第8話 風の怒りと愛の選択
風が荒れ狂う。
アミリアの敵を薙ぎ払わんとする“風の奔流”――
大気そのものがアミリアの感情に従って動き始めた。
魔導士たちは慌てて魔法障壁を張る。
「魔力障壁展開! 全員、全力で前へ!」
精鋭からなる魔導師団、十人以上の魔導士が一斉に障壁を張り、アミリアの風を押し返そうとする。
だが――風が止まらない。むしろ、強くなる。
「なっ……!? 障壁が……押されているだと!?」
「馬鹿な……! この人数の障壁が、こんな少女一人に……!」
アミリアの風は、魔導士たちの障壁を“押し返していた”。
風が唸り、地面が震え、花畑の花びらが刃となって舞い上がる。
まるで、すべてを切り裂く竜巻のように。
アミリアの瞳は涙で濡れていたが、その奥には確かな怒りと決意が宿っていた。
「ロキをいじめる人は……私が許さない!!」
花びらの刃が散弾のように障壁に降り注ぎ、爆ぜ、突き破った。
魔導士たちの法衣が裂け、障壁がみるみる砕けていく。
「くっ……! このままでは破られる……!」
上級魔導士が上級魔法を詠唱する。
「炎よ――風の源流を焼き払い、静寂をもたらせ!」
上空に炎の幕が広がり、アミリアの風魔法と激突する。
炎と風がぶつかり合い、空気が震え、地面が揺れた。
十二歳の少女と、魔導師団の上級魔導士。
本来なら比較にもならないはずの力が、拮抗していた。
魔導士たちの顔に、焦りが浮かぶ。
「……これが賢者の器……」
情勢が不利になった上級魔導士は、アミリアの心を揺さぶる。
「成人前とはいえ、国命に背いたあなたたちは国賊。れっきとした犯罪者です」
魔導士はいやらしい笑みを浮かべた。
「彼も可哀想ですね。アミリア様の我儘に振り回されなければ、国賊の汚名を着せられることもなかったでしょうに」
アミリアの瞳が、はっと揺れる。
魔導士はさらに追い打ちをかける。
「いくらあなたの力が素晴らしくとも、国から永遠に逃げることはできない。
逃亡生活に幸福はない。あなたはいいでしょう、その才能に守られますからね」
そして、わざとゆっくりと僕を指さした。
「しかし――彼の人生は、惨めなものになるでしょう」
アミリアは震える声で叫んだ。
「ロキは悪くない! 悪いことなんてしてない! 私を守ろうとしてくれただけだもん!」
魔導士はすかさず言葉を重ねる。
「ですが――アミリア様が賢者としてのお役目を担ってくだされば、彼は“賢者のご友人”として守られます。非難を受けることもないでしょう」
その声音は、まるで慈悲深い提案をしているかのようだった。
だが、その実態は――脅しだ。
アミリアの肩が小さく震え、瞳が揺れ、僕を見つめる。
僕の胸に、鋭い痛みが走った。
僕を守るためにアミリアが苦しむ未来が、ありありと見えた。
魔導士はアミリアの動揺を見逃さない。
いくら魔法の力が卓越しているとはいえ、アミリアは十二歳の少女。
陰謀が渦巻く央都で、幾人もの政敵を葬ってきた上級魔導士にとって、田舎育ちの未熟な少女の心を操ることなど造作もないことだった。
相手の弱みを徹底的につつく――それが政治の常套手段だ。
上級魔導士は、地面に無様に横たわる僕を見下ろし、いやらしい笑みを浮かべた。
アミリアは息を呑む。
「……私が賢者のお役目につけば……ロキにひどいこと、しない?」
上級魔導士は薄く笑った。
「お約束しましょう」
僕は必死に手を伸ばす。
「アミリア、だめだ! こんなやつの言うことを聞いちゃいけない!」
魔導士は冷たく言い放つ。
「“こんなやつ”とは心外ですね。我々は国を守るために任務を全うしているだけ。
駄々をこねるあなたたちと、どちらが正しいか……よくお考えになってください」
悔しいけど、言い返せなかった。
アミリアは涙をこぼしながら僕を見つめる。
「……ごめんね、ロキ」
その一言で、アミリアは抵抗をやめた。
アミリアは涙をぬぐい、震える声で上級魔導士に告げる。
「……お役目を、果たします。」
その言葉は、十二歳の少女が口にするにはあまりにも重かった。
けれどアミリアは、僕を守るために――自分の未来を差し出した。
アミリアはうつむき、言葉を落とす。
「ただ、大切な人たちに、お別れをさせてください。
孤児院のみんなや、ロキにも……少しだけ、時間をください」
上級魔導士は満足げにうなずいた。
「もちろんですとも。賢者として国を救うお役目を受け入れてくださったアミリア様のご意思は、最大限に尊重いたします」
その声は丁寧で、礼儀正しく、しかし“拒否権など存在しない”という冷たさを含んでいた。
「幼馴染の彼や、シスター達と……残された時間を大切にお過ごしください」
黄金の杖が軽く地面を叩くと、周囲の魔導士たちが一斉に道を開けた。
「村までお送りしましょう」
その言葉は優しさではなく、“監視”の宣告だった。
アミリアは小さくうなずき、僕の方を振り返る。
その瞳には――覚悟と、悲しみと、愛情が入り混じっていた。
僕は何も言えなかった。
言葉が喉につかえて出てこない。
アミリアは、僕を守るために自分を差し出した。
その事実が、僕の胸を締めつけた。――――




