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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第13章 ダンジョンの謎と覚醒
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第70話 約束の抱擁

 聖浄院・会席の間には重い空気が落ちていた。

 

 円卓には六賢者が揃い、魔導師団からはセルド隊長が出席していた。


 セルド隊長が静かに口を開く。

 

 「……今回の件、内偵していた“ジーク教”の関与と見て間違いないかと。」

 

 六賢者たちの視線が集まる。

 

 「奴らがなぜダンジョンで暗躍していたのか……理由は依然として不明です。」

 

 雷の賢者ライゼルが眉をひそめた。

 

 「S級魔獣"ヴォイド・ストーカー"を使役する女魔導士か……。」


 火の賢者イグナが低く唸る。


 「S級を三体同時に操る魔力は本物だろうな。それでいて“ガキを嬲って悦に入る”とは……いい趣味してやがる。」


 闇の賢者ノクスが静かに言葉を継ぐ。


 「……その女魔導士の“傀儡糸”を切ったのは、女子学生二名。賞賛に値する。」


 ノクスはアミリアを横目に見ながら続けた。


 「それと──魔欠のロキ・グレイシア。S級魔獣を三体同時に葬るなど前代未聞……だが、不可解な点も多い。」


 その声音の奥に、わずかな苛立ちが滲む。


 「不可視のヴォイド・ストーカーをどうやって捉えたのか。高速移動でA級魔獣すら弄ぶ相手を、どうやって三体も仕留めたのか。」


 闇の賢者ノクスの瞳が細くなる。


 「……その力の出どころだけが、どうしても分からぬ。この目で直接見たかったが、あと一歩のところで及ばなかった。」


 そして、わざとらしいほど自然にアミリアへ視線を向けた。


 「なあ、アミリア。お前はどう思う?」


 まるで“何か知っているだろう”と告げるような声音だった。


 アミリアはわずかに眉を寄せ、表情には否定の色が浮かんでいる。


 「私にも分かりません。確かに彼は幼馴染ですが、彼にそんな力があったなんて、聞いたこともありません。」


 ノクスは淡々と返す。


 「そうであれば後天的なものか。何れにしろ、その力には大いに興味がある。何なら、ロキ・グレイシアは“影の隊”として私がもらい受ける。」


 「……っ!」


 アミリアの表情が強張る。


 (絶対にだめ。ロキは渡さない……)


 ノクスはその反応を楽しむように、横目でアミリアを見た。


 「聞くところによると……魔欠でありながら学院で歯を食いしばっているのは、けなげにも──アミリア“お前のため”でもあるそうだな。」


 その声音は淡々としているのに、言葉の奥には冷酷な計算が透けていた。


 「お前が頼みさえすれば、ロキ・グレイシアは従順な駒として喜んで命を差し出すだろう。その純粋さは、利用するにはこれ以上なく都合がいい。」


 アミリアの瞳が、はっきりと怒りで揺れた。


 「……彼の気持ちを、そんなふうに利用しようとしないでください。」


 その一言は、幼馴染を守りたいという個人的な思いが滲み出ていた。


 雷の賢者ライゼルが、淡々と口を開く。


 「アミリアにとっては受け入れがたいかもしれないが、ノクスの言うことも一理ある。」


 その声音には、慰めも、揺らぎもない。。


 「我らの敵は強大だ。戦力になるのであれば当然利用すべきだし、魔導学院の生徒の本旨でもある。」


 その言葉は、“個人の感情よりも戦力を優先する”という雷の賢者らしい合理性に満ちていた。

 

 アミリアは胸の奥で思った。理屈は正しいのかもしれない。

 でも……私の気持ちが、それを許さない。


 二人の思い出に土足で踏み込んでくるような提案は、アミリアには到底受け入れられなかった。


 風の賢者シルフィアが静か言葉を落とす。


 声は柔らかいが、その奥にどこか冷たい層があった。


 「魔欠の少年。しかもまだ学生です。無理をさせる必要はありません。」


 そして、淡々と続けた。


 「いずれにせよ、意識が戻ったのなら学院の病棟に移せます。……当面は安静にさせましょう」


 その瞬間、アミリアの胸の奥が、きゅっと締めつけられた。

  

 ――雷の賢者ライゼルが、淡々と続ける。


 「六芒星について、何かわかったことはあるか」


 セルド隊長が一歩前に出る。


 「今は存在しませんが、魔導大戦時代にあった“魔法大国エグザリア・ジーク”が六芒星を掲げていたという記録がありました」


 風の賢者シルフィアは、その名が出た瞬間、わずかにまつ毛を伏せた。


 だが、口を開かない。沈黙のまま、空気の流れだけを読むように佇んでいる。


 火の賢者イグニが腕を組む。


 「魔導大戦は二千年以上前だぞ。大賢者との因縁か……」


 セルドが続ける。


 「エグザリア・ジークの末裔が、何かの意図で動き出した可能性が高いかと」


 ライゼルの表情は変わらない。

 ただ、その声だけがわずかに低く落ちた。


 「奴らの狙いは禁忌に係るものである可能性が高い。ジーク教の動向は、一つたりとも見逃すな」


 セルド隊長が深く頭を下げる。


 「はっ!」


 その後、誰も動かず、張りつめた空気だけが場を支配していた。


 ――――――


 その夜。 


 アミリアは、そっとベッドの端に腰を下ろした。


 薄い灯りの中で、彼女の横顔がやわらかく揺れる。


 「……昔もこうして、ローレット孤児院のベッドでよく話したね」


 そう言ったあと、アミリアは少し照れたように笑った。


 「並んで寝ころんだときは、同じくらいの身長だったのに……いつのまにかロキに抜かされちゃったね」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が痛んだ。

