第84話 語られた過去
カーネスト帝国と宗教国家エグザリアは、長い長い戦争――
“魔導大戦”と呼ばれる過酷な戦争を続けていた。
リファーナさんとローディンさんは帝国軍の兵学校の学生だったが、国は疲弊し、兵の数も足りず、少年兵のまま前線に立たされたという。
リファーナさんは魔導兵として、ローディンさんは前線の戦士として配属された。
意外なことに、当時のローディンさんは弱虫で、戦場を恐れて震えていたらしい。
リファーナさんはそんな彼に辛く当たり、意地悪も沢山言ってしまったようだ。
その言葉の奥に、淡い後悔が滲んでいた。
――しかし
アスピア皇国の海域で大きな海戦があり、エグザリア軍の奇襲でリファーナさんが死にかけた。
その時に庇ってくれたのがローディンさんだったという。
臆病だと思っていた彼が、真っ先に自分を守った。
どうして命を犠牲にしてまで守ってくれたのか、当時のリファーナさんには分からなかったようだ。
ひどいことばかり言って傷つけたのに彼は自分を守ってくれた。
それから片時も、リファーナさんはローディンさんのことを忘れなかったようだ。
海へ落ちて行方不明になったが、死んだとは思えなかった。
――やがて、東方のカイエン国に“記憶喪失の青年”が流れ着いたという噂を聞いた。
その海域はローディンさんが落ちた場所に近い。
リファーナさんは、彼が生きていると確信した。
そして、やはりローディンさんはカイエン国に流れ着いていた。
カイエン国は小さな国だが、古来から屈強な戦士たちが国を守っていた。
ローディンさんはそこで救われ、剣を学んだようだ。
記憶を失っているはずなのに、弱い自分を許せないように、ただひたすら剣を振り続けたのだという。
朝から日が沈むまで、毎日毎日、皮が剥け、肉が裂け、血が滲んでもやめなかった。
空っぽな自分に、剣の音だけを詰め込むように。
ローディンさんはそうして強くなっていったようだ。
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――――
――僕はリファーナさんの話を聞き、胸の奥が疼いた。
魔導学院で魔欠けの出来損ないと蔑まれ、欠けた自分を埋めるように剣を振った日々が静かに重なる。
僕には、ローディンさんの気持ちが、なんとなく分かる気がした。
――やがてエグザリア軍は、カイエン国へ進軍した。
圧倒的な兵力差で押し潰そうとしたが、慢心はすぐに砕かれた。
カイエン国の戦士は、魔法大国エグザリアにとって忌むべき脅威だったようだ。
魔法を放てば、特有の剣技で魔力を断ち切られ、仲間が次々に斬り伏せられた。
疾風のように駆ける騎乗弓の名手もいた。
傷ついても何度でも立ち向かう闘志に、エグザリア兵は恐怖し、逃亡が続いたという。
――追い詰められたエグザリア軍は、ついに戦場の禁忌を侵し“子供たちを盾に前へ押し出す”という人外の卑劣な策に出た。
戦の混乱の中、闇魔法を用いて攫った幼い子供たちの首に縄を巻き、列を成すように引き連れ、剣士たちの目前へ突き出した。
怯えた泣き声が、わざと響くように仕向けられた。
剣を振るえば子供が死ぬ。
斬らねば国が死ぬ。
その二択を強制することで、剣士の心を折った。
カイエン国の剣士たちは情を捨てれず、国は静かに崩れ落ちた。
一方その頃――
ローディンさんは、記憶を失ったまま剣を振り続けていた。
過去も、痛みも、迷いも消えたその状態は、彼をただ、ひたすらに“剣を振る存在”へと変えていった。
幸か不幸か――
記憶喪失という空白が、感情を削ぎ落とし、彼を無心へと導いた。
その無心こそが、カイエン国の剣技が求める“理”への近道となったようだ。
そしていつしかローディンさんは、カイエン国で“剣聖”と呼ばれる剣士すら打ち負かすほどになっていた。
カイエン国の戦士たちにとって、記憶を失っていようとローディンさんは、長い年月を共に戦い、共に生きてきた仲間だった。
子供たちを救うため、戦士たちは迷わずローディンさんの盾となり、その背に救出を託して、ひとり、またひとりと倒れていった。
ローディンさんもまた、記憶を失っていながら、カイエン国を――祖国のように静かに愛していた。
そして、ローディンさんは、倒れていった戦士たちの想いと誇りを、その身に継ぐ者となった。
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――――
リファーナさんは、胸の奥にしまっていた記憶を確かめるように、髪飾りへそっと指を触れた。
――リファーナさんは軍規違反を承知でカイエン国へ向かった。
ローディンさんが生きていると信じていたからだ。
探索魔法で揺らぎを追い、戦場の外れへ向かった。
そして、焼け野原の端に、白い花畑が残っていた。
風に揺れるたび淡く瞬く、静かな場所。
中央には一本の剣――
戦士の誇りを残す“墓標の剣”。
その剣を見守るように佇んでいたローディンさんを、ついに見つけた。
ローディンさんは、血に染まりながらも、白い花畑を見つめていたようだ。
リファーナさんが手を伸ばすと、ローディンさんの指が握り返した。
深い海の底に沈んでいた記憶が浮かび上がるように瞳が揺れた。
『リファ……無事だったんだね』
ローディンさんは小さな声で口を開いた
止まっていた時間が、ようやく動き出した。
――――
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リファーナさんの瞳から、ひと筋の涙がそっとこぼれ落ちた。
再会の場面を思い出したのだと、その震えるまつ毛の動きだけで分かった。
