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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第2章 断たれる絆
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第9話 小さな髪飾りと子守歌

 ――アミリアと別れの前日。

 村は、いつもと同じように静かだった。

 けれど――僕には、世界の色が失われて見えた。


 昼間、孤児院の前で交わされた辞令書のやり取り。

 泣き崩れそうになりながらも、アミリアの運命を受け入れるしかなかったローレットさん。

 そして、アミリア自身の「お役目を果たします」という震える声。

 そのすべてが、僕の胸に重くのしかかっていた。


 夕方、アミリアは僕の部屋を訪れた。

 「ロキ……今日はずっと一緒にいてくれる?」


 その声は、いつもの明るさを装っていたけれど、僕には分かる。

 アミリアが悲しさを隠している時の笑顔だ。


 僕たちの最後の時間を残そうとして、ローレットさんはそっと姿を消した。

 「二人でゆっくりしなさいね」

 温かいハーブティーを運びながら微笑んでくれた。


 アミリアは僕の部屋に入ると、いつも座る場所に腰を下ろし、そっとベッドに置いてある絵本に手を伸ばした。

 それは、僕たちが幼い頃から何度も読み返した――大賢者ラズウェルの物語。


 アミリアはページを開きながら、少し寂しそうに笑った。

 「私たち、これ読むたびに“いつか一緒に冒険しようね”って言ってたね」

 僕はうなずいた。でも胸が痛かった。

 「アミリアはこの大賢者様のお役目を引き継ぐんだね。本当にアミリアはすごい……

  ぼくも見習わないと」


 無理して強がった声だった。自分でも分かっていた。

 アミリアはその強がりを見抜いていた。でも、責めなかった。


 ただ、そっと絵本を閉じて、アミリアは涙をこらえながら僕の方を向いた。

 その瞳は赤く腫れているのに、どこか覚悟の光が宿っていた。

 「ロキ……私ね。小さい頃、お母さんから少しだけ聞いたことがあるの」


 アミリアは胸元をぎゅっと握りしめた。

 「私のお母さん……賢者様にゆかりのある血筋だったんだって」


 僕は黙って耳を傾けた。


 「私を不安にさせないように隠してたみたいなんだけど、

  危険な魔獣退治のお仕事をして……それでお父さんもお母さんも……」


 アミリアは言葉を探すように、指先を握った。

 アミリアのお母さんの死の理由、アミリアの魔力の理由が、ようやく繋がった。

 「お母さんが亡くなった時ね……

  すごく怖くて、悲しくて……それで部屋に閉じこもってしまったの」


 アミリアは、言葉を失ったように視線を落とし、胸元をそっと押さえた。

 「でもね、その時……ロキが私に声をかけてくれて……それが本当に嬉しかったんだよ」


 あの頃の孤独と記憶が、胸の奥からあふれ出しているようだった。

 アミリアは少し声を震わせる。

 「最初、村の子供達となじめないでいたとき……ロキは、いつも私をかばおうとしてくれてた」


 かすかに微笑み、けれど目元は潤んでいた。

 「ロキは優しくて、勇気があること……私、知ってるよ」


 アミリアは胸元を押さえ、ひと呼吸だけ迷うように視線を落とした。

 「ねぇロキ……私、不安な時にね、思い出す歌があるの」


 アミリアは、胸の奥に沈んでいた記憶をそっとすくい上げるように、

 静かに息を整えて《子守歌》を口ずさみ始めた。


 『英知の賢者は夜道を照らし 虹の剣は勇気を示す  厄災断つは虹の刃 

 怖い夜でもひとりじゃない  七つの光があなたを守る……』


 アミリアは胸に手を当て、そっと目を閉じた。


 「私、お父さんが亡くなった時も泣いてて……

  その時、お母さんがこの子守歌を歌いながら“髪飾り”をつけてくれたの。……

 私の宝物……」

 

 アミリアは指先で“髪飾り”をつまみ、かすかに微笑む。


 「この歌を聞くとね……いつも安心したの。

  お母さんが“七つの光があなたを守ってくれる”って言ってくれたから」


 七色の糸が編み込まれた髪飾りは、光を受けて淡く揺れた。

 アミリアは髪飾りを胸元にそっと押し当てる。


 アミリアはゆっくりと息を吸い、少しだけ迷うように言葉を続けた。

 「私、お母さんの歌を聞くたびに思ってた……昔、本当に世界を救ったのは、

  誰か、“剣を持った人”なんじゃないかなって……」


 アミリアの瞳が、まっすぐ僕を見つめる。

 「たとえ魔法が使えなくても……私はロキが好き」

 

 胸が熱くなる。喉が震え、息がうまく吸えない。

 (僕も……アミリアが好きだ)

 でも――言えなかった。その言葉は喉の奥で震えたまま、声にならない。

 僕には、それを言う資格がないと思った。


 アミリアは涙をこぼしながら、僕の手をぎゅっと握りしめた。

 「私、ロキをずっと待ってるよ……いつか……迎えにきてくれる?」


 視界が涙でにじむ。胸が苦しいほど熱くなる。

 「僕、魔法は使えないけど……アミリアを守れるように、ちゃんと強くなる。……だから、迎えに行くよ」


 その言葉がどれほど重いかなんて、分かっていた。

 それでも――僕は迷わず、その重さを受け止めた。


 目の前で、アミリアが泣きながら笑う。小指をそっと差し出してくる。

 「ゆびきり」

 二人の小指が絡む。

 その“約束”だけが、静かに夜の中へ溶けていった。


 「……さよなら」


 そして――アミリアが僕を抱きしめてくれた。

 その温かさに、僕も思わず腕を回す。


 その瞬間、音が消えた。

 アミリアの震える呼吸だけが、胸の奥で静かに響いた。


 ――――――


 二人の時間は、そこで断たれた。

 長い年月を共に歩んできた二人だったが、その歩みは、この日を境に静かに分かれていった。

 まるで、積み重ねてきた日々ごと、運命に切り離されるように……。

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