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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第13章 ダンジョンの謎と覚醒
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第65話 嫉妬とプライド

 共和国歴一九九九年


 僕は一七歳となり、魔導学院の五年生に進級した。


 午前の鐘が鳴り、授業開始を告げた。

 期待と緊張が入り混じるざわめき。

 窓から差し込む春の光が、教室の空気を柔らかく揺らしている。


 そこへ、ジョーンズ先生が入ってきた。

 壇上に立つと、分厚い資料を抱えたまま、いつもの落ち着いた声で言う。


 「静かに。」

 

 その一言で、教室がすっと静まった。

 

 「さて、五年生諸君。今日は恒例の――ダンジョン実習だ。」


 教室が一気にざわめく。

 

 ジョーンズ先生は手を叩き、黒板に魔法で文字を浮かべた。

 

 「今回の実習の目的は、ダンジョンの地下十階層までの踏破だ。

  そのために必要な―― 索敵、魔物への対処、罠の回避などの技術を学ぶ。」


 ざわめきがさらに大きくなる。

 

 「十階層って……結構深いよな……」

 

 そんな声があちこちから漏れた。

 

 ジョーンズ先生は、少しだけ表情を曇らせる。

 

 「……十階層となると、Bランクの魔獣の出現が確認されている。油断すると命取りになる。」

 

 教室の空気が、緊張でわずかに震えた。

 

 「ただし、危険があれば即座に撤退する判断も必要だ。イレギュラーへの対処のため、我々教師も待機する。」


  その言葉に、生徒たちはほっと息をつく。

 

 ジョーンズ先生の説明が終わると、教室の空気はしばらくざわついたままだった。

 

 十階層、Bランク魔獣。実技評価。

 それぞれの言葉が、生徒たちの胸に重く沈む。

 

 やがて、実習の準備のために解散の号令がかかり、生徒たちは荷物をまとめて校舎を出た。

 

 ――――――


 ダンジョンは、央都の北側、森林地帯を抜けた先にある。

 

 アスピア共和国方面へ向かう街道は、木々の隙間からこぼれる光が道を縫うように揺れ、その上を渡る風が、緊張と期待をそっと運んでいく。

 

 だが、胸の奥にあるざわめきは消えない。

 

 ダンジョンで何が待っているのか。

 そんな思いを抱えたまま森を抜けると、巨大な石造りの建造物が姿を現した。

 

 苔むした外壁、ひび割れたアーチ。

 風が吹くたび、古い石がかすかに鳴る。

 

 建造物の前には、円形に石が並ぶ広場が広がっていた。

 “儀式の祭壇”のようにも見えるが、その配置は妙に精密だ。

 

 中央の石盤には、長い年月で摩耗しながらも、幾何学的な線と、手で触れられたような磨耗の跡が残っていた。

 

 周囲の壁には、棚のような窪みがいくつも並び、そこだけ苔の付き方が薄い。

 まるで――かつて誰かが、そこで何かを扱っていたかのように。


 それが何で、誰の手によるものなのかは、今となっては誰にもわからない。


 ――――


 入口の前には、すでに各班の生徒たちが集まっていた。

 

 緊張と期待が混ざった声が、森の空気に溶けていく。

 

 「ここがダンジョンか……」

 

 誰かの呟きが、石壁に吸い込まれるように消えた。

 

 「ねえ、今回の実習って評価大きいんでしょ?」

 

 別の女子グループは、真剣な顔で相談している。

 

 「私、実技がギリギリで…… ここで稼がないと試験危ない」

 

 その声を聞きながら、僕は静かに息を吸った。


 ――ジョーンズ先生が、生徒たちを見渡しながら静かに告げた。

 

 「各自パーティーを組み、順番にダンジョンへ。危険を感じたら、迷わず撤退の判断をしろ。」

 

 ジョーンズ先生の声が石壁に吸い込まれ、空気が張りつめた。

 

 薄暗い通路。壁を走る魔力の脈動。

 ダンジョンそのものが、ゆっくり呼吸しているように見えた。

 

 ニールが小さく呟く。

 

 「……ここがダンジョンか。初めて来たよ」

 

 僕もだ。けれど胸の奥は妙に静かで、どこか"懐かしい"ような感覚すらあった。


 他のパーティーは、足早に奥へ消えていく。

 

 魔工科の三人――僕、ニール、ルミは、慎重に一歩ずつ進んだ。


 火属科の生徒は、炎で闇を押し退けるように前方を照らして進む。

 

