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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第16章 永久の愛と紡ぐ意思
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第89話 勇者が残した宝物

 ――少し歩くと、帝都を一望できる丘の上の公園に着いた。


 風が吹き、草が揺れる。

 夕日が黄金色に帝都を柔らかく照らしていた。


 僕は思わず息を呑む。


 「カーネスト帝国の帝都……街並みは違うけど、僕のエルミナ共和国と同じです。

  ……これが二千年前の姿……」


 胸の奥がじんわり熱くなる。

 言い伝えの中でしか知らなかった世界が、今、目の前に広がっている。


 「あそこに魔導学院があるんです。毎日そこに通っていて……」


 指さした先には、白い塔のような建物が見える。


 「となりが聖浄院。六賢者が結界を守ってて、幼馴染のアミリアもそこに……」

 

 リファーナさんは僕の横顔を見つめ、ふっと優しく微笑んだ。

 そして静かに言葉を落とした。


 「ここは……私とローディンのお気に入りの場所」


 僕は黙って耳を傾ける。


 「この世界は、ローディンが守ってくれた。だから私は、この世界を守りたいの」


 その声は、愛と誓いが混ざったような、深い響きだった。


 僕はうつむき、震える声で言った。


 「あの……リファーナさん。さっきは、ごめんなさい……」


 リファーナさんが目を瞬いた。


 「古代の文明を滅ぼした映像を見て……僕たちの敵が、あんな恐ろしい敵だったなんて……」


 言葉がうまく出ない。


 「リファーナさんは世界のためにずっと戦ってきたのに……僕だけが不幸みたいな言い方して……その……ごめんなさい」


 リファーナさんは首を振った。


 「いいのよ。あなたが不遇な目に遭ったのは事実だもの」


 風が二人の間を通り抜ける。


 「……私も、あの存在が怖い……あれに立ち向かえる勇者は……ローディンはもういないの」


 リファーナさんの声が、少しだけ震えた。


 「だから……未来であれが復活したとき、未来の子どもたちが自らの魔法で立ち向かえるよう……

  そう強く願ってしまったのね。」


 その言葉には後悔と祈りが同時に、そして静かに沈んでいた。


 「その歪みが、魔法を使えない子が辛い目に遭う世界を作ってしまった。」


 リファーナさんは夕陽を見つめながら続けた。


 「でも、剣の血筋は途絶えず、あなたを未来から送ってくれた」


 僕は小さくつぶやいた。


 「僕の先生は……カイエン国の末裔で、最後の生き残りだって言っていました。

  普段は優しい孤児院の院長で……親がいない子どもたちに、勉強や剣を教えていました。」


 その言葉を聞いた瞬間、リファーナさんの目から、ぽろりと涙が落ちた。


 「カイエン国の子どもたちは……私との約束を二千年も守ってくれていたのね……」


 夕陽が沈み、帝都に灯りがともり始める。

 二千年前の風が、静かに二人を包んだ。


 ――リファーナさんの横顔を見ると、胸の奥がざわりと揺れた。


 あれ……?


 リファーナさんの瞳の色。 

 深い青色を含んだ、あの独特の光。


 アミリアと、同じ色だ。


 「リファーナさんの目……アミリアと同じ」


 顔立ちも、雰囲気も……どこか重なる。


 「え……?」


 リファーナさんは疑問の色を浮かべる。

 けれど、その表情の奥に、ほんの一瞬だけ“何かが触れたような揺らぎ”が走った。


 それだけじゃない。


 髪を留めている小さな飾り。七色に輝く細い糸。


 光を受けて淡く揺れる虹のきらめき。

 

 ――間違いない。


 アミリアが大事にしていた“宝物”。

 お母さんからもらったと言っていた髪飾りと、まったく同じ。

 

 僕は思わず目を凝らした。


 リファーナさんは僕の視線に気づき、髪飾りにそっと触れた。


 「……これね。ローディンが……私に贈ってくれたものなの」


 その声は、遠い記憶を撫でるように静かだった。


 「腕利きの細工師さんに、特別に一つだけ作ってもらったの。

  魔法コーティングが施されていて千年経っても、色褪せないのよ」


 リファーナさんの頬が赤くなる。


 「この髪飾りのモチーフになった花の意味は、“永久(とわ)の愛”。

  彼……すごく恥ずかしがり屋で、渡すとき、顔を真っ赤にしていたの」


 リファーナさんの表情が、ふっと柔らかくなる。


 「その姿が可愛くて……思わず、私のほうから手を取ってしまったの」

 

