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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第14章 魔導大戦の怨霊
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第74話 孤児院の危機

 雨は、いつの間にか止んでいた。


 夜空には、巨大な白い“つぼみ”が不気味に浮かび、青い脈動が淡く街を照らす。

 あちこちで爆発音が響き、建物の窓が割れ、悲鳴が夜に溶けていく。


 その瞬間――


 学院の教師たちが、学生寮へ駆け込んできた。


 息を切らし、額に汗が浮かんでいる。


 「市民はセントラルパークに避難中だ!学生も全員、そっちへ向かえ!」

 「いいか、皆!はぐれるな!」


 学生寮が一気に騒然となった。


 寝間着姿の生徒たちがうろたえながら荷物を抱え、何が起きているのか分からず右往左往している。

 

 胸騒ぎがする。


 ――アミリアは無事だろうか。


 衝動に突き動かされるように、僕は聖浄院の方向へ向かおうとした。


 その時――


 ミール先生が僕の腕を掴んだ。


 「ロキ。どこへ行くつもりだ」


 その声音は静かだが、逃げ場を与えない重さがあった。


 「聖浄院は戦場だ。今は魔導師団しか入れない」


 僕の胸の内など、すべて見透かしているような言い方だった。


 「でも──!」


 「今はだめだ!魔導師団が反撃の機会をさぐっている。」


 僕は衝動を抑え、皆と一緒に避難をはじめた。


 ――――

 

 セントラルパークへ向かう途中、あちこちで子供の名を叫ぶ親たちがいた。


 「リナ!リナぁぁ!!どこなの…………!」


 「誰か……うちの子を……!」


 雷鳴が響く中、母親たちの必死な声が響く。


 胸が締め付けられる……。


 広場にはすでに多くの市民が避難しており、泣き叫ぶ子供を抱く母親、

 名前を呼び続ける父親、震える老人たちの姿があった。

 

 セントラルパークに着くころには、学院の学生も皆、青ざめていた。


 かつて開国祭で人々が笑い合い、屋台の灯りが並び、子供たちが走り回っていたこの公園は、今ではまったく別の場所に見えた。


 雷鳴が空を裂き、遠くの街では青白い雷撃が落ちるたび、建物の影が一瞬だけ浮かび上がる。

 

 孤児院のみんなは……無事だろうか。

 

 そんな不安が胸を締めつける。

 

 「ここまで来れば……大丈夫だよね……?」

 「先生たち、まだ来ないのかな……?」

 

 生徒たちの声は震え、不安が空気を重くしていく。


 ――その時だった。

 

 ガサッ。

 

 木々の影が揺れた。

 

 「……え?」

 

 次の瞬間、黒い影が飛び出した。

 

 「きゃあああああっ!!」

 

 魔獣だ。牙をむき、生徒たちへ一直線に突っ込んでくる。

 

 生徒たちは恐怖で足がすくみ動けない。

 

 「下がれ!!」

 

 ミール先生が前に出て魔法を放つ。

 

 水の刃が魔獣を切り裂き、動きを止める。


 ――しかし


 数が多い。

 

 「くっ……!多いな!!」

 

 反対側では、別の教師たちが魔法障壁を張り、押し寄せる魔獣を食い止めていた。

 

 結界が軋む音が、耳に痛いほど響く。


 ――僕は踏み込んだ。

 

 剣を振り、魔獣の首が跳ねる。続けざまに二体、三体と斬り伏せる。

 

 ミール先生が一瞬、言葉を失ったように固まる。

 

 「……ロキか。助かった。――皆も、落ち着け。これまで学校で習った通りに動け」

 

 驚きと指示が同時にこぼれた声だった。

 

 皆の視線が、一斉に僕へ向く。 

 その目には驚きだけでなく、どこか、距離を置くような、かすかな恐れが混じっていた。

 

 いつも僕を蔑んでいたリーフ達でさえ、目が合いそうになると、そっと視線をそらした。

 

 それはまるで、触れてはいけない“別の生き物”を見ているかのようだった。


 ――――


 ――孤児院の子供達の顔が脳裏をよぎる。

 

 嫌な予感がする。胸の奥がざわつく。

 

 周囲では、倒れた魔獣の死骸を避けながら、教師たちが生徒をまとめようとしていた。

 

 そのざわめきの中で、リオナたちがこちらへ駆け寄ってくる気配がした。

 

 「ロキ……大丈夫?」

 

 リオナが息を整えながら不安そうに覗き込む。

 

