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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第12章 不穏な予兆
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第60話 隠した恋心  

 ある日の休日。


 ニールとルミはカーミラの工房で、魔法薬の生成指導を受けていた。

 ――そこには、リオナの姿もあった。


 あの事件のあと、リオナはどこか変わった。

 以前の彼女は、魔道具や魔法薬の製作に興味を示すことはほとんどなかった。

 

 けれど最近は、自分から「教えてほしい」と頭を下げ、工房に通うのが当たり前になっていた。

 その姿には、かつての“貴族の令嬢らしい距離感”はほとんどなく、どこかけなげで、まっすぐに努力しようとしているのが伝わってくる。


 ――魔法薬工房は、甘い香りと薬草の匂いが混ざり合い、どこか妖しい雰囲気を漂わせていた。

 

 棚には色とりどりの薬瓶が並び、奥では魔力炉が静かに脈動している。


 その中心で、カーミラが腰に手を当てて言った。

 

 「はいはい、もっと手首を柔らかく。そんな不器用じゃ男の一人も虜にできないわよ」

 

 「えっ……!?」


 エプロン姿で調合していたルミの顔が一気に赤くなる。

 

 「カーミラさん、研修中にそういうこと言わないでくださいよ」

 

 焦ったルミがビーカーを落としそうになり、ニールが慌てて支える。

 

 「だってぇ、若い子が三人も揃ってるんだもの。恋話のひとつやふたつ、あるでしょ?」

 

 カーミラは悪戯っぽくウインクした。

 

 美人なのに、どこか妖しい──これがサキュバスの本領なのだろう。


 工房の隅では、リオナが薬草を刻んでいた。

 

 ルミが興味津々といった様子で口を開く。

 

 「……みんなは、好きな人とか……いるの?」

 

 工房の空気が一瞬だけ止まった。最初に口を開いたのはニールだった。

 

 「あたしはミール先生、かな」

 

 「えっ!? 先生!?」

 

 リオナが目を丸くする。

 

 ニールは耳を赤くしながらも、どこか誇らしげに笑った。

 

 「だって優しいし、……大人の男って感じでかっこいいじゃん」

 

 「へぇ〜、ミールねぇ」

 

 カーミラがにやにやしながら頬杖をつく。


 次に、ルミの視線がリオナに向いた。


 「じゃあ、リオナは……?」

 

 リオナの手が一瞬だけ止まった。

 

 胸の奥がきゅっと痛む。――言えない。

 

 リオナは小さく首を振った。

 

 「……私はいないよ。そういうの、まだよくわからないし」


 ニールがすかさず返す。


 「ルミはどうなのさ?」

 

 「だめ、秘密」


 「ずるい!」

 

 少女たちの笑い声が工房に広がる。

 女同士の秘密の会合──そんな雰囲気が心地よかった。

 

 リオナは何も言わなかったが、ほんの少しだけ優しい表情を浮かべた。


 カーミラは薬瓶を指先で軽く弾き、澄んだ音を響かせる。

 

 「恋は女を成長させるものよ。時には魔法より強いわ」

 

 薬草の香りと少女たちのざわめきが、工房の空気にゆっくり溶けていく。


 そんな中、ニールがふと思い出したように声を上げた。

 

 「ねぇ、明日、ロキ誘って街で食事でもしない? あいつ、時間があれば窓の外眺めてるか、剣振ってるか……それしかしてないじゃん。たまには外に連れ出さないとさ」


 ルミが手を挙げる。

 

 「賛成!」

 

 リオナは、その名前が出た瞬間、胸の奥がわずかに揺れた。

 

 (ロキががんばっているのはアミリアさんのため……)

 

 けれど、表情には出さずに応える。

 

 「……私も明日は時間あるから、大丈夫」

 

 ニールは嬉しそうに笑う。

 

 「じゃあ、ロキにも声かけておくよ。集合時間は寮に戻ったら連絡するね」

 

