから受け継がれてきたものよ」
ゴードさんは鼻を鳴らした。
「学者先生の言うことは小難しくて分かんねぇが……とりあえず、ローディンの“忘れ形見”ってことだな」
「そうよ。もう一度、この剣を“元の姿”にしてあげてほしいの」
名工は剣の柄をじっと見つめ、低く、喉の奥で唸った。
(忘れ形見……)
その言葉が、胸の奥に静かに沈んだ。
それでも、リファーナさんも、ゴードさんも、ローディンさんのことを心から信頼している。
そう感じた。
ゴードさんは、剣の柄をじっと見つめ、指先でゆっくりと重さを確かめるように持ち直した。
炉の赤い光が、ゴードさんの横顔を照らす。
低く、喉の奥で唸り声が漏れた。
「それにしても……古代人はとんでもねぇ剣を作りやがる」
ゴードさんは刃を撫で、続けた。
「この剣はオリハルコン製だ。外は魔物の血や……古代兵器に使われてた油が固まって錆びたように見えるが、中身はぴんぴんしてやがる。」
ゴードさんは錆びの中を確かめるように剣を叩く。
「ローディンの馬鹿力でもびくともしてねぇ。――だがな、こういう素材は、ちょっとやそっとの腕じゃ加工できねぇ」
その言葉を聞いた瞬間、ぼくの胸の奥がひやりとした。
オリハルコン――確かラグさんの鍛冶工房でも“伝説の金属”として語られていた名前だ。
ゴードさんはうれしそうにふっと笑った。
「だが、この剣には“執念”がある。鍛冶師なら分かる。普通なら、こんな超希少金属を、手間暇かけて一本の剣に仕上げるなんてまずやらねぇ。
――この剣を作ったやつは、そうしなきゃならねぇ理由があったんだ。」
その言葉に、僕は思わず息を呑んだ。
僕の世界を壊した古代兵器ワルキューレ。
戦慄の走る青い雷光。
そして、リファーナさんの研究所で見た、もっとおそろしい“厄災”。
あれらと戦うためなら、文明をかけた執念が込められていてもおかしくない。
剣の重さが、ただの金属ではなく“誰かの覚悟”そのものに思えた。
ゴードさんは大きく息を吐いた。
「前回も、うちの鍛冶場総動員で三月かかったんだ。今回も、それくらいは覚悟しろよ」
リファーナさんが頭を下げると、ゴードさんは肩をすくめた。
「まったく……お前の依頼はいつもとんでもねぇもんばかりだぜ。代金は帝国軍の支払いにつけとくぞ」
リファーナさんはクスと笑った。
「お願いするわ」
――僕とリファーナさんは鍛冶場を後にした。
ゴードさんも顔は怖いが、鍛冶の仕事に信念をもっている職人さんだ。
炉の熱、鉄の匂い、槌の音、その全部が、僕の脳裏にラグさんの顔を浮かび上がらせた。
……もしかしたら、この鍛冶場のどこかで、ラグさんの“血”が槌を振るっていたのかもしれない。
揺れる火の中で、そんなことを僕は思った。
――――




