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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第13章 ダンジョンの謎と覚醒
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第69話 幼馴染との再会

 ――静かだ。

 

 遠くで水の滴る音がする。


 柔らかな布の感触。胸の奥に残る鈍い痛み。


 僕はゆっくりと瞼を開いた。

 白い天井。淡い光が揺れる天蓋。

 

 (……ここは……?)


 身体を起こそうとした瞬間、

 

 「っつ!」


 激痛が走る。


 そっと肩に触れる手があった。

 

 「動いちゃだめ。」

 

 その声は、懐かしい、とても懐かし温かさだった。


 僕が横を向くと、椅子に座ったアミリアが、微笑んでいた。

 

 その姿は、僕の記憶にある幼いアミリアとは違っていた。

 あの頃よりずっと大人びていて静かな美しさをまとっていた。


 けれど、微笑みの奥に宿る温度だけは、幼い頃、僕の隣で笑っていたあのアミリアのままだった。

 

 「……!?…アミリア」

 

 アミリアは震える指で僕の額に触れた。

 

 「よかった……」

 

 その声は、これまで見てきた聖女のものではなかった。

 

 幼い頃、僕の隣で笑っていたあのアミリア──そのままの温かさだった。

 

 「なぜ君がここに……」

 

 アミリアはそっと視線を落とし、静かに答えた。

 

 「あなたは、ダンジョンで重傷を負って……意識を失っていたの。」

 

 言葉は淡々としているのに、その奥にある震えは隠しきれていなかった。

 

 「瀕死の状態だったわ。聖浄院でなければ治療が追いつかないほどだった。」

 

 アミリアはそこで一度、言葉を切った。

 

 瞳の光が揺れる。

 

 「……三日間、昏睡していたの。」

 

 その声は、この三日間、ずっと僕のそばにいてくれた響きだった。

 

 「ごめん…… 久しぶりにアミリアに会えたのに……」

 

 自分でも驚くほど声が弱かった。

 

 胸の奥に溜めてきた想いは沢山あるのに、いざ目の前にすると言葉がでない。

 

 「ずっと君に会いたくて……そのためにこれまでやってきたんだけど‥‥」

 

 視線を落とし、かすかに震える指を握りしめた。

 

 「突然で……いざ会えたら、どう話したらいいか分からなくて……」


 それは本心から出た言葉だった。


 ――そのとき

 

 アミリアの手が、そっと僕の手に重なった。

 その瞬間、胸の奥がじん、と熱くなる。

 

 こんなふうに触れられるのは……いつ以来だろう。

 

 「……あなたに……会いたかったのは、私も同じだよ。」

 

 その声が、まるで胸の奥に直接触れてくるみたいに柔らかい。

 

 名前を呼ばれるだけで、息が詰まりそうになる。

 ほんの少しだけ、彼女の指に力がこもる。

 

 「私、ロキが頑張ってたの知ってるよ」

 

 アミリアが微笑む。

 その微笑みは、僕の心の奥で、長い間こわばっていた何かを溶かしていく。

 

 「……ロキに会えた。今はそれだけで、私は十分だよ」

 

 そう言って、アミリアは僕の手を胸元にそっと抱き寄せた。

 

 胸の鼓動が、彼女の手越しに伝わってくる。

 

 いや、僕の方が伝えてしまっているのかもしれない。

 その声は、賢者でも聖女でもなく、ただ僕だけを想ってくれる、あのときの幼馴染の声だった。


 ――――

 

 そのとき


 ──コン、コン。


 控えめなノックが響いた。

 

 「アミリア様……お取込み中、申し訳ありません。……その……臨時会議の連絡がありました。」

 

 ミラの声は、“今この瞬間だけは本当は呼びたくなかった”そんな迷いを含んでいた。

 

 アミリアの側近であり、一番の理解者。

 

 だからこそ、再開のひと時に水を差すことへの後ろめたさと、賢者の務めを伝えなければならない義務の間で胸を締めつけられていた。

 

 アミリアは一瞬だけ黙り込んだ。

 

 行きたくない――そんな気持ちが、表情の端に滲んでいた。

 

 僕の手を包む指先が、ほんの少しだけ強くなる。

 

 「……分かりました。すぐ行きます。」

 

 扉の向こうで、ミラが小さく息を呑む気配がした。

 

 その音には、心の底からの申し訳なさが混じっていた。

 

 アミリアは名残惜しそうに僕を見つめる。

 

 「すぐ‥‥戻るから」

 

 その声は、聖女のものじゃない。幼馴染でもない。

 

 一人の普通の少女の声だった。

 

 アミリアはそっと立ち上がる。

 

 扉へ向かう直前、アミリアは振り返り、笑顔を見せてくれた。

 

 ――――


 アミリアが部屋を出ていくと、その女性が静かに入ってきた。

 

 「……はじめまして、ロキさん。私は魔導師団・水の隊所属のミラ・レイン。普段はアミリア様の執務の補助をしています。」


 薄青の髪の、凛とした女性が自己紹介をしてくれた。


 「あ、はじめまして。僕、魔導学院五年生のロキ・グレイシアです。」


 慌てて名乗る僕を見て、ミラさんは小さく笑った。


 「ふふ……知っていますよ。ロキさんのことは、いつもアミリア様から聞いていますし――それに学院のミール・ロットとは腐れ縁ですから。」


 「ミール先生と?」


 思わず声が出た。


 「ええ。あの人からは以前、“どこかの学生さんが作った贈り物をアミリア様に渡せ”なんて無茶な頼みをされたこともありました。」 


 ミラさんは肩をすくめた。


 「でも、アミリア様がとても喜んでいたので……結果的には良かったんですけれどね。」


 胸が跳ねる。


 「あれを……ミラさんが。」


 「そうですよ。ロキさんの思いをアミリア様はずっと大事にしていました。」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 気づけば、自然と声がこぼれていた。


 「本当に……ありがとうございました。」


 ミラさんは、ふっと柔らかく微笑んだ。


 「聖浄院でロキさんの名前が出るたびに、アミリア様……夢中になってあなたのことを話すんですよ。」


 (なんで僕の名前……?) 


 ミラさんは続ける。


 「今回、救援に行かれた闇の賢者ノクス様が、ロキさんを連れて行こうとしたら、“ロキは渡さない”って、ノクス様から奪うように、連れてきたの。」


 胸が熱くなる。アミリアが……そこまで。


 ミラさんは少しだけ微笑んだ。


 「でも私は、今のアミリア様を見ている方が嬉しいんです。普段は氷みたいな表情で……今の方がずっとアミリア様らしい。」


 アミリアを思うミラさんの気持ちが、静かに伝わってくる。


 言葉が出なかった。


 ミラさんは優しい声で言った。


 「ロキさん。アミリア様は……ロキさんと同じくらい、あなたのことを想っていらっしゃいます。」


 胸が締めつけられる。


 「一緒にいられる時間も、長くはありません。明日には学院の病棟に移ることになるでしょう。せめて今晩だけでも、ゆっくり過ごしてあげてください。」


 静かな聖浄院の部屋に、その言葉だけが深く落ちていった。


 そう言うと、ミラさんは静かに部屋を出ていった。


 ……こんなに静かなんだ。水の音だけがかすかに聞こえる。


 ――――

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