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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第15章 時を超えて
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第87話 厄災

 ――――

 

 そこから、“禍”ではなく、“神”が降りてくるように “それ”は姿を現した。


 黒い霧のような揺らぎが渦を巻き、その中心からゆっくりと“人型”が形を成していく。


 白銀の髪、砕けた光輪の破片、翼の影、真紅の瞳。

 光と影が揺らぎ、男とも女ともつかない輪郭だけが残る。


 ――虚像の周囲に、無数の“花のつぼみ”が静かに浮遊していた。


 それは破滅の象徴であるはずなのに、厄災と呼ぶにはふさわしくないほど神々しい。


 しかし、忘れようにも忘れられない。


 僕の世界を破壊した“あのつぼみ”と同じ姿。


 「あれだ……」


 声が震えた。


 「リファーナさん……あれです!――あの"つぼみ"が僕たちの世界を滅茶苦茶に…」


 握りこぶしが震え、悔しさが熱となって目に滲む。


 厄災の虚像がゆっくりと顔を上げ、真紅の瞳が僕を射抜いた。


 リファーナさんが震えながらつぶやく。


 「……ガイアビナス。古代人が“厄災”として恐れた存在。

  その正体は、文明の叡智をもって人が生み出し、知能を与えた破壊と再生の調停者……」


 僕はその名を知らなかった。


 「ガイアビナス……?」


 リファーナさんが静かに続ける。


 「最強の自律式魔工兵装核ガイアビナス。――古代兵器ガイアビナス。それが厄災の正体よ」


 虚像の目が光ると、無数のワルキューレが一斉に青く脈動する。


 「あなたの世界を襲ったワルキューレ。

  あれはガイアビナスの数ある兵装のうちの一つにすぎないわ」


 衝撃が走る。


 「僕の国をたった一体で破壊した……あんなおそろしいものが“兵装のひとつ”」


 僕は震えた。


 ――次の瞬間。


 大地が震えた。地平線の向こうで光が弾け、黒い柱のような炎が次々と天へ伸びていく。


 大地が焼け、空が裂けていく。


 世界そのものが悲鳴を上げているようだった。


 リファーナさんがつぶやく。


 「ガイアビナスは、数多の核撃魔導槍(メギドランス)を起動した。一発で国を壊滅させる禁呪……それが、世界中に降り注いだのよ」


 激しい光に遅れて、爆風が都市を覆う。


 ついさっきまで栄華を誇っていた文明が、一瞬で灰塵と化していく。

 

 僕は言葉を失った。


 ただ、目の前で世界が壊れていくのを見ているしかなかった。


 リファーナさんは目を閉じる。


 「守護ではなく、浄化。守るために造られ、守るために反逆し、守るために世界を壊す存在。

  ……ガイアビナスとは、古代文明の傲慢が生んだ“自然界の逆鱗”よ」


 リファーナさんは静かに続ける。


 「これが……世界が滅んだ“始まり”。あなたが立ち向かわなければならない、真の敵よ」


 光景が揺らぎ、時の残滓の投影が終わる。


 破壊された文明の光景が頭から離れない。

 

