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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第14章 魔導大戦の怨霊
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第80話 邪教の教皇

 僕はレイン先生とともに、ワルキューレの方向へ走り出した。


 広場では魔導師団の隊員たちが、残った魔獣の掃討を行っている。

 あたりは隊員と魔獣の死体だらけだった。


 その時──


 ワルキューレの真下で、光がはぜた。


 光の中心には、黒い法衣の男がたたずむ。

 男が杖を地面に突き立てると、広場全体に淡い光の陣が広がり、周囲を照らす。


 魔法師団の隊員が詠唱を唱えるが――魔法が出ない。


 魔獣の攻撃がせまる。


 ――魔法障壁が出ない。


 魔獣の牙が隊員を嚙みちぎる。


 あちこちで魔獣が、その牙で、その爪で、魔法士を引き裂いていく。

 隊員の誰かが叫んだ。


 「魔力を封じられた……!」


 魔獣が隊員へ次々に襲いかかる。


 攻撃も防御も不可能。

 魔法が使えない魔導士の戦闘能力は、一般市民と何ら変わらなかった。


 聖浄院の魔導スクリーンには、その凄惨な光景が映し出されていた。


 瓦礫、崩れた回廊、結界のひび割れ――

 静止画のように見えるのに、そこから伝わる“圧”だけは生々しい。


 土の賢者ガルドが、低く息を吐くように言った。


 その声には、大地が軋む前触れのような危機感があった。


 「聖浄院の障壁が壊れれば、我々の魔力も弱体化する」


 寡黙なガルドが発する言葉に、場の空気をさらに沈ませた。


 ――その時だった。


 上空に浮かぶワルキューレに、青い光が戻った。

 魔導スクリーンで外の様子を見ていた六賢者に、緊張が走る。


 闇の賢者ノクスが言葉を落とす。


 「……ワルキューレに光が戻る」


 雷の賢者ライゼルが叫ぶ。


 「なぜ再起動した……!イグナを直ぐに戻せ。大結界の防御を最優先とする!」


 雷光が再び聖浄院を襲う。

 

 その時――


 広場のスクリーンに、二つの影が駆け込んだ。

 魔欠の少年、ロキ・グレイシア。


 そして――謎の剣士。


 二人は、襲いかかる魔獣の群れの中を疾風のように駆け抜け、次々と魔獣を斬り伏せていった。

 その動きは、双星が同じ軌道を描くように、二人の動きは自然に重なっていた。


 アミリアは、スクリーン越しに映る幼馴染の姿を見つめ、胸の前で手を握りしめた。


 そして、その“風”が、ひとつの影の前で止まった。

 

 広場の中央。魔力封印の陣の中心に、黒い法衣の男が立っていた。


 その男は、僕たちの接近にも微動だにしない。

 ただ静かに、杖を地面へ突き立てたまま、こちらを見ていた。


 空気が、重く沈む。男はゆっくりと顔を上げた。


 その瞳は、底の見えない闇のようだった。


 「私は、ジーク教三司祭の一人――封陣法師 ラガール」


 名乗った瞬間、周囲の魔力がさらに沈み込むように消えていく。


 ラガールは、淡々と続けた。


 「バルザークとジェルノの邪魔をしていたのは……お前たちか。」

 

 ――レイン先生が剣を握り直す。


 ラガールは、ほんのわずかに口角を上げた。


 「なるほど。剣とは想定外だった。」


 レイン先生は、淡々と告げる。


 「剣士には、鍛え上げた体と剣があればそれで十分。魔法封じなど無意味だ。」


 その声音は確信がある響きだった。


 ラガールは薄く笑った。


 「そのようですね。であるならば……」


 黒い法衣の袖が揺れる。


 「“数”の力で、その体力を削り取るまで。」

 

 ――その瞬間


 封陣の外側から、魔獣の群れが一斉に咆哮した。

 地面が震え、血の匂いが風に乗って押し寄せる。


 その刹那、レイン先生の剣が閃き、魔獣の首が宙を舞う。


 僕はその隙を逃さず、背後から迫る魔獣の顎を剣で受け止め、力任せに切り裂いた。

 肉が裂け、骨が砕ける鈍い音が響く。


 魔力を奪われた魔導士たちは、ただ見守るしかできなかった。

 そして、誰かが震える声でつぶやく。


 「剣だけで……あの数の魔獣を……?」


 魔獣の咆哮、肉の裂ける音、レインの足音、僕の呼吸。

 すべてが混ざり合い、戦場は混沌そのものだった。


 それでも、僕たちは止まらなかった。

 レイン先生が魔獣の群れを切り裂き、僕がその背を守る。


 剣が風を裂き、血の雨が降り、地面が赤く染まる。


 ――僕は地面を思い切り蹴り、ラガール目掛けて踏み込んだ。


 全力で振り下ろした剣が、影に触れた瞬間――


 「……っ!」


 金属が悲鳴を上げた。


 バキンッ!