 闇属科のリリーとエレナは、その列の中でも"ひときわ静か"だった。

 光の届かぬ隙間を縫うように、影へ溶けていった。

 気配すら揺らさず、まるで闇そのものが彼女たちを迎え入れているかのように。


 途中、早々に迷子になって揉めている声も聞こえた。

 

 階から四階までは、ネズミ型、コウモリ型の魔物、落とし穴の罠。

 どれも大した脅威ではなく、淡々と処理して進んだ。

 

 ――そして五階層手前。

 

 通路が急に明るくなり、熱風が吹き抜けた。

 炎の残り香。焼け焦げた魔物の匂い。

 

 「……これは、リオナだね」

 

 ニールが肩をすくめた。

 その先で、リオナが火炎を収めてこちらを振り返る。


 足元には、黒く焦げた魔物の残骸が、形を保ったまま一撃で沈んでいた。

 

 炎の軌跡は壁にすら触れていない。

 “狙ったものだけを焼く”――火属科でもごく一握りしかできない精度だ。


 リオナが僕たちに気づき、火炎を収めて振り向く。

 

 「あ、みんな! 無事だった?」

 

 僕は思わず感心して言葉が出た。

 

 「さすがだね、リオナ。魔法薬の生成だけじゃなくて……魔法も、しっかり練習してるんだ」

 

 その言葉に、リオナの頬がふっと赤く染まる。


 リオナは火炎を収め、軽く息を整えた。

 

 「……ここから先はレベルが上がるわ。油断しないようにしないと」

 

 短い言葉。けれど、その奥には――

 かつての失敗を二度と繰り返さないという、固い決意が滲んでいた。

 

 その言葉に、僕の胸のざわつきがわずかに強くなった。

 

 (僕も油断しないようにしないと……)

 

 ――――――


 五階層・中継地点。

 

 天幕の灯りが揺れ、どの班も軽食をとりながら休んでいる。

 僕たちも食事を終え、そろそろ出発しようとした。


 ――その時。

 

 「……おい、魔欠」

 

 背後から、冷えた声が落ちてきた。

 振り返ると、風属科のリーフだ。

 貴族らしい整った顔に、抑えきれない苛立ちが浮かんでいる。

 

 「まだその泥臭い剣で戦ってるのか?」

 

 まただ。周囲の空気が一瞬で張りつめる。

 リーフの後ろには、スカイレースで屈辱を味わったセシル、一年の頃に僕をいじめていたエレーナもいる。

 

 同じ風属性のパーティーらしい。

 リーフが一歩、僕に近づく。

 

 「いいか。リオナに近づくな。お前みたいな孤児院上がりが、リオナの隣に立てると思うな」

 

 セシルとエレーナは無言で僕をにらむ。

 その目には、はっきりとした敵意があった。

 

 その時、影が揺れた。

 闇属科のリリーとエレナが、いつの間にか僕の横に立っていた。

 影の中から静かに、しかし鋭く。

 

 「……あなた達みっともないわね」

 

 「負け惜しみを並べる暇があるなら、実力を磨けば?」

 

 リーフの顔が歪み、吐き捨てるように言う。

 

 「何だお前ら。口をはさむな。影に隠れてるだけのくせに偉そうに……」

 

 リリーが一歩踏み出す。

 

 「隠れてる?“見えてないのはあなたの実力よ”」

 

 リーフは唇を噛む。


 そこへ、火属科のジョシュアと水属科のミランダも口を挟んだ。

 

 「俺も一年の時の借り、返してねぇしな」

 

 「先生に目つけられたの、あんたのせいなんだから」

 

 土属科のキースまで参戦する。

 

 「スカイレースでは遅れたが……ここは魔力勝負だ」


 ――ああ、ずっとくすぶっていたんだ。

 

 小さな火種みたいに、誰の胸の奥にも残っていた不満や嫉妬が、いま、同じ場所に集まって一気に爆発した。

 

 触れれば弾けるほど張りつめた空気が、中継地点の通路をゆっくりと満たしていく。

 中継地点の空気が、異様なほど重くなる。


 ルミが慌てて声を上げる。

 

 「みんな、落ち着いて!」

 

 そこへリオナが駆け寄り、リーフを制した。

 

 「リーフ……お願い。やめて」

 

 だが、リーフは吐き捨てるように言った。

 

 「ここはダンジョンだ。剣でちんたらやってると……うっかり魔法に巻き込まれるかもな」

 

 そのまま、彼らは出発していった。


 ―――


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