 ――これがローディンさんとリファーナさんが戦ってきた敵。


 喉がひりつく。呼吸が浅くなる。


 「あんな奴……どうやって……」


 声が震えた。

 呟いた瞬間、胸の奥がさらに締めつけられる。


 リファーナさんが静かに言う。


 「あなたの世界で暗躍していたジーク教は、エグザリア・ジークの末裔でしょう。

  二千年もの間、その思想を絶やさず息を潜めてきた……恐ろしい連中……」


 手が震える。


 僕は……そんな恐ろしい敵と戦うのか。


 爪が掌に食い込むほど強く握りしめても、震えは止まらなかった。


 胸の奥で、恐怖が形を持ち始める。


 リファーナさんの声が響く。


 「だけど、ローディンは立ち向かったわ。

  ローディンの剣は、厄災の闇を押し返すように数多の古代兵装を退けた」


 リファーナさんは、胸元でそっと指を組む。


 「そして……どんな攻撃も、魔法も受けつけなかったガイアビナスの障壁を、ローディンの“七色に光る刃”だけが切り裂いたの」


 言葉を紡ぎながら、リファーナさんの指先がわずかに震えた。


 「ガイアビナスそのものを破壊することはできなかった……けれど、私は見たわ」


 リファーナさんの瞳には、その光景がまだ焼きついているようだった。


 「あの瞬間、まちがいなくガイアビナスはローディンを恐れた。

  命をかけて立ち向かってくるローディンの勇気、魔力を断つ虹の刃。

  ガイアビナスはローディを脅威と捉え、防衛行動をとった……」 


 リファーナさんは、胸に手を当てる。


 「ローディンは命を落としたけど、ガイアビナスは魔素の界域の深層へ逃げたのよ」


 リファーナさんは目を伏せる。


 「私は、古代の時空研究の中で見つけた、界域を隔離する呪法で結界を張り、ガイアビナスがこの世界に顕現できないように封じたわ」


 リファーナさんはゆっくりと顔を上げる。


 「今のあなたでは、まだローディンには及ばない。

  けれど……ここでカイエンの剣技を学び、勇者としての力を目覚めさせることができれば、必ずガイアビナスを倒せる。

  ――二千年の時をかけた計画が成就するのよ」


 ――僕は思った。


 やっぱりこの人は"大賢者"なんだ。


 今まで、こんな人に出会ったことはない。

 言葉の端々にある“構造の見え方”が、普通の人とはまるで違う。

 世界の仕組みを、まるで手のひらに乗せて眺めているみたいに話す。


 魔工核の理式も、時の因果も、僕には雲の上の話なのに、リファーナさんには全て見えている。

 

 言葉がこぼれた。


 「……リファーナさん。難しくて……よくわかりません。……僕はどうしたらいいのですか」


 リファーナさんは、そっと微笑む。


 「いいのよ。あなたは、“理解する必要”はないの」


 顔を上げると、リファーナさんの瞳が静かに揺れていた。


 「魔法も、魔工学も、古代文明の遺物も……それらはすべて、私が生涯をかけて研究してきたもの。

  あなたが理解する必要なんてないの」


 リファーナさんが僕に一歩、近づく。


 「あなたがすべきことは、たった一つ」


 リファーナさんは僕の手を取り、胸にそっと添えた。


 「――勇気を持つこと。

  それで、すべてが整う。あなたが勇気をもって剣を振るえば、エグザリア・ジークの野望を砕くことができる」


 リファーナさんは優しく言い切った。


 その声音には、二千年の時を跨いでも消えなかった希望が静かに宿っていた。


 ――――


 ――リファーナさんの表情が、ふっと軽くなった。


 「急に多くのことを話しすぎたわ。少し休憩しましょう」


 その言葉に、胸の奥がざわついた。

 僕は思わず首を振る。喉の奥がきゅっと締まる。


 「いそがないと……アミリアが……!」


 声が震えた。抑えようとしても、震えは止まらなかった。


 リファーナさんは静かに微笑んだ。

 その表情は、焦りとは無縁の、揺るぎない確信に満ちていた。


 「焦らなくて大丈夫」


 僕は思わず顔を上げる。


 「私の計算どおりであれば、あなたが元の時代に戻るときは、“時の狭間に入った直後”へ戻るはずよ」


 リファーナさんは続けた。


 「向こうの人たちから見れば、それは一瞬のこと。

  あなたがここで何日過ごそうと、あちらでは“瞬き”ほどの時間しか流れない」


 息が止まる。胸の奥の焦りが、ゆっくりとほどけていく。


 「だから焦らなくていいの。今は、あなたがやるべきことをやりましょう」


 リファーナさんは僕の肩にそっと手を置いた。


 その温もりが、胸の奥のざわめきを静かに撫でていく。


 ……なぜだろう。


 さっきまで息が詰まりそうだったのに、リファーナさんと話していると、胸の奥がすっと軽くなる。

 この人の言葉は、暗い"夜道を照らす灯"のように感じる。


 胸の奥にあった焦りや不安が、少しずつ、少しずつ溶けていった。

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