第67話 戦慄の女魔導士
黒マントの男が不機嫌そうに言う
「ちっ‥‥失敗のうえ、ガキどもに見られるとは」
女魔導士が冷たく微笑む
「運のない子供達ね。……でも、せっかくだから愉しませてもらおうかしら」
(何だこいつら…‥失敗って?)
リリーは叫ぶ。
「なんなの、あなたたち!みんなを戻して!」
女魔導士は優雅に杖を持ち上げた。
その動きは舞踏のように滑らかで、杖先に黒い魔法陣が花のように展開する。
その手の甲には、闇の中でも分かるほど深い黒で刻まれた六芒星が浮かび、まるで呪いの紋章そのものが脈打っているかのようだった。
魔法陣が幾何学模様に重なり、闇色の光が静かに脈動した。
その光に照らされながら、女魔導士は冷ややかに微笑む。
「だめよ……あなた達はもう“餌”……」
女魔導士が品定めするように舌なめずりをする。
ゾク!――――背筋が凍る。
やばい。この女はやばい。
僕は魔力のことは分からない。
でも、直感がつげる。今まであったどんな敵よりもやばい。
――空気が変わった。
女魔導士の周囲だけ、まるで“温度”が違う。
冷たいのに、肌が焼けるような感覚。
視線を向けられただけで、背骨の奥がざわつく。
この女は、存在そのものが、間違っている。
女魔導士の魔法陣が爆ぜ、闇の散弾がリリーとエレナに降り注ぐ。
「きゃあああ!!」
二人は、吹き飛び床に叩きつけられた。
「リリー! エレナ!!」
僕が駆け寄ろうとした瞬間、女魔導士の視線が僕を射抜く。
背筋が凍る。
「あら剣なんて。ずいぶん珍しいものを持ているのね。」
その声は、まるで“おもちゃを見つけた子供”のようだった。
興味と愉悦が混ざった、底のない声。
リリーとエレナが同時に立ち上がった。
二人の足元に黒い花弁のような魔法陣が広がり、闇属性特有の冷たい光が揺れる。
二人はわずかに震える指先で互いの手を触れ合わせ、前へと踏み出した。
「双影障壁──!」
二人の声が重なった瞬間、
魔法陣が一つに溶け合い、黒い半透明の障壁が花びらのように展開する。
闇の膜が空気を震わせ、前方に静かに立ち上がった。
女魔導士はその光景を見て、ふっと微笑んだ。
その笑みは“嬉しそう”ですらあった。
まるで、獲物が自ら檻に入ってくれたかのように。
「あら……息の合った連携魔法。こんな可愛らしい術式、久しぶりに見たわ」
女魔導士は杖を軽く傾け、唇をわずかに吊り上げる。
「なら──これはどう?」
杖をひと振り。魔法陣が三重に重なる。
――闇の矢が雨のように降り注ぎ、リリーとエレナの障壁を、まるで泡の膜のようにたやすく切り裂く。
「キャー!!」
二人の悲鳴が重なり、闇の矢がリリーとエレナの肌を刻む。
わざと急所を外している。
殺す気はない。いたぶることを心底楽しんでいる。
「いい声ね。もっと聞かせてほしいわ。」
二人の悲鳴が響く。痛みと恐怖で涙が流れている。
その様子を見ている同級生たちも震える。
とても人のやることとは思えない。
常軌を逸した残虐さに誰も動けない。
女魔導士は、倒れているリリーを魔力で組み敷いた。
「あーいい顔。……綺麗なお肌でうらやましい。このお腹の中はどうなっているのかしら」
リリーのお腹へ、女魔導士の指先がゆっくりと伸びる。
触れたわけでもないのに──空気が裂けるような冷たさが走った。
指先が、横にすっとなぞる。
まるで、“ここを切り開くと決めた線”を描くように。
「いやーー!!」
リリーの血の気が一瞬で引き、喉が裂けるような悲鳴が響く。
「やだ……やめて……!」
エレナは口元を押さえ、涙をこぼす。
誰もが理解した。
“あの女魔導士の前では、自分たちはただの玩具だ”
そして、次は自分たちの番だという絶望。
本能が逃げろと警告する。
背中を冷たいものが走り、足がすくみそうになる。
でも、エレナとリリーナは必死に戦っている。
震えながら、それでも前に立っている。
女子二人が勇気を振り絞っているのに、僕だけが動けないわけがなかった。
――叫びと同時に、僕は地面を蹴った。
「やめろー!」
恐怖を押し殺し、全身の力を剣に込めて女魔導士へ切りかかった。
ガキーーン!