 乾いた破裂音とともに、握っていた剣が根元から折れた。

 折れた刃が宙を回転し、地面に転がっていく。


 握りしめた柄だけが、手の中で虚しく震えていた。

 

 ラガールが、喉の奥でくつりと笑う。


 「おやおや……頼みの剣が折れてしまったようだな」


 レイン先生が険しい表情でつぶやく。


 「……剣が耐えられなかったか……」

 

 ――その時。


 上空のワルキューレが、強い青い光を発し、脈動した。


 空気が震え、戦場の全員が思わず顔を上げる。


 「なんだ……? ワルキューレの形が……?」


 魔導師団の隊員がざわめき、混乱が走る。


 セルド隊長がスクリーンを見上げ、声を失った。


 「つぼみが……ひらく……!」


 ワルキューレの装甲が、まるで花弁のようにゆっくりと展開していく。


 青い光が脈動し、"つぼみ”が――花を開いた。


 闇の賢者ノクスがつぶやく。


 「今までが……完全体ではなかったのか……」


 空に浮遊し、開花したワルキューレは一輪の巨大な“花”。


 そのかたわらに──黒い法衣の男が立っていた。


 風が止まり、空気が重く沈む。


 司祭はゆっくりと杖を掲げ、広場全体に響く声で名乗った。


 「六賢者――私はジーク教団の教皇"ラジーク"」


 その声は、世界そのものを見下ろすような冷たさだった。


 「教団の二千年に及ぶ祈願――

  ワルキューレの“真の力”をもって、大賢者の結界を消し去る。」


 ラジークが杖をかざす。


 ワルキューレの“花の傘”が青く鳴動し、空気が震えた。

 今までとは比べ物にならない魔力。


 六賢者の顔色が変わる。


 「まずい……!」


 次の瞬間、青い閃光が放たれた。


 ワルキューレの青い雷撃が、聖浄院に降り注ぐ。

 

 ―――その時


 バリーン。


 「―――――――――――――」


 聖浄院の結界が砕け散った‥‥‥


 天井が裂け、壁が崩れ落ち、結界の間がむき出しになる。


 瓦礫の向こうに、六賢者の姿が露わになった。

 砕け散った防御術式の残光が、本来は決して露わにしてはならぬ床一面の古代紋章を照らし出していた。


 大賢者ラズウェルが遺した“大結界”の陣。


 二千年ものあいだ賢者が守り続けてきた、幾十もの複雑な術式が、石床の下から目を覚ますように淡く輝き始める。


 重なり合う光の輪が、静かに、まるで大地の心臓が鼓動するかのように脈動していた。

 

 魔導師団の隊員が絶望の表情を浮かべる。


 「聖浄院が‥‥」


 その光景を見下ろしながら、教皇ラジークは、口角を上げた。

 まるで“長年待ち望んだ瞬間”を味わうかのように。


 ワルキューレの雷撃が絶え間なく降り注ぎ、街を、空を、すべて薙ぎ払う。


 魔法を封じられた魔導師団の隊員が吹き飛ばされる。


 防ぐこともできず、堕ちた神の雷に焼かれ、黒く焦げて倒れていった。


 その瞬間――


 アミリアの杖が、水のように青く輝いた。


 「……守って……!」


 彼女の張った薄い水の障壁が、隊員に落ちるはずだった雷撃を受け止める。

 水面のように揺らぎながら、雷光を必死に押し返す。


 「アミリア様……!」


 倒れかけた隊員が、震える声で彼女の名を呼んだ。


 その声には、救われた安堵と、胸を打たれた敬意が混じっていた。

 だが、アミリアの身体は小刻みに震えていた。


 ラガールの魔力封印により、彼女の魔力は細く、途切れそうなほど弱まっている。


 ――世界が止まる。


 雷の賢者ライゼルが叫んだ。


 「全員、全力で障壁を張れ!大結界を死守しろ!!」


 六賢者が一斉に聖杖をかざす。


 雷、炎、土、水、闇──


 この国の最高位魔導士たちの魔力が一点に収束し、

 それぞれの属性が重なり合って巨大な障壁を形成する。


 それはまるで、国家そのものの意志が形を成したかのようだった。

 

 アミリアは、隊員を守りながら、結界の障壁にも魔力を注ぎ続けていた。

 生命力そのものを削りながら。


 そこに真の力を解放したワルキューレの雷撃が絶え間なく降り注ぐ。


 六賢者が崩れれば大結界が崩壊し、世界は滅びる。

 アミリアは、震える指でなお杖を握りしめていた。


 その光は、今にも消えそうなほど細かった。


 (ロキ……逃げて……)


 アミリアの声が、雷鳴の中でかすかに響いた気がした。


 青い雷光を防ぐ彼女の魔力が細く揺らぎ、水の膜がはじけるように震える。

 その震えは、彼女の鼓動が弱まっていくように見えた。

 

 ――その時。


 「……もはやここまで。」


 レイン先生の静かな声が、雷鳴の中でもはっきりと響いた。


 決して諦めではなく、状況を見極めた者だけが持つ“覚悟の声”。


 「ロキ君――行きますよ!」


 レイン先生が僕の腕をつかみ、そのままリオの背中へと飛び乗った。


 「先生!どこへ!?」


 「あなたを連れていかなければならない“場所”があります。」


 「そんな……!みんなを……アミリアを見捨てていけません!!」


 レイン先生は振り返り、短く息を整えた。

 その表情には焦りも迷いもない。


 「ロキ君、落ち着いて聞いてください。

  今から行く場所は、この惨状を終わらせるのに必要なこと。今は耐えなさい。」


 僕は理解できなかった。


 けれど、逆らってはいけない、そんな感覚が、身体の奥で静かに鳴っていた。


 レイン先生は悔しさを押し殺したように唇を結び、短く息を吐いた。


 「……必ずここに戻ります。」


 僕を制するその瞳には、鋼のような決意 が宿っていた。


 その言葉の重さだけが胸に残り、僕は何も言い返せなかった。


 ――リオが空へ舞い上がる。


 ――――

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