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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第13章 ダンジョンの謎と覚醒
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第71話 戻る日常

 ――学院の医療室。


 体に残っていた痛みは、もうほとんどない。


 昨夜のアミリアの笑顔を思い出すと、痛みなんか吹っ飛んでしまった。


 アミリアも約束も覚えていてくれた。

 それを知ることができただけでも、胸の奥がじんわりと熱くなる。


 ……また離れ離れになってしまったけど、次に会うときは胸を張ってアミリアの手を取れるように頑張ろう。


  僕はまた前を向けそうだ。

 

 ――窓の外から、魔法科の授業の声が聞こえてくる。


 あの事件から、みんな少し変わった。


 これまでは“学生”という立場に守られて、魔法の訓練も、どこか学院の中だけの“点数”として見ていた。


 教科書の中の魔物、安全な訓練場、失敗しても先生が助けてくれる世界。


 でも──あの日、“実戦の恐怖”を知った。


 命が奪われるかもしれないという現実。


 仲間が傷つく音。自分の力が届かない瞬間。

 その全部が、学院の空気を少しだけ変えてしまった。


 授業に向かう生徒たちの背筋が、前よりも少しだけ伸びている気がする。

 魔法陣を描く手つきも、以前よりずっと真剣だ。


 僕にこれまで意地悪をしていた同級生たちも、どことなく、別のものを見ているようだった。


 誰かを見下すためじゃなく、誰かに勝つためでもなく、

 やるべきことがある――そんな目をしていた。


 あの日を境に、みんなが少しだけ“大人”になった気がする。


 ――ベッドの隣では、リリーとエレナが包帯を巻いた腕を抱えながら話をしていた。


 白いカーテン越しに差し込む光が、二人の影をやわらかく揺らしている。


 リリーは窓の外を見つめ、胸の奥からこぼれるように、しみじみと言った。


 「今でも……生きてるのが信じられない」


 その声は震えてはいないのに、どこか遠くを見ているようで、胸が締めつけられる。


 エレナは膝を抱え、うつむいたまま小さく息を吸った。


 「私も……すごく怖かった。あの女魔導士の顔を思い出すと……まだ体が震える……」


 言葉の端がかすかに揺れる。


 あの闇の中で、どれほどの恐怖を味わったのか。


 思い出すだけで、胸が痛くなる。


 (皆生き残れて本当によかった)


 僕は二人の横顔を見つめながら、そっと言葉を探した。


 「でも、二人は……あんな恐ろしい相手に立ち向かっって、本当に立派だよ」


 僕は本心からそう思った。


 リリーは包帯の巻かれた腕をそっと押さえ、小さく息を吐いた。


 「無我夢中だった。みんなが生き残るために……どうしたらいいかって……」


 エレナは膝を抱えたまま、うつむいていたが、やがて顔を上げ、かすかに笑った。


 「……ノクス様に認めていただいたの。今でも信じられないくらい……」


 頬を赤くしながら、嬉しそうに笑うエレナ。


 その笑顔はまだ弱々しいけれど、確かに前より強くなっていた。


 二人の笑顔を見て、僕も自然と笑みがこぼれた。

 

 その時──医療棟の扉が、静かに開いた。


 白い光が差し込み、誰かの影がゆっくりと部屋に伸びてくる。


 扉が静かに開き、リオナとニール、そしてルミの姿が見えた。


 「三人とも……怪我はどう?」


 ニールが明るい声で言う。


 ルミは大きな紙袋を抱えて、にこっと笑った。


 「お見舞いのフルーツ持ってきたよ!」


 その言葉に、リリーとエレナの顔がぱっと輝く。


 「食べたーい!」

 

 「ありがとう!」

 

 医療棟の空気が一気に明るくなる。

 

 リオナはみんなの顔を見渡し、胸に手を当てるようにして言った。

 

 「……みんな無事でよかった」

 

 その声は、どこかほっとしたような、柔らかい響きだった。

 

 ルミがリオナを見る。その目は、ただ優しくて、安心したように細められていた。

 

 「リオナの治療でみんな救われたよ。ずっと練習してたもんね」

 

 リオナは慌てて手を振る。

 

 「ち、違うよ……私……まだまだだし……!」

 

 僕はそんなリオナを見て、静かに言った。

 

 「リオナは……あの事件からすごく変わったね。今回のダンジョン探索でも、リオナだけは“油断しない”って慎重で、みんなリオナに救われた」

 

 リオナは一瞬だけ目を見開き、すぐに視線を落とした。

 

 「そ、そんなことない……あんな怖い体験、二度としたくないって……それだけ……」

 

