第77話 空を駆ける飛竜と火の賢者
聖浄院結界の間
魔導スクリーンに映った"つぼみ"が、光を失う。
火の賢者・イグナが眉をひそめる。
「……ワルキューレが止まったのか?」
風の賢者・シルフィアが動揺を隠さない。
「なぜ……?」
聖浄院前の前線で戦うセルド隊長もつぶやいた。
「つぼみが止まった?何が起きた……?」
――――
ワルキューレの“操り”から解放されたバルザークが、全力で僕に向き直る。
怒涛の魔法が襲いかかってきた。
「やっぱり……さっきより激しい!」
僕は剣で切りかかるが、バルザークの障壁に阻まれた。
「……届かない……!」
「落ちて死ね。」
バルザークの掌から放たれた衝撃波が、僕の足元を吹き飛ばす。
視界が反転し、時計塔の縁から空へ投げ出された。
「まずい……! くそっ!」
風が耳を裂く。地面が迫る。
その時――
空を横切る影が見えた。
次の瞬間、僕の身体がふわりと空中で抱え上げられる。
「ロキ、捕れ!」
そこには見覚えのある白髭……
「‥‥ナギル…さん?」
従魔師のナギルさんだ。
その横には相棒のワーウルフ、
そして――
僕の飛竜リオ。
「リオ……来てくれたのか!」
リオは嬉しそうに喉を鳴らし、翼を大きく広げて上昇した。
ナギルさんが鼻を鳴らしながら言う。
「一人で無茶しやがって……」
時計塔の屋上からバルザークが叫ぶ。
「なんだ……あの飛竜は!」
バルザークの周囲に魔法陣から放たれた魔法弾がリオを狙う。
だが――
リオは高速で旋回し、すべてを紙一重でかわしていく。
「ちょこまかと……!」
バルザークの苛立ちが爆ぜた。
その背で、ナギルさんが鼻を鳴らす。
「ロキ、下は壊滅状態だ。儂はどうせここでは戦えん。ここはお前に任せる。」
そう言うと、ナギルさんはワーウルフの背に飛び移った。
それを察したように、リオが滑空し始める。
地表が近づいた瞬間、ワーウルフが風のように飛び降りた。
――着地と同時に、ナギルさんの魔法が次々と放たれる。
その動きに合わせるように、ワーウルフが風のように戦場を駆ける。
魔獣たちが次々と薙ぎ倒されていく。
前線のセルド隊長や魔導師団の隊員が目を見開いた。
「あなたは……かつての従魔兵団長、ナギル様……!」
セルドが礼を尽くそうとすると、ナギルは手を振って遮った。
「隠居の爺に挨拶などいらん。魔獣を操っとる術者がいるはずじゃ。そいつを探せ。」
「はっ!」
セルド隊長とナギルが並び立つ。
その姿は、まるで戦場の“古強者”と“現役の将”が肩を並べたようだった。
前線に、再び勢いが戻る。
魔導師団の士気が持ち直された。
そして――
皆が上空を見上げると一匹の飛竜が夜空を駆け、その背に剣士が立つ。
セルド隊長が息を呑む。
「あれは……ロキか?」
空で飛竜の背に立ち、剣をもって魔導士と対峙する少年。
それは、魔法社会で誰も見たことのない――
新たな伝承の影が形を成したかのような光景だった。
あるいは、忘れ去られた過去の英雄の姿が、静かに現代へと滲み出たものだったのかもしれない。
時計塔の上空で、ロキとバルザークが激しく応酬する。
――――――
聖浄院結界の間。
魔導師団長ラミルが駆け込み、息を上げながら声を出す。
「ロキ・グレイシアです……魔欠の少年が……」
魔導スクリーンには、飛竜の背で魔導士と戦うロキの姿が映し出されていた。
激しい光の応酬が空を裂く。
アミリアは賢者の身であることを忘れ、叫ぶ。
「ロキ!……無事で」
アミリアの瞳が、強く輝いた。
雷の賢者ライゼルが声を張る。
「ワルキューレが止まった。今が反撃の好機だ!
始末はイグナに任せる。他の者は大結界を全力で死守しろ!」
火の賢者イグナが拳を打ち鳴らし、立ち上がる。
「魔欠けの小僧にだけ任せておけるか……!」
その周囲に、すべてを焼き尽くすような炎のオーラが立ち上った。
――――
――風が頬を裂く。
僕はリオの背で身を低く沈めた。
バルザークが怒りに満ちた眼でこちらを睨みつけている。
「……行くぞ、リオ」
僕が息を吸った瞬間、リオはまるで僕の意志を先読みするように翼の角度をわずかに変えた。
重力が身体を押しつぶし、視界が一気に前へ流れる。
バルザークは苛立つように叫ぶ。
「クソ!まるで一心同体……」
バルザークの障壁に弾かれながらも、僕とリオは旋回して距離を取った。
その一瞬、学院の中庭が視界に入る。
「……あれは……?」
中庭の中央に、巨大な魔法陣が刻まれていた。
青白い光が脈動し、夜空にまで漏れ出している。
その魔法陣の周囲には、小さな影がいくつも集められていた。
「子どもたちだ!」
震えながら、魔物に囲まれている。
そして――
魔法陣の中心で、狂気の笑みを浮かべる女がいた。
あの女魔導士だ!
長い黒髪を乱し、無数の魔物を生み出す魔法陣を操っている。
あの時の恐怖がよみがえり背筋が凍る。
「子どもたちを助けないと……どうする……」
バルザークを自由にすれば、また"つぼみ"が動き出す。
僕の鼓動が早くなる。額から汗が伝い落ちた。
――その時
まるで太陽が落ちてきたかのような灼熱が、時計塔の周囲を一気に包み込んだ。
浮遊する赤い長杖に腰かける男の姿は、暴れ狂う業火そのものに見えた。
放つ言葉も荒々しい。
「どけ小僧――こいつは俺が始末する。」
かつてスクリーン越しに見た、火の賢者イグナ・バーンレッド。
バルザークの顔に、初めて“焦り”が浮かんだ。
「小僧の始末に手間取ったら……くそ……!」
それはバルザークにとって、最も避けたかったシナリオ。
僕は叫ぶ。
「賢者様!下に、子どもたちが……!」
イグナは振り返りもせず、炎の気迫をまとったまま言い放った。
「そっちはお前に任せる――行け。」
――次の瞬間
イグナの杖先から“太陽の破片”のような炎柱が噴き上がった。
轟音、熱風、空間が歪む。
バルザークは即座に魔法障壁を広げる。
炎と障壁が衝突した瞬間、空が爆ぜた。
ドォォォォンッ!!
衝撃波が街全体を揺らし、地上の魔獣たちが一斉に悲鳴を上げる。
しかし、イグナの炎は、ただの火ではない。
“世界の理”そのものを焼き切るような、純粋な破壊の力。
バルザークが初めて声を荒げる。
「忌々しい賢者‥‥どこまでも我らの邪魔を!」
イグナは笑う。
その笑みは、炎よりも獰猛だった。
「邪教のゴミが――お前はここで焼け死ね。」
炎が渦を巻き、バルザークの障壁を押し潰すように迫る。
バルザークも負けじと、古代兵器ワルキューレの“残滓”を呼び出し、巨大な魔力砲を形成する。
二つの力がぶつかり合い、空が裂けるような衝撃が走った…
――――




