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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第15章 時を超えて
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85/120

第85話 胸の奥に隠していたもの

 ――――


 勇者ローディンの意思。二千年もの時を見守り続けたリファーナさんの計画。


 そして、自分がここにいる理由。

 それらが、ゆっくりと、ひとつの線で結ばれていく。


 ――リファーナさんの……いや、大賢者ラズウェルが描いた計画は、僕の頭なんかでは到底追いつけない……。


 胸の奥で、押し込めていたものが一気にあふれ出す。


 「……ぼくは……魔法が使えません」


 その言葉は、気づけば口をついていた。

 声は震えているけど、止められなかった。


 「ぼくの世界では……魔法が使えない者は落ちこぼれで……役立たずで……いっぱい いじめられて……」


 喉の奥が焼けるように痛い。

 胸の奥がぐしゃぐしゃに潰れる。


 「幼馴染のアミリアはすごくて……僕はだめで……結局、離れ離れになって……」


 涙がこぼれた。一度こぼれたら、もう止まらなかった。


 「ぼくは魔法の世界がにくかったです……悔しくて惨めで……何でぼくだけって……」


 言葉が途切れ、息が詰まる。


 「大賢者ラズウェル様が作った世界だって……あなたが作った世界だって……

  魔法がすべてで……僕は魔欠けの出来損ないってずっと言われて……」


 僕は言葉を続けられなかった。

 胸の奥に溜め込んでいた黒い感情が、全部あふれ出してしまった。


 涙が机に落ちる音だけが、静かな部屋に響いた。

 

 ――リファーナさんの表情がはっと揺れた。


 そして彼女はそっと立ち上がり、僕を抱きしめた。

 その腕はあたたかく、けれどどこか震えていた。


 「……ごめんなさい、ロキ」


 耳元で、かすれるような声がした。


 「あなたがそんな思いを抱える世界に……私がしてしまったのね」


 僕はうつむいたまま動けなかった。

 

 僕をそっと抱きしめるリファーナさんの声は震えていた。


 「私の見込みどおりに世界は進んだ。魔法文明も、結界も、教育機関も。

  ―――でも、その陰で歪みが生まれてしまった。」


 リファーナんさんの腕に力がこもる。


 「魔法が使える者だけが価値を持ち、使えない者が傷つくような……そんな世界に、私がしてしまったのね……」

 

 ――リファーナは思った。


 ローディンがいなくなった不安、焦燥、厄災の復活に怯える日々。


 剣(つるぎ)はもういない……

 魔法だけで立ち向かわなければならない。


 私の心の弱さや恐怖が、未来の世界で“魔法至上”というゆがみを生ませてしまった。


 そして、目の前の少年の心に、取り返しのつかない傷を残してしまった。


 懺悔の涙が、静かに落ちる。

 

 ――僕の肩に落ちるリファーナさんの涙は、静かで、重かった。


 「ごめんなさい。あなたを……苦しめる世界にしてしまった」


 僕は言葉を返せなかった。


 世界を救うために作られた文明だと、頭では理解している。

 リファーナさんも愛する人を失っている。


 その痛みも、悲しみも、わかっている。


 それでも、胸の奥に溜め込んでいた黒い感情は、簡単に消えてくれなかった。


 魔法文明の礎を作った人に、自分の黒い感情をぶつけたかった。

 ぶつけずにはいられなかった。

 

 けれど、リファーナさんはそのすべてを受け止めてくれた。


 優しい抱擁が、胸の奥の痛みを少しずつ溶かしていく。


 その抱擁には、ひとりの女性の深い後悔が宿っていた。


 僕はリファーナさんの胸の中で泣き続けた。


 どれほど泣いたのか、もうわからない。

 泣き疲れた僕は、ようやく呼吸を整え、かすれた声で言った。


 「……すみません。……リファーナさんが世界を救うためにやってること、分かってるんです。

  ……分かってはいるんだけど……」


 言葉が途切れ、喉が震える。


 「なのに……僕……どうしても文句を言いたくて……」


 涙の跡が頬に残ったまま、魔法学校で辛かった日々が思い起こされる。


 「学校では……同級生に魔法でいじわるされて……先生だって見てたのに、泥だらけになって……みんなに笑われて……カバンの中の教科書も飛ばされて……みじめに一人で拾った……」