 リオナは小さく息をついた。胸の奥に、ほんのかすかな温かさが灯る。

 少しの時間でもいい。それだけで十分だった。


 ――少女たちの笑い声は、薬草の香りに溶けるように、静かに工房へ広がっていった。


 ――――――


 翌日――青空が澄み渡り、街の中心にある大きな噴水が陽光を受けてきらきらと輝いていた。

 

 噴水の周りには屋台が並び、焼き菓子の甘い匂いと、香草を使った串焼きの香りが風に乗って流れてくる。

 家族連れが笑いながら歩き、手をつないだカップルが石畳の道を歩いていた。

 街の中央に立つ古い時計台が、ちょうど昼を告げる鐘を鳴らす。


 コーン……コーン……


 その音は街中に響き、屋台の店主たちが「そろそろ昼か」と手を止める。

 

 僕は、ニールに誘われて街へ出ていた。

 制服ではない私服姿の三人は、どこか新鮮に見えた。


 四人は昼下がりの街をゆっくりと歩き出した。


 「すぐ先に、安くておいしいって評判の店を予約したんだ」

 

 ニールの横顔が、光を受けてふっと明るくなる。

 噴水のそばを抜け、石畳の道を進んでいく。

 水音と人々のざわめきが遠くなったころ、街角に寄り添うように建つ、小さなレストランが姿を見せた。


 扉を開けると、木の香りと淡い照明が迎えてくれる。

 落ち着いた色合いの壁に、魔導ランプが柔らかく灯り、おしゃれな雰囲気が漂っていた。

 

 「わぁ……いい感じの店だね」

 

 ルミが目を輝かせる。

 

 店内には、学院の生徒たちの姿もあった。

 楽しそうな笑い声が、あちこちから聞こえてくる。


 僕たちは窓際の席に座り、料理が運ばれてくるまでの間、気づけば会話が自然と弾んでいた。


 「そういえば、来年はいよいよダンジョン探索の実習があるね」


 ニールがメニューをめくりながら言う。

 

 「ちょっと怖いなぁ……」

 

 ルミが不安そうに眉を寄せた。

 

 「リオナは魔法得意だし、魔獣討伐も余裕だろ? ほんと羨ましいよ」

 

 ニールが軽く肩をすくめる。

 

 リオナは小さく首を振った。

 

 「私は……以前、失敗してロキに助けてもらったし……偉そうなこと言えない」

 

 その言葉に合わせるように、リオナの視線がかすかに僕へ向いた。


 「だから魔法薬の練習してるんだね。……すごいよ、リオナ」

 

 僕の率直な思いだった。

 

 僕の言葉に、リオナの肩がわずかに揺れる。

 胸の奥に、そっと温かさが灯ったのが分かった。


 「私、不器用で……。実家でもほとんどやってこなかったから。ニールやルミみたいに、うまく作れない」

 

 ニールが明るく笑う。

 

 「学年で一番のくせに、魔法薬まで作れたらさ。私らの立つ瀬がなくなるって!」

 

 ルミがくすっと笑い、その笑いにつられて、僕も少しだけ肩の力が抜けた。


 ――店内の柔らかな灯りが四人を包み、

 

 温かい食事とともに、その時間は穏やかに、ゆっくりと流れていった。


 ――――


 店を出た僕たちは、昼下がりの街へ歩き出した。

 

 食後の満足感が残っていて、みんなの表情がどこか柔らかい。

 

 「あそこの屋台で飲み物買ってくる!」

 

 ニールが手を振り、屋台の方へ駆けていく。

 

 「あっ……私も行く」

 

 ルミが軽やかにその後を追った。


 気づけば、僕とリオナだけがその場に残っていた。

 

 「……二人とも自由だね」

 

 リオナが小さく苦笑する。

 

 昼下がりの風が、二人の間を静かに通り抜けた。

 街のざわめきは穏やかで、どこか眠たげで、この平和がずっと続くと錯覚してしまうほどだった。


 ――――その瞬間だった。


 どっがーーん!!


 きゃあっ――。


 遠くで、何かが砕け散るような轟音が響いた。

 続いて、甲高い悲鳴が街を裂く。

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