第66話 傀儡魔法
――静寂が残る。僕は小さく息を吐いた。
「……みんな、ごめん。僕のせいで」
皆、悲しそうな目をしていた。
魔欠は――みんなと同じ場所に立つことすら、許されないのだろうか。
何もしなければ侮蔑され、努力すれば恨まれる……
僕は荷物を背負い直し、重い足どりで歩き出した。
胸の奥が、ひどく冷たかった。
――――――
ルミが、ふと呟くように言った。
「ねえ……このダンジョンって、どれだけ深いのかな」
ニールも低い声で続ける。
「そもそも誰が作ったのかな。無限に湧いてくるモンスターに、仕掛けられた罠……普通の遺跡じゃないよね」
その言葉に、ルミが小さく頷いた。
「大昔の遺産だって、お爺様に聞いたことあるよ。昔、上級魔導士が三十階層までたどり着いたけど……強力な魔獣に太刀打ちできず逃げ帰ったって」
ニールが目を丸くする。
「三十階層……そんなに深いの?」
「うん。でも、それより下は誰も見たことがないんだって。」
ルミは淡々と答えたが、その声には底の見えない深淵を覗くような気配があった。
ニールが続ける。
「でもさ、モンスターが尽きないなんて……自然にできるわけないよ」
ルミは暗闇を見つめた。
「“何かの目的で作られた施設”って説もあるみたい。ただの遺跡じゃなくて……何かを守ってたり、とか」
――やっぱり、僕もただの遺跡とは思えない。
胸のざわつきが、また少しだけ強くなる。
僕たちは湧き出る魔獣を倒しながら、順調に階層を下っていった。
休憩を挟みつつも着実に進み九階層へ到達した。
――その瞬間
ごぉ……ん……
地の底から響くような、重く鈍い“崩れる音”が遠くで鳴った。
石壁がわずかに震え、天井から砂がぱらぱらと落ちてくる。
ニールが眉をひそめる。
「今のは……?」
その直後。
「うわぁーーー!!」
叫び声が、九階層の静寂を切り裂いた。
反響する声は一つではない。
複数の足音、悲鳴、何かが倒れる音が通路の奥から押し寄せてくる。
僕は剣を握り直した。
(……ただごとじゃない!)
――――僕たちは走った。
通路の先は──大穴が口を開けていた。
ただの崩落ではない。
黒い闇が、底の見えない深さで“ゆっくりと吸い込むように”揺れている。
まるで地の底が呼吸しているみたいに、ひゅう、と冷たい風が頬を撫でた。
崩れた床の縁には、生徒たちが壁にもたれ、震えていた。
「先行してたチームが……何人か落ちた……!
急に、下から爆発みたいなのが……!」
言葉が震えている。
「助けないと!」
僕は穴の縁に駆け寄り、下を覗き込む。
階層が“連なって”崩れている。
その下から──
「きゃああああああ!!こないで!!」
女子生徒の悲鳴が響き渡った。
僕は剣を構えたまま耳をとぎ澄ます。
皆、固まって誰も動けない。ニールとルミも、混乱している。
僕は剣を握り直し、叫んだ。
「皆は先生たちに知らせて!」
その瞬間、ニールが僕の腕を掴もうと手を伸ばす。
「ロキ、待って──!」
けれど、その手は空を切った。
僕はもう、崩れた階層へ飛び降りるように駆け下りていた。
迷っている時間はない。悲鳴が、まだ下から響いている。
――――
十階 十一階 十二階 十三階 十四階
そして――地下十五階層で、崩落はようやく止まった。
空気が変わった。
湿った土と鉄の匂いが混ざり、息を吸うだけで胸が重くなる。
「あ、あ……」
嗚咽が闇に溶けていた。
僕が足を踏み入れると、崩れた瓦礫の陰に、血まみれの生徒たちが数名倒れていた。
けが人が大勢いる。
ミランダは青ざめ、杖を握る手がカタカタと鳴っていた。
「は、はやく止血……しないと……」
リオナは魔法薬を取り出し、落ち着いた声で言う。
「大丈夫よ。傷は治るわ。」
魔法薬師のカーミラさんの指導どおり、リオナは迷いなく対処している。
ミランダは頷こうとするが、手が震えて薬瓶を落としそうになる。
制服は裂け、腕や脚には深い爪痕。
床には赤黒い血が広がり、まだ温かい湯気を立てている。
セシルは口元を押さえ、呆然と立ち尽くしていた。
僕は、倒れている生徒に駆け寄った。
「何が!?」
――その時
土の壁が立ち上がった。
キースが魔法で何かを防ごうとしている。
「く、来るなよ……来るなよ……!」
その横でリーフが震える杖を構え、必死に周囲を見回している。
生徒の一人が、震える指で闇の奥を指した。
「……みんなが……みんなが……」
次の瞬間── “それ”が姿を現した。
学院のマント。制服。見覚えのある顔。
火属科のジョシュアたちだ。
光が当たった瞬間、それが同級生の“異様な姿”だと分かった。
目に生気はない。
瞳孔は開ききり、焦点がどこにも合っていない。
皮膚には黒い紋様が浮かび、まるで闇そのものが身体を這っているようだった。
僕は思わず声を漏らした。
「ジョ、ジョシュア……?」
ジョシュアは反応しない。
糸で吊られた人形のように首を傾け、ぎこちない動きで一歩、また一歩と近づいてくる。
皆が一斉に息を呑んだ。
「やだ……ジョシュア……嘘でしょ……?」
恐怖が波のように広がる。
影から闇属科のリリーとエレナがすっと現れた。
「私たちはとっさに影に隠れて無事だったけど……みんなは備える余裕がなくて」
エレナはジョシュアの身体を覆う黒い紋様を見つめ、震える声で続ける。
「闇の傀儡魔法よ……縛られてる……」
その時、ジョシュアの口が、かすかに動いた。
「……た……す……け……」
その瞬間、ジョシュアの身体だけが獣のように跳びかかった。
――僕たちは散開し、かろうじて避ける。
僕は剣を構えたまま、どこかに術者がいないか探る。
――――すると
足音もなく黒マントの男が現れた。
その隣に立つ女は、白い肌が闇に浮かび上がるような、毒めいた美しさを放ち、触れれば凍りつくような気配をまとっている。
――――




