第79話 剣聖の刃
――その時
ザシュッ!!
何かが宙を舞った。
「!?」
皆の時間が一斉に止まった。
僕もジェルノも、視線は自然と少女の目元へ伸びていた“はずの”ジェルノの腕へと向かう。
そこにあるべきものが――ない。
ボト
それが地面に落ちた――
腕?
――静寂が訪れる。
次の瞬間、切断されたジェルノの腕の断面から血が噴き出す。
「ぁ──ああああああああああッ!!」
ジェルノが絶叫し、もがき苦しみ地面を転げ回る。
黒い魔力が暴走し、地面を焦がす。
――その血飛沫の向こうから、ゆっくりと歩み出る影があった。
異国の鎧姿。鋭い眼光、静かに燃える殺気。
片刃の剣からは血がしたたり、月光を受けて鈍い輝きを放っていた。
「レイン先生?……」
レイン先生は少女を抱きかかた。
泣きじゃくるその子を僕にそっと預ける。
その動きは優しいのに、その背に宿る気配はまったく違った。
穏やかな孤児院の院長ではない。
容赦なく敵を切り殺す、血を求める鬼人のような殺気が、全身から噴き出していた。
「ロキ君……こいつは、私が殺ります。」
背筋が凍る。
穏やかなレイン先生とは思えない、無情な声。
「かつて君をいたぶった女魔導士とはこいつですね。
確かに生かしておいてはならない存在のようです。」
レイン先生の気迫に圧倒され、僕は言葉が出なかった。
ジェルノが立ち上がる。
「きさまぁぁ……!貴様も……剣か!よくも私の腕を!!」
目が血走り、完全に正気を失っている。
――ジェルノから、最大級の魔力があふれ出す。
レイン先生は静かに僕に言った。
「ロキ君。君は以前、私にこう言いましたね。“剣で魔法を切れないのか”と……」
レイン先生の剣の刃が、月光を受けて光る。
「答えは……可能ですよ」
魔法陣が展開し、禍々しい黒い旋風が立ち上がる。
「そろって――死ねぇぇ!!」
レインは抜刀の構えをとった。
――空気が止まる。
「七理の法剣……風の刃」
黒い風の渦が迫る。
「風切斬!」
――光る。
レインの斬撃の剣圧が、黒い魔力の渦を一瞬で切り裂いた。
それは、まるで魔力の法則を根源から断ち切るかのようだった。
目にも止まらぬ速さで、レインはジェルノの横を通り抜ける。
何が起きたのかわからない。
ジェルノが呆然と瞬きをする。
レインのいる方向へ振り向こうとしたその瞬間。
ジェルノの体が、"ズレ"て真っ二つに崩れ落ちた。
声にならない息を吐きながら、血の泡を吹き、釣り上げられた魚のように口だけが小さく開閉していた。
空気を求めるように、音のない呼吸が数度。
だが、声は漏れず血が地面に広がる。
――静寂が落ちる。
「あっ……や……」
「ひっ…………」
あまりに凄惨な光景に、周囲の子どもたちの悲鳴と嗚咽が震えるように響いた。
レインは剣を納め、小さくつぶやく。
「子どもたちの目を汚してしまいました」
その声には、無情な現実と、見せたくなかったという静かな痛みが、かすかに滲んでいた。
――そこへセルド隊長とワーウルフに跨ったナギルさんが駆けつけてきた。
「子どもたちは無事か?」
僕は短く答える。
「みな……ショックは受けていますが、無事です」
二人の視線が、地面に転がった“二つのジェルノの残骸”へと向いた。
セルド隊長の足が、わずかに止まる。
ナギルさんは息を吸いかけて、何も言わずに口を閉じた。
言葉はなく、ただ、状況を理解した者の沈黙だけが落ちた。
その間に、ミル副隊長や隊員たちが子どもたちを手際よく保護していった。
ジェルノの魔法陣から解放され、囚われていた子どもたちが、ひとり、またひとりと解放される。
「レイン先生‥‥ロキおにいちゃん……!」
泣きながら駆け寄ってくる子どもたちを、僕はひとりずつ抱きしめた。
震えている。でも、生きている。
レイン先生は静かに頷き、膝をついて子どもたちの無事を確かめていく。
その背中は、さっきまで鬼人のようだったとは思えないほど、優しかった。
「先生、さっきの技は……」
問いかけようとした瞬間、轟音がすべてをかき消した。
戦いはまだ終わっていなかった。
――時計塔の上空では、空を裂くような轟音が響く。
そこでは、炎の柱と黒い魔力がぶつかり合う、地獄のような光景となっていた。
火の賢者イグナの炎が大地を焦がし、操魔法師バルザークの魔力砲が空を裂く。
「イグナあァァァ!!」
黒い砲身が唸りを上げ、空気が歪む。
イグナは炎の翼を広げ、静かに息を吸った。
「……死ね」
炎が収束し、イグナの手のひらに一点の光が生まれる。
バルザークが魔力砲を放つ。空が裂けるほどの黒い奔流。
イグナは、その中心へ向かって飛び込み、詠唱する。
「――溶岩隕石弾!」
光が爆ぜた。
すべてを燃やし尽くす巨大な獄炎の隕石がバルザークを押しつぶす。
「ぐ……あああああああああああああッ!!」
バルザークの断末魔が、夜空に響き渡る。
黒い魔力が焼かれ、肉体が崩れ、最後は灰となって風に散った。
――静寂
戦場に残ったのは、焦げた匂いと、揺らめく炎の残光だけだった。
火の賢者イグナは、怒れる炎のごとき眼差しをひとつだけ残し、踵を返す。
その背中に迷いはなく、まっすぐ聖浄院へ戻っていった。
――――――
聖浄院・結界の間。
魔導師団長ラミルが、わずかな安堵をにじませながら報告した。
魔導スクリーンで確認していた内容を、最終的に言葉で締めるように。
「ワルキューレの術者は火の賢者イグナ様が討伐。
魔獣召喚の術者は、ロキ・グレイシアと不明の剣士が撃破しました」
六賢者の間に、わずかな安堵が走る。
風の賢者シルフィアが、静かに問いかけた。
その声音には、どこか“余計な存在に触れたくない”ような薄い棘があった。
「……あの剣士は何者ですか」
闇の賢者ノクスが、目を細める。
「剣筋が同じだ。ロキ・グレイシアの……師か?」
土の賢者ガルドは、黙したままスクリーンの剣士を見つめていた。
「女司祭をたやすく切り伏せるとは……あんな男が野心も持たずにこの国にいたとはな」
――――