――二人は帝国軍に戻った。
長年軍を離れていたとはいえ、ローディンさんはもともと軍の作戦で瀕死の傷を負った身、軍はローディンさんを迷わず迎え入れてくれた。
そして、ローディンさんを連れ帰ったリファーナさんも、幸い軍規違反を咎められることはなかった。
カーネスト軍の司令部は、ローディンさんとリファーナさんに、エグザリア国内偵調査の任を託した。
本来は闇属性の魔導士からなる諜報部隊の任務だったが、諜報部隊も多くの隊員が倒れ、司令部にはそれを気にしている余裕すらなかった。
――――
――カーネスト帝国を出たあと、二人は宗教国家エグザリアへ遠征した。
ローディンさんとリファーナさんは、カーネスト帝国北端にそびえる"古代文明の遺跡"が埋もれた北方山脈を越えた。
古代の記憶が今も息づくアスピア皇国を経由し、魔物と盗賊が跋扈する平原を抜け、エグザリア国境へ向かって旅を続けた。
道はすでに途絶え、地図にも載らない森や荒野。
未開の雪原や白い断崖、砂漠地帯。
溶岩が噴き上がる危険地帯をふたりはただ前へ進み続けた。
次々と立ち塞がる凶暴な魔獣を前に、ローディンさんはボロボロになるまで剣を振り、リファーナさんは魔力が尽きるまで魔法を放った。
そして、未開の地を縄張りとしていた魔族の猛襲を切り抜け、死の狭間をさまようローディンさんを秘薬でつなぎ止めた。
そのたびに進む道がわずかに開けた。
ローディンさんは、倒れていった戦士たちの想いを頼りに進んだ。
やがて二人はエグザリアへ到着し、ついに幽閉され、あるいは奴隷として鎖につながれていたカイエンの子供達を救い出したのだ。
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――僕は、その語りを聞いた時、胸の奥がゆっくりと締めつけられた。
子供のころ絵本で読んだ“大賢者の旅”は、もっと明るくて、希望に満ちたものだと思っていた。
まさか、あの旅が、こんなにも悲しく、過酷なものだったなんて。
ローディンさんとリファーナさんが歩いた道は、絵本の中の優しい物語とはまるで違っていた。
それでもふたりは倒れていった戦士たちの想いを抱えたまま前に進んだのだった。
リファーナさんは続ける。
――帝国軍とエグザリア軍が激しい戦闘を重ねるなかで、二人はエグザリアの“真の狙い”に気づいた。
それは、古代の伝承に記された“厄災の復活”。
エグザリアは、それを本気で現実にしようとしていた。
真の狙いに気づいた二人を消すため、エグザリア教皇は直轄部隊“ジーク聖兵”を差し向けた。
彼らは教皇の影とも呼ばれ、厄災信仰の中心に立つ者たち。
その魔力は絶大で、ただの兵では到底太刀打ちできないほどだったという。
魔獣を次々と召喚し、古代の魔導兵装を操るジーク聖兵の魔力は凄まじかった。
しかし――
ローディンさんは止まらなかったという。
自分が諦めかけたときも、ローディンさんは傷だらけになりながら戦い続けた。
――ローディンさんの決死の戦いによって、エグザリアの力の象徴であるジーク聖兵は壊滅した。
敗戦の色が濃くなったエグザリアは、残る全戦力を動員し、カーネスト帝国へと進軍した。
そして、戦況を覆すためではなく、もはや“滅びの信仰”にすがるようにして、彼らは禁忌へと手を伸ばした。
厄災復活の禁呪――
カーネスト帝国を滅ぼすため、その中心の地で“厄災”を呼び起こしたのだ。
それは、カーネストだけでなく、世界そのものを滅ぼしかねない愚行だった。
大地が裂け、魔力の霧が噴き上がり、その中心に、底知れない“影”が立ち上がった。
それは――
世界を滅ぼすために存在する災厄そのものだった。
――――
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ローディンさんは、その厄災に立ち向かった。
自分の命を削りながら、剣にすべてを込めて。
そして――
自らの命と引き換えに、厄災を退けることに成功したという。
その戦いがどれほどのものだったのか、語れるのは、もうリファーナさんだけだ。
だが彼女は、その時のことを"まだ"口にしなかった。
ただ、世界が救われたという事実だけが、静かに残された。
その後、世界の人々は、ローディンさんの不屈の精神と勇気に深い敬意を込め、七色の剣技で厄災を払った彼を“虹の勇者”と呼ぶようになったのだという。
――――
――リファーナさんは、厄災が顕現できないよう、未来の聖浄院が築かれる地に大結界を張った。
厄災の封印は、決して解いてはならない。
それを阻止することこそ、彼女の使命となった。
そして今も、厄災を完全に滅する術を探し続けているという。
例え、自分が生きているうちにそれが叶わなくても、カイエン国の子供たちがローディンさんの意思を継いでくれると信じた。
ローディンさんが愛し、そしてローディンさんを愛してくれた子供たちなら、必ずその意思をつないでくれると思ったから。
そして、未来で結界が消失の危機に陥ったとき、ローディンさんの剣を持つ者がここへ辿り着けるよう、その“道筋”だけは整えておいたという――
そして今、僕がここに来た。
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語り終えたリファーナさんの瞳には、長い年月を抱えた祈りが成就したかのような淡い光が宿っていた。
その眼差しには、確信と安堵が静かに揺れていた。
リファーナさんの弟子が意思をつなぎ、大結界を守り、そしてカイエンの末裔であるレイン先生が僕をここへ導いた。
胸の奥に、いくつもの真実が一度に押し寄せる。