 懐かしさと、離れていた時間の長さが胸にしみる。


 「アミリアの賢者就任の儀式で……君を見たとき、すごく遠くへ行ってしまった気がしたんだ。……僕なんかがアミリアの隣にいられるわけないって思った‥‥」


 思わずこぼれた本音に、アミリアは悲しそうに眉を寄せた。


 「そんなこと言わないで!」


 アミリアが、今にも泣きそうな顔で僕を見つめる。


 その表情が胸にしみる。


 「でも、必ず君を迎えに行くって約束した……別れの夜に、アミリアが子守歌を口ずさんだの……覚えてるかな?」


 アミリアは、ふっと目を伏せた。

 そして──静かに息を吸う。


 次の瞬間、あの懐かしい旋律が、かすかな声でそっと紡がれた。

 

 「英知の賢者は夜道を照らし 虹の剣は勇気を示す 厄災断つは虹の刃

  怖い夜でもひとりじゃない  七つの光があなたを守る……」


 歌い終えたあと、アミリアは小さくつぶやいた。


 「……聖浄院でね、不安で、寂しくて……お母さんが歌ってくれた子守歌を、ずっと思い返してた」


 ひとりで耐えてきた時間を思い出したのか、アミリアはさみしそうな顔をした。


 灯りを受けて、彼女の髪飾りが七色にきらめく。


 「その歌を聞いて‥‥君の魔法には全然かなわないけど……君を守る剣になろうと思って、いっぱい練習したんだ。少しは強くなったんだよ」


 アミリアは微笑んだ。


 その微笑みは、昔と同じで、僕の心をそっと包む。


 「……知ってるよ」


 僕は苦笑しながら言った。


 「でも、ダンジョンで魔獣にやられて、気を失っちゃって……先生たちに助けられちゃった。――あいかわらず僕、弱っちいみたいだ。」


 言いながら、無意識に拳を握りしめていた。


 「君の隣に行くには、まだまだ頑張らないと駄目みたい……」


 アミリアの表情がほんの一瞬だけ揺れた。


 (本当に覚えていないの‥‥)


 闇の賢者ノクスに言われた“ロキの力を探れ”という言葉が胸をかすめた。


 でも彼女はすぐにその影を消した。

 

「……ロキの話、もっと聞かせて?」


 僕はこれまでのことをたくさん話した。


 魔導学院でのこと。同級生や寮での生活のこと。

 レイン先生やリリーナのこと。


 アミリアはふいに頬をふくらませた。


 「開国祭で会ったとき……久しぶりだったのに、ロキ、私のこと全然見てくれなかった。

  スカイレースの大会のときはクラスメイトの女子と親しげだった……浮気……」


 「ちがっ……!」


 僕の顔が一気に熱くなる。


 アミリアはくすっと笑った。


 「スカイレースで優勝したの、ほんとにびっくりしたよ。ロキが……優勝しちゃうんだもん」


 僕はあの時のことを思い出した。


 「僕の飛竜、リオって言うんだ。でもあいつ、最初ぼくを見た時、すごく馬鹿にしたような目つきで蹴ってきてさ──」


 アミリアが、また小さく笑った。その笑い方が、なんだか懐かしい。


 「最後はあいつ、僕を信頼してくれて……空の上から見る夕焼けの央都、すごくきれいだったんだ。遠くに……僕たちの村も見えたよ」


 その瞬間、アミリアのまつげがふるりと震えた。


 視線が、そっと落ちる。


 「いいな……私、聖浄院から滅多に外に出られなくて……子供の頃みたいに、外の世界を思いっきり見て回りたい」


 その声には、自由を許されない少女の、静かな寂しさが滲んでいた。


 アミリアはずっと聖浄院に縛られている。


 僕たちが学院で笑っている間も、彼女は外の世界を知らないまま、ただ“待つこと”しかできない。

 

 その事実が胸に刺さった。


 ――僕は言葉を探し、呼吸を整える。

 

 「必ずアミリアにも見せてあげる。いっしょに……大空を飛ぼう」

 

 アミリアの瞳がぱっと輝く。

 

 「本当……?絶対だよ……約束してくれる?」

 

 僕は強くうなずいた。

 

 「もちろん」

 

 「……うれしい」

 

 アミリアが手を差し出すと、僕はそっと小指を絡めた。

 

 ゆびきり。

 

 「次に会うときは……堂々と君の隣に立てるよう、僕、頑張るから」

 

 アミリアは静かに微笑んだ。

 

 「うん。待ってるよ」

 

 僕たちは、そっと抱きしめ合った。


 ずっと離れていた時間を埋めるような、静かな抱擁だった。


 聖浄院は、水の音だけがしずかに流れていた。


 僕たちの再会をそっと見守るように。


 ――――

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