僕の剣がは女の体に届いていない。透明な壁が、火花を散らして弾いた。
「なかなかの力ね。ここまで衝撃を感じるなんて……悪くないわ」
その声は、褒めているのに“嘲っている”。
まるで、僕の必死さすら玩具にしているようだった。
「でも、剣なんかじゃ、私の壁は壊せなくってよ」
その言い方が、無駄とでも言いたげで、胸が焼けるように悔しい。
――僕は剣を振る。
届かなくても、意味がなくても。それでも振る。
「みんな、にげろー!!」
生徒達は猛獣に睨まれた小動物のようにたた立ちすくす。
恐怖で足が動かない。
障壁に弾かれ、腕がしびれても、足がふらついても。
女魔導士は、ただ楽しそうに僕を見ていた。
皆が逃げる時間を稼がないと。
僕は叫ぶ。
「早く……にげてーぇぇ!!」
――リリーとエレナが立ち上がる。
「傀儡だけでも…………」
指先に魔力が集まる。弱々しいが、確かな光。
エレナも隣で歯を食いしばり、同じように魔力を指先に集中させていた。
「リリー……合わせる!」
二人の足元に、黒い花弁のような魔法陣がふたつ重なる。
リリーとエレナが震える声で続ける
「あれが傀儡の“糸”……」 。
「黒い糸……ジョシュアたちの魂を縛ってる……!」
ジョシュアたちの身体には、確かに細い黒い糸が絡みついていた。
光の角度でかろうじて見えるほどの、闇の糸。
――リリーとエレナが指を振る。
二人の闇魔法が重なり、黒い糸に触れた瞬間
ビシィッ!!
鋭い音を立てて、糸が弾け飛んだ。
ジョシュアたちの身体がガクンと揺れ、そのまま崩れ落ちる。
「ジョシュア!!」
生徒達が駆け寄る。僕も息を呑む。
「傀儡が解かれた」
女魔導士の表情が、“怒り”に染まった。
「……こざかしい小娘どもね」
――次の瞬間、静観していた黒マントの男が低く言った。
「ジェルノ、遊んでいる暇はないぞ。上から近づいている。」
女魔導士は肩をすくめ、ゆっくりと杖を下ろした。
「これからがいいところなのよ……。」
その声は、まるで舞台の幕が切り替わる合図のようだった。
空気が変わった。
冷たく、重く、肌にまとわりつくような圧が広がる。
女魔導士はゆっくりと杖を掲げた。
その動きは、何かに“命令”を与えるようだった。
「あなたたち──いいわよ。"ゆっくり"味わいなさい」
まるで、檻の中の獣に許可を出すような仕草。
女魔導士の指先が空をなぞる。
その優雅さが、逆に恐怖を際立たせた。
――何かがいる。
見えないけど“何か”がいる。
空気の密度が変わり、耳鳴りがする。
その瞬間、背中に“熱”が走った。
「──っ!!」
焼けつくような痛みと衝撃が同時に襲い、身体が勝手に前へ倒れ込む。
床に落ちた僕の影の下へ、ぽたり、と赤い滴が落ちた。
「ロキ!!」
皆の叫びが遠く聞こえる。
皆は、見えない“何か”にたじろぐ。
透明の爪が、ロキの腕を、脚を、胸を切り裂く。
「ぐあああああ!!」
僕は、地面に叩きつけられ、肺の奥から血を吐いた。
床に広がる赤が、じわりと視界を染める。
女魔導士はゆっくりと歩み寄り、壊れかけた玩具を眺めるように僕を見下ろした。
「剣を持つだけあって体は頑丈なようね。」
透明の影がロキの喉元に手を伸ばす。
見えない指先が、皮膚のすぐ上で空気を歪ませる。
女魔導士がしゃがみ込み、僕の顔を覗き込むようにして微笑んだ。
その距離は、息が触れそうなほど近い。
「ねぇ、僕。痛い?苦しい?……」
囁く声は、まるで子どもをあやすように柔らかい。
「こうすると……どうかしら?」
女魔導士の指先が、僕の傷口の縁をり、ゆっくりと味わうように這った。
指の腹が、熱を帯び、割けた肉の上をねっとりと滑っていく。
優しい指先がおぞましい。
「うわっ……ああああ!!」
焼けつくような激痛が背骨を駆け上がり、視界が白く弾けた。
「あー若い男の子の悲鳴ゾクゾクしちゃう!もう一度‥‥もっといっぱい叫んで!」
女魔導士は僕が苦痛の叫びをあげるごとに興奮し、弄ぶ。
――痛みで僕の意思が遠のく・・・
「あら。……もう気を失っちゃうの?でもダメ。寝かさないわよ。」
透明の影が僕の髪を掴み、頭を床に叩きつける。
「がっ……!」
視界が白く弾ける。
黒マントの男の苛立ちが爆発する。
「いい加減にしろジェルノ!すぐそこまできてるぞ。――さっさと始末しやがれ変態が!」
女魔導士は、愉しみを邪魔する黒マントの男に悪態をついた。
「……ちっ!」
女魔導士の狂気の“始末の気配”に、同級生たちは震えていた。
何もできない。怯えと絶望だけが空気を満たしていた。
僕の意識が、深い水底へ沈むように遠のいていく。
――前が見えない。もう痛みもない。
(ここで死ぬのかな‥‥アミリアのところに行かなくちゃ……でも……約束守れなくて……ごめん)
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