 そう言いながら、頬はほんのり赤く染まっている。

 

 ――リオナは思った。

 

 あの時、ロキが何をしたのか──

 

 目の前で起きたことなのに、理解が追いつかなかった。

 そして、気になって仕方がなかった。

 

 聖浄院で──ロキはアミリアと再会したのか。

 

 本当は、確かめたかった。

 

 けれど、その問いを口にすれば、胸の奥に隠していた何かが形になってしまう気がして、その気持ちを押し殺した。

 

 その沈黙は、誰にも触れられないまま、ゆっくりと医療室の空気に溶けていった。


 ――――――


 その頃、学院長室


 学院長レイモンドと担任のミールが、散らかった書類の山を横に押しやりながら話をしていた。

 

 書類仕事の処理が追い付いていないのが分かる。

 

 窓の外からは、授業に向かう学生たちの声がかすかに聞こえる。

 

 ミールは心配そうに眉を寄せた。

 

 「ダンジョンで……ジーク教は何をしていたのでしょうか」

 

 レイモンドは椅子にもたれ、深く息を吐いた。


 「わからん。そもそもダンジョンそのものが何なのか……構造すら今の魔法文明では解明できていないくらいだからな」

 

 窓の外から、学生たちの笑い声がかすかに聞こえてくる。

 

 その明るさが、逆に二人の沈黙を際立たせた。

 

 レイモンドは視線を外に向けたまま、ぽつりと続ける。

 

 「それにしても……学生に死者が出なくて、本当に奇跡だった。あれから、生徒たちの授業への向き合い方が変わったと、各教師から報告が上がっている」

 

 ミールは静かにうなずく。

 

 レイモンドは机の上の書類を指でとんとんと叩いた。

 

 「無理もない。あれほどのイレギュラーが発生したんだ。心に傷を負った生徒も多いだろう」

 

 ミールは、胸の奥に溜めていた息をそっと吐き出すように言った。

 

 「……セルド隊長が、奴らの動向にいち早く気づいてくれてよかったです。もし対応が遅れていたら……」

 

 ミールの表情にようやく安堵がにじむ。

 

 そして、ふっと柔らかく笑った。

 

 「それに……一部の生徒たちの頑張りも、見事でした。こんなに成長していたんだなって……教師として、嬉しくなります」

 

 ミールの視線は、自然と窓の外へ向かう。

 

 そこには、魔法の練習をする生徒たちの姿があった。

 

 「リオナ・フレイなど……怪我をした生徒たちの治療にずっと専念していました。以前は、いかにも“貴族の娘”というプライドがにじんでいたのに……本当に変わった。」

 

 ミールの言葉に、レイモンドは静かに微笑んだ。

 

 「闇属科のリリーとエレナも、よくやったようだな。闇の賢者ノクス殿の目に留まるほどの奮闘ぶりであったと聞いた……」


 そこでレイモンドの表情が、ふっと曇る。


 「ノクス殿と言えば……」


 ミールは、その一瞬の変化を見逃さなかった。


 察したように、静かに名を口にする。


 「……ロキ・グレイシア、ですね」


 ミールが名を口にすると、


 レイモンドは小さくうなずき、困ったように眉を寄せた。


 「ああ。今回は、ノクス殿自身の強い御意向で救助隊に参加したくらいだ。魔獣をどうやって始末したのか……“ロキの隠れた力を探れ”と、あちこちから問い合わせが来ている。まったく、疲れるよ」


 レイモンドは額を押さえ、苦笑ともため息ともつかない息を漏らす。


 ミールは静かに首を振った。


 「ロキは……力を隠して、何かをはばかろうという性格ではありません。あの子の行動原理は純粋な願いです」


 ミールは、言葉を選ぶようにわずかに視線を落とした。


 「しかしS級のヴォイド・ストーカーをどうやって倒したのか……それでけは分かりません。目撃した生徒たちの証言もはっきりしない」


 レイモンドの顔が険しくなる。


 「あれは“人の目に映らない”不可視の魔獣。高速移動しながら獲物を切り刻み、熟練の魔導士でも倒すことが困難な魔獣だ」


 ミールは静かにうなずく。


 「それを……魔力を持たない少年が、剣一本で三体も倒すなど……理解が追い付かん」


 その言葉が落ちた瞬間、学院長室の空気がわずかに揺れた。


 ロキ・グレイシアという少年が、いったい何を秘めているのか。

 その答えは、誰にも見えていない。


 沈黙の学院長室には、窓の外から聞こえる学生たちの笑い声だけが、


 どこか遠い世界の音のように響いていた。


 ――――

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