 ――風が吹き、草が揺れ、髪飾りが淡く光った。


 「その髪飾り……アミリアと同じ……アミリア、お母さんからもらった宝物だって言ってた」


 毎日のように見ていたアミリアの髪飾り――見間違うはずない。


 リファーナさんの表情に、衝撃が走る。


 「……え……?」


 瞳が大きく見開かれた。いつも冷静な彼女の動揺が、はっきり伝わる。


 次の瞬間―


 リファーナさんはそっと"お腹"に手を添えた。


 その仕草は、自分でも無意識に出たもののようだった。


 僕は息を呑む。


 リファーナさんの唇が震えた。


 「この子が……」


 言葉が続かない。

 風が止まり、帝都の音が遠くなる。


 二千年の時を越えた何かが、静かに、確かに結びついていく。


 青い瞳。

 かすかな面影。

 母からもらった特別な髪飾り――“宝物”。

 そして、アミリアの卓越した魔法の才能。


 偶然ではありえない。


 リファーナさんの指が、お腹の上で震えた。


 声が細く、消え入りそうだった。


 「……ローディンの残してくれた宝物は……未来で……ちゃんと……生きてくれていたのね……」


 リファーナさんの瞳から、大粒の涙がこぼれた。


 運命というものなのだろうか。


 僕はその涙の意味を、やっと理解した。


 水の賢者アミリアは、勇者ローディンと大賢者リファーナ・ラズウェルの子孫なのだと……


 ――記憶の底


 “別れの前夜”が静かに浮かび上がる。


 アミリアの声。アミリアのお母さんの子守歌。

 そして、アミリアの髪に揺れていた髪飾り。


 それらが走馬灯のように重なり、胸が締めつけられる。


 『英知の賢者は夜道を照らし


  虹の剣は勇気を示す


  厄災断つは虹の刃


  怖い夜でもひとりじゃない


  七つの光があなたを守る』


 この歌はきっと、リファーナさんが語った勇者ローディンの物語を、その子どもたちがいつしか歌にしたものなのだろう。


 そうして受け継がれた歌声が、アミリアのお母さんのもとへも届いた。


 二千年の時を越え、ローディンさんとリファーナさんの想いは、確かに未来へと息づいていた。


 ――――――


 ――――――


 夜の帳が降り、帝都の灯りが遠くに瞬いていた。


 リファーナさんの研究所の奥にある、静かな居住区は、魔導灯の柔らかな光が、部屋を淡く照らしている。


 「今日は……いろいろあったものね」


 そう言うと、リファーナさんは香りの立つスープと、焼きたてのパンを用意してくれた。


 湯気がふわりと立ちのぼり、心まで温めてくれるようだった。

 僕はその湯気を見つめながら、今日一日、胸の奥に積もっていたものがゆっくりほどけていくのを感じた。


 リファーナさんは僕の顔を見て、ふっと、少しだけ照れたように微笑んだ。

 その笑みは、“大賢者”ではなく、ローディンさんとの未来の“宝物”の話が気になって仕方ない、少女のような笑みだった。


 「その……アミリア……さんのこと……よかったら、聞かせてくれる?」


 言いながら、リファーナさんはほんの少しだけ視線をそらした。

 頬が少し赤くなっている感じがした。


 まるで、胸が高鳴ってしまうのを、悟られたくないように。


 僕はうなずいた。


 「はい。アミリアは……」


 「―――――」


 僕が語り始めると、リファーナさんははそっと椅子に腰を下ろし、両手を膝の上で組んで、静かに耳を傾けた。


 その横顔は、どこか母のようで、そして、どこか少女のように照れていた。


 「アミリアは……僕の幼馴染で、ずっと一緒に育ったんです。

  村の収穫祭で、孤児院の礼拝堂で一緒にいたずらして、修道士のローレットさんに怒られたりもして……」


 胸の奥に懐かしい気配がそっとよみがえった。


 「僕が魔導学院に行くって言ったら、“私も一緒に行く”って、迷いなく言ってくれて。

  明るくて、優しくて……国中の魔導士が驚くほどの才能で……」


 胸の奥が、そっと痛んだ。


 「でも、そのすごさが……離れ離れになるきっかけになってしまいました……」


 僕は、そっと拳を握った。


 「十三歳で、六賢者の一人として結界を守る役目に選ばれて……。

  同級生は魔導学院に入って、普通に過ごしてるのに……アミリアだけ聖浄院に上げられて。

  アミリア泣いてました……」


 リファーナさんは胸元にそっと手を添え、その指がかすかに震えていた。


 「僕は……弱くて……守るって約束したのに、守れなかった……」


 僕はうつむき、言葉を探すように息を吸った。


 「僕……アミリアのことが好きで……」


 リファーナさんはわずかに息をのんだ。


 「別れの前の夜、二人で約束したんです。

  必ずアミリアのことを迎えに行くって……」


 喉の奥がつまって、声が途切れた。


 その様子を見たリファーナさんは、静かに立ち上がった。


 ――そして、そっと僕を抱きしめた。


 「……ありがとう」


 耳元で、震える声がした。


 「あなたは……大切な人を守るために……ずっと一人で頑張ってくれたのね……」


 リファーナさんの瞳には涙が浮かんでいた。

 

 それは、二千年の時を越えて受け継がれた“二人の命”が、未来で確かに生きていたことを知った女性の涙。


 自分たちの願いを抱えた少年が、自分たちの宝物を好きと言い、二千年の時を越えて自分のもとへ辿り着いた。


 その奇跡に震える想いと少年への感謝だった。


 母の涙に似ているけれど、母そのものではない。

 それでも、胸の奥が静かに震えるほどの、深い安堵と温かな誇りに満ちた涙だった。


 その後もリファーナさんに、思い出をたくさん話した。

 幼い日の約束も、森での出来事も、アミリアの笑顔も、涙も、強さも。


 夜が遅くなってもリファーナさんはずっと耳を傾けていた。


 その瞳には、これから生まれてくる子どもたちを守り抜こうとする、深く静かな決意が宿っていた。


 ――――――

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