第10話 振り返った君と呼べなかった僕
――翌朝、村の入口に現れた馬車を見た瞬間、僕は息を呑んだ。
漆黒の車体が朝日に反射して眩しく光る。
魔導師団の徽章が刻まれ、金の装飾が目に痛いほど輝いていた。
その前に――魔導師団の精鋭たちが整列していた。
近づくだけで肌がひりつくほどの魔力の圧。
その中心に、あの上級魔導士がいた。
黄金の杖を持ち、まるで王のような威厳を放っている。
そして――アミリアの姿もある。
聖なる法衣に身を包んだアミリアは、本当に“聖女”みたいに綺麗だった。
でも僕には分かる。あれは、アミリアが“やせ我慢している時の顔”だ。
泣きたいのを必死にこらえている顔だ。
とてつもなく大きな壁が、僕の身体を押しつぶすようにのしかかっていた。
アミリアが一度だけ振り返った。
その瞳は、誰かを探すように揺れていた。
僕は、その顔を見た瞬間、胸が張り裂けそうになった。
胸が痛い。叫びたい。走り寄りたい。
なのに――意気地のない僕は、アミリアに声すらかけられなかった。
馬車の扉が閉まり、ゆっくりと動き出す。
誰の声もしなかった。世界が急に遠くなったみたいだった。
――魔導師団が去り、村に静けさが戻った。
―――――
僕は、孤児院の前に立ち尽くしていた。
風が吹いているのに、肌に触れている感覚がなかった。
何も考えられず、ただぼんやりと空を見ていた。
アミリアがいない世界は、こんなにも静かで、寒いんだな……。
胸の奥にぽっかり穴が空いて、そこから体温が全部こぼれ落ちていくみたいだった。
そんなとき――怒鳴り声と足音が近づいてきた。
ケインたちだ。ものすごい剣幕で、僕の前に立ちはだかる。
「おまえがだらしないから、アミリアが連れていかれたんだ」
「全部、おまえのせいだ、この根性なしが」
言葉が、刃物みたいに胸に刺さる。反論なんてできなかった。
僕の中は、もう空っぽで、何も残っていなかった。
次の瞬間――ケインの風魔法が僕の身体を吹き飛ばした。
地面に転がる。痛みはあったはずなのに、どこが痛いのかすら分からなかった。
取り巻きの水魔法が降りかかり、冷たい水が服を濡らす。
「お前なんか魔導学院行ったって落ちこぼれるだけだ。
二度と帰ってくんな! 魔欠けの出来損ない!」
その言葉は、風魔法よりも鋭く、水魔法よりも冷たく、僕の胸の奥に深く沈んでいった。
――足音が遠ざかるたびに、世界から音がひとつずつ消えていくようだった。
僕は濡れた地面に手をついたまま、ただ、動けなかった。
服が冷たい――その冷たさだけが、“ああ、僕はまだここにいるんだ”と教えてくれた。
でも――立ち上がる気力がなかった。
手も足も、僕のものじゃないみたいに重かった。
(魔欠けの出来損ない……)
ケインたちの言うとおりだ。アミリアがいないと、僕は自分すら守れない。
アミリアに守ってもらっていただけの意気地なし……。
「……この世界で魔法が使えないことは、本当に“みじめ”なんだな……」
拳を握る気力もなかった。
――――――
孤児院の礼拝堂で、ローレットさんがお祈りしていた。
その背中が、小さく震えているのが分かった。
僕は、祭壇に立つ光の女神アルテミナの像を見上げてつぶやく。
「女神様……僕にはどうして加護を授けてくれなかったんですか。
……なんで……僕だけ……女神様のバカ……」
言葉の途中で、瞳から涙が落ちた。涙で視界が霞む。
僕の姿に気づいたローレットさんは、ゆっくりと振り返り、泣きはらした目で僕を見つめた。
「……ロキ。女神様の御業を責めてはダメ。……いつかアミリアと再会できる日が来るわ」
その声は、確かに僕に向けられていたはずなのに、もう耳には入ってこなかった。
――――――――
光の女神から魔法の色(加護)を与えられなかった“無色”の少年。
魔法至上の社会で魔力がないことへの冷たい烙印は、少年の心に大きな傷を残した。
しかし、この別れが、少年の運命を決めた。
やがて訪れる大厄災の中で、“魔欠の出来損ない”と呼ばれた少年が、世界を救う英雄へと成長することを、この時、誰ひとり知らない。
本人でさえも――。
幼馴染を守りたい――ただその願いだけを胸に歩き出した道の先で、少年は幾多の苦難を越え、後の世に“不屈の精神と卓越した剣技で魔を断つ剣士”として名を刻むことになる。
そして人々は、彼をこう呼ぶようになる。
“虹の勇者”――と。