 ニールとルミも不安そうに僕を見る。


 僕は唇を噛みしめ、短く、しかし強い声で言った。


 「……ごめん。僕いかないと。」


 三人が驚く間もなく、僕は列を飛び出し、夜の街へ駆け出した。


 ――――


 向かう先は、レイン先生の孤児院。


 空にはまだ青白い雷光が走り、巨大なつぼみが不気味に浮かんでいる。

 雷撃が落ちるたび、街のあちこちで煙が上がり、瓦礫が散乱していた。


 「うっ……!」


 思わず足が止まる。道の真ん中で、瓦礫に押しつぶされた人……

 別の場所では、腕を押さえ、苦しそうにうめいている人。


 「だれか……助けて……」


 家の壁が崩れ、人々が必死に瓦礫をどかしている人もいる。


 「中にまだ子供が……!早く……早く!」


 胸が締めつけられる。街のあちこちの負傷者がいる。


 (なんで……こんな……)


 "つぼみ"の青い脈動が街を照らすなか、僕は走り続けた。


 ――孤児院


 胸騒ぎがさらに強くなる。

 

 扉が粉々に壊されている。

 建物の一部が燃え、赤い炎が夜風に揺れ、黒い煙が空へ昇っている。


 「レイン先生……!みんな……!」


 僕は燃えさかる孤児院へ駆け込んだ。


 焦げた木の匂い。割れたガラス。倒れた机や椅子。


 ――子供たちの姿がない。


 あれほど賑やかだった孤児院が静まり返っていた。


 喉がひりつく。


 (……みんな……どこに……)


 奥の礼拝堂だけが、かすかに光を放っていた。

 足が自然とそっちへ向かっていた。


 礼拝堂に入った瞬間、僕は息を呑んだ。


 光の女神像の前に影がふたつ。


 ――レイン先生と、腕の中にはリリーナ。


 レイン先生は片膝をつき、少女を抱きしめたまま、ゆっくりと顔を上げた。


 「……ロキ君……」


 額から血が流れ、手には抜き身の剣。

 その剣先に血がしたたっていた。


 リリーナはレイン先生の胸に顔を埋め、涙で顔をくしゃくしゃにしている。

 その足元では、リリーナの心を写すように子猫のミミーがうろうろしていた。


 「突然の……襲撃でした……」


 レイン先生の声はかすれていた。


 「子供たちは……さらわれました」


 心臓が止まりそうになった。


 リリーナが泣きじゃくりながら、言葉にならない声を絞り出す。


 「ごめんなさい…わたしのせいで……

  みんな……わたしのせいでつれてかれちゃった……ごめんなさい」


 小さな肩が震え、涙が床に落ちる。


 僕は息を呑んだまま、一歩も動けなかった。

 

 ――リリーナはレイン先生の胸で泣き続けていた。


 リリーナは、瓦礫の下で弱々しく鳴いていた小犬を助けようとしたらしい。

 レイン先生が止めたが、動物が好きなリリーナは思わず外へ向かってしまった。


 その瞬間、黒マントの集団が現れ、リリーナを連れ去ろうとした。


 レイン先生は、リリーナを救ったものの、そのわずかな隙に敵は孤児院の存在に気づき、子供たちを攫っていった。


 リリーナは自分を責めて泣いている。


 ただ、リリーナは子犬を助けたかっただけだ。

 それを思うと、胸が痛む。


 許せない。

 子供たちを攫った敵が許せない。


 リリーナの泣き声がまだ礼拝堂に残っている。

 その震えが胸に刺さったまま、僕はレイン先生を見つめた。


 ――僕の中で決意が固まる。


 「レイン先生。僕……子供たちを助けに行きます。先生がダメと言っても……僕は行きます。」


 声が震えていたのは、恐怖じゃない。

 怒りと、悔しさと、決意のせいだ。


 レイン先生はしばらく僕を見つめ、ふっと、どこか懐かしむように微笑んだ。


 「ロキ君……いい顔になりましたね。」


 その声は、静かで、温かかった。


 「ここに初めて来たとき、泣きべそをかいていた君とは大違いです。

  この数年間……必死に努力を続けてきた。君の力は、私が一番よく知っています。」


 胸が熱くなる。


 レイン先生はリリーナの肩にそっと手を置きながら続けた。


 「リリーナを一人にできません。この子は絶対に守らなければなりません。」


 その言葉には、並々なら覚悟を感じる。


 「だから今は……君に頼るしかない。子供たちをお願いします。」


 レイン先生は僕をまっすぐ見た。


 「今の君なら……そう簡単にやられはしません。」


 その言葉は、背中を押す力になった。

 

 「敵の本体は聖浄院付近に集中しています。子供達をさらった輩もそちらに。

  ――私は、リリーナを親御さんのところに預けたら、すぐに君のあとを追います。」


 僕は強くうなずいた。


 胸の奥で、何かが静かに燃え始めていた。


 ――――

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