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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第13章 ダンジョンの謎と覚醒
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第68話 脈動したダンジョンと力の逆流

 ――――

 

 その時、ダンジョンの中で、何かが脈動した。

 微かな意識の縁で、僕の体の中に“何か”が流れ込む。


 ――なんだろう


 すごく温かい。まるで――抗えない狂気から僕を守ってくれるような優しさ。

 

 何かが見える――――

 

 窓辺で本を読んでいる"女性”。


 本の"しおりの糸"がそよ風でなびいている。


 優しく微笑む横顔がなぜか懐かしい。

 

 (……ここは……? 誰……?)


 女性のかすかな声がロキの意識に触れた。

 

 「──七理の残響を……」


 「―――――」


 その瞬間、何かの力が流れ込む。


 それは、自分自身の中で、“何かが逆流する”ような感覚。

 意識が朦朧とする。

 

 ――僕は立ち上がる。


 何で?何で、僕は立ち上がれるのだろう?


 女魔導士が不思議そうな顔で言葉を落とす。


 「あら、まだ立ち上げれるの?意外だったわ」


 視界に三体の魔物。


 光を吸い込むような灰色の皮膚。

 筋肉の線が不自然に盛り上がり、まるで“人間の構造を真似た別の生き物”のよう。


 指先には、骨がそのまま伸びたような鋭い爪。

 見えなかった魔獣。


 何で見えるの?


 だけど──おそろしい魔獣のはずなのに、なぜか落ち着いている。


 静かだ。


 まるで、恐怖が逆流した“構造”に上書きされているようだ。


 三体の魔物が迫ってくる……


 でも‥‥なんでこんなにゆっくりなんだろう。


 剣を振らないと……


 見えない敵には何だっけ?……


 ――思い出した。


 思い出した?……何を?……何で?


 たしか……


 「……七理の法剣……闇の刃」


 胸の奥から自然とその言葉がこぼれた。


 「冥影斬!」


 ――光る。


 異形を切り裂く“黒い光”が走る。


 置き去りにされたを抜刀音が空気を震わす。

 光りが消えると同時に、三体の“見えない異形”が両断され崩れ落ちた。


 魔物たちは断末魔を発する間もなく沈黙した。


 魔力を失い、輪郭がゆっくりと現れる。


 ――遅れて“風”が吹き抜けた。


 ――――――


 皆が呆然とする。


 黒マントの男も、僕を弄んでいた女魔導士すらも、その一瞬だけ動きを止めた。


 まるで、“ありえないもの”を見たかのように。


 リオナが、喉の奥で言葉を探すように呟く。


 「……ロキ?」


 リーフは、杖を手にもち震えている。


 「あいつ‥‥何をしたんだ?」


 リリーとエレナは、互いにしがみつきながら、かすれた声で言った。


 「何かを切り割いた……」


 黒マントの男は、僕を見つめたまま低くつぶやいた。


 「……なんだ今のは……なぜ虚影獣が死んだ?」


 声は低く、動揺している。


 怒りでも恐怖でもなく、ただただ理解ができない。


 女魔導士は、震える声で叫んだ。


 「……私のかわいい子達が……死んでる……?」


 その声は怒鳴り声ではない。

 震えを押し殺した、屈辱に焼かれた声。


 目が見開かれ、理性が崩れ落ちていく。


 「ふざけないで……きさまーー!」


 声が裏返る。怒りと混乱で、言葉がうまく形にならない。


 「……ゆるさないわ!」


 杖を握る手が震え、魔力が漏れ出す。


 空気がビリビリと震え、床の影がざわつく。


 「全身の皮をはいで……目玉をくりぬいて…‥はらわたをひきずりだして……死ぬまで苦痛を味わわせてやる……!」


その叫びは、奪われたものへの純粋な怒りだった。


 女魔導士の手に刻印された黒い六芒星が黒く光り、周囲に魔法陣の花が開く。


 「贄の鮮血を闇に捧ぐ──!」


 黒い羽根のような禍々しい魔力が舞い上がり、


 空気が沈むと同時に、どろりと濁った“黒水”が宙へと湧き上がった。


 次の瞬間――その黒水は、重力を無視したように一気に膨張し、濁流のような勢いで前方へと叩きつけられた。


 床を砕きながら迫る“黒い津波”。 


 触れた空気すら腐らせる“穢れの奔流”が襲いかかる。


 ――その瞬間


 ロキは無意識にその言葉を口にした。


 「七理の法剣……水の刃」


 濁った黒水が迫る。


 「――蒼流閃…!」


 ――光る。


 “青い光”が走り、黒い津波を切り裂く。


 置き去りにされたを抜刀音が空気を震わす。


 黒い水は、聖水のように青く輝く水の刃にかき消されれ、そのまま、女魔導士へ迫る。

 

 ――その時


 黒マントの男の魔法障壁が発動し、ロキの剣と衝突して光がほとばしる。


 その間、刹那。


 だが──

 

 バリーン


 ロキの剣圧が黒マントの男の魔法障壁を破った。


 「なんだと?!」


 黒マントの男が驚愕すると同時に、ロキの剣が女魔導士の肩口を切り裂いた。


 女魔導士は、まるで時間を奪われたように、完全に動きを止めた。


 瞳が揺れ、何が起きたのか理解できないという色が浮かぶ。


 しかし、自分の肩から噴き出す赤い血しぶきをみてその意味を理解した。


 ――女魔導士は膝を着く。


 体が震えるほどの怒り。自尊心を踏みにじられた“屈辱”