 言葉を吐き出すたび、胸の奥がひりつく。


 リファーナさんは何も言わず、ただ僕の背に手を添えた。

 その手はあたたかく、責める気配はどこにもなかった。


 「だから……大賢者様が、あなたが作った世界だって……憎んで……」


 胸の奥が痛む。


 「でも……あなたが僕の気持ちを……聞いてくれて……」


 僕はゆっくり顔を上げた。


 涙でにじむ視界の向こうで、リファーナさんは僕をみつめている。

  

 ――僕の言葉を聞き終えたリファーナさんは、僕の頬にそっと触れた。


 その指先は、涙の跡をなぞるように優しかった。


 「ロキ……」


 リファーナさんはゆっくり首を振った。


 「恨んでいいのよ。あなたが感じた痛みは……当然だもの……」


 リファーナさんは僕の頬に触れ、涙を浮かべたまま優しく微笑んだ。


 「あなたの優しさが、あなたの世界を救うことになる。」


 僕の胸が震える。


 「あなたは……いらない子なんかじゃない」 


 その声は、世界の創造者ではなく、ひとりの女性としての温かさに満ちていた。


 「辛い環境で努力して、私の意思を継いだ者たちに認められ、悠久の時を越えて戻ってきてくれた。

  ――あなたが持っているローディンの剣が何よりの証拠……」


 リファーナんさんは僕の手を包み込む。


 「あなたは、勇者ローディンの意思を継ぐにふさわしい子。

  そして……私にとって、かけがえのない大切な子よ」

 

 その瞬間、胸の奥で、言葉にできない不思議な感情がそっと芽生えた。


 ほんのわずかに胸を揺らす、あたたかな波。


 魔法世界の礎を築いた人が、“魔法の使えない自分”を認めてくれた。


 リファーナさんの柔らかなまなざしが、僕の心の奥にずっと積もっていた黒い影を、静かに、深いところへ沈めていく気がした。


 ――なぜ僕は“少年の姿”でここに来たのか。


 その答えが、自分でも何となく分かった気がした。


 この姿は、アミリアと離れ離れになった時の姿。

 アミリアが連れていかれたのに、何もできなかった僕だ。


 魔法が使えず、周囲を妬んでいた自分。

 魔欠けの出来損ないと呼ばれ、悔しさに沈んだ自分。


 心の奥に押し込めてきた傷。

 見ないふりをしてきた劣等感。


 ずっと目をそらしてきた“弱い本当の自分”の原点。


 心の奥底に押しやられていた“勇気”が、自分の弱さに負けるなと、静かに告げている。


 時の魔法は、人の心に反応する。


 リファーナさんが愛した勇者ローディン――その揺るがない勇気が、僕の弱い心を逃がさなかった。


 変えたいのは歴史ではなく、弱い僕そのもの。


 だから時の魔法は、“器”として、この姿を選んだのだ。


 ――僕は涙をふいた。


 「すみません……取り乱してしまって……」


 そう言いながら、ふと気づく。


 「未来では……大賢者様は、お爺さんなんです……。

  それが、こんな……きれいな女の人だったなんて」


 言った瞬間、自分でも驚くほど顔が熱くなった。

 胸の奥が、また少しだけざわつく。


 さっき感じた“あたたかな波”が、静かに広がっていく。


 リファーナさんは、僕の変化に気づいたのか気づかないのか、ただ優しく微笑んでいた。

 僕の頬が赤くなったのを見て、一瞬だけ目を瞬かせる。


 そして、ふっと、柔らかく微笑んだ。


 「そう……未来の私は、お爺さんなのね」


 その声は、からかうでもなく、照れるでもなく、ただ僕の言葉をそっと受け止めるような響きだった。


 「でも……“綺麗”と言ってくれてありがとう。未来の子にそう思ってもらえるなんて、うれしいわ」


 その言葉は軽やかで、けれど胸の奥にそっと触れるような温かさがあった。

 僕の心臓が、またひとつ跳ねる。


 リファーナさんは優しく僕の頭に手を置いた。


 「もう大丈夫。自分の弱さと向き合えるあなたは、情けなくなんてないわ」


 僕の様子を確かめるように一度だけ頷き、落ち着いた声で語り始めた。


 ――――

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