 黒マントの男は、ふらつく女魔導士の肩を押さえながらロキを見据える。

 その目に宿っていたのは、怒りでも焦りでもない。

 

 ──想定外の存在を前にした観察者のような目だった。


 黒マントの男は、女魔導士を支えながら言った。


 「……お客がきた。時間切れだ……」


 その声音は、敗北でも焦りでもない。

 僕という存在を、これから観察しなければならない。


 そんな含みを帯びていた。


 次の瞬間、空間が歪み、二人の姿は霧のように消えた。


 ――生徒たちは声が出なかった。


 魔欠の出来損ないと呼んでいたロキの、得体のしれない力。


 恐ろしい女魔導士の魔法を切り裂いた“不気味さ”。


 誰も近づけない。誰も声をかけられない。

 ロキの周囲だけ、空気が違っていた。


 それはまるで“人ではない何か”が立っているような、静かな圧。


 その中心にいるロキ自身も、何が起きたのか分からないまま立っていた。


 世界の音が、ロキから遠ざかっていた。


 ――――――


 ――その時


 大穴の上から、複数の魔力光が降りてきた。


 光は落下の勢いをふわりと殺し、地面に触れる直前で人影へと形を変える。


 教師と、魔導師団。


 そして──その中心に、深い闇色のローブを纏った人物がいた。

 

 闇の賢者 ノクス・グレイブ


 黒いローブが揺れた瞬間、生徒たちの背筋に冷たいものが走る。


 本来、聖浄院から出るはずがない六賢者の一角。


 その存在がここにいるという事実だけで、“異常事態”であることが分かった。


 その姿を見た瞬間、生徒たちの間にざわりと震えが走った。


 次の瞬間──生徒たちは、反射的に膝をついた。


 「……っ、賢者様……!」


 「な、なんで……ここに……」


 誰もが片膝をつき、頭を垂れ、礼の姿勢をとる。

 かつて、これほど近くで賢者を見たことなどない。


 教科書の中の存在。遠い神殿の奥にいるはずの人物。


 その“本物”が、今、目の前に立っている。


 闇の賢者は何も言わない。


 ただ、静かに場を見渡すだけで、空気が重く沈んだ。

 その沈黙だけで、生徒たちの背筋が震える。


 魔導師団のセルド隊長は、崩れた瓦礫と倒れた生徒たちを見て息を呑む。


 「……これは……何が……?」


 担任のミールが声を張る。


 「みんな無事か!けが人は──」


 リオナが声をあげる。


 「ミール先生!リリーとエレナが……それとロキがひどい怪我で……」


 その声は震えていた。惨状の恐怖が、まだ抜けていない。


 リリーとエレナは、最後まで女魔導士に立ち向かった。

 全身がひどい傷だらけで、立ち上がることすらできない。


 闇の賢者ノクスの視線が、空気に残る“傀儡糸の残滓”を捉える。


 断たれた糸は、なお微細に震えていた。

 その揺らぎだけで、ノクスが知るには十分だった。


 この糸を操っていた者が、どれほどの闇魔法の技量を持つかを。


 ノクスがリリーとエレナに視線を移した。


 「……傀儡の糸を断ったのは、お前たちか。」


 二人は震えが止まらない。言葉がでない。


 寄り添いながら小さく頷く。


 二人の顔には恐怖で涙の跡が残っている。


 学生が対峙するにはあまりに理不尽で強大な敵。


 ノクスはほんのわずか、目を細めた。


 「恐れから逃げずに、闇を視た者の働き……その目を失うな。」


 それは褒め言葉ではない。


 “認めた”のだ。

 

 その瞬間──周囲の生徒たちが、息を呑んだ。


 「リリーとエレナが賢者様に認められた……?」


 賢者に認められた。


 それは、この国の魔導士にとって最高の栄誉である。


 極めて重い、本物の評価だった。


 セルド隊長が瓦礫の陰に倒れているロキを見つけた。


 「ミール!こっちだ」


 ノクスの視線は、ゆっくりとロキへ向かう。


 魔欠と呼ばれる剣を持った少年が血まみれで倒れている。


 そばには切り裂かれた三体のS級魔獣。


 不可視の虚影獣・ヴォイド・ストーカーの死体が転がっている。


 その意味をノクスは理解した。


 ロキの全身には、魔獣の爪に裂かれた深い傷。

 皮膚は裂け、肉が見え、血が床に広がっている。


 生きているのが不思議なくらいの致命傷。

 

 ミールが駆け寄り、叫ぶ。


 「ロキ!死ぬな!!」


 治癒の光がロキの身体を包むが、傷は深すぎて光が追いつかない。


 ロキの意識は朦朧としていた。

 

 視界が揺れ、音が遠い。


 (ミール先生?‥‥…)


 意識が遠のく……


 ミール先生の声が、水の底から聞こえるようにぼやけていく。。

 声でかすれて出ない。


 「……ミール先生が……助けて……くれたんですね……」


 ミールは一瞬、動きを止めた。


 その顔には、困惑と戸惑いが浮かぶ。


 「……お前、何を言ってるんだ……?」


 その時──闇の賢者ノクスが、静かに言葉を落とした。


 「……この少年を、聖浄院の治療室へ運べ。」


 その声だけが、薄れていくロキの意識に深く染み込んだ。


 (……聖浄院……?そんな……場所に……)


 ロキの意識は、深い闇に沈んでいった。


 ――――

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