第56話 商人の本領
ナギルさんが、騎乗しながら魔法を操る姿。
魔獣の機動力と魔法の融合は、まるで芸術のようだった。
――だけど、僕は魔法が使えない。ナギルさんのようにはできない。
レイン先生は、祖国に馬上で弓を放つ戦士のことを言っていた。
そして、学院で僕を支えてくれる魔工科のミール先生。
僕は考えた――これまで教えてくれた人たちの力を、ひとつにできないだろうか。
そう思った瞬間、胸の奥で何かがつながった。
(……もし、“あれ”ができたら)
魔法が使えない僕でも、魔法科の生徒と対等に戦える。
いや――魔工科の僕にしかできない戦い方がある。
その日から、魔導具の自主課題として、弓矢と魔道具を組み合わせる方法を考え始めた。
ぎこちなく、へたっぴな図面だったけれど、リワードさんは笑わなかった。
むしろ、僕の拙い設計図を真剣に、熱心に聞いてくれた。
「試作を作ってみましょうか」と言われたとき、僕は首を振った。
「……僕、お金がないんです」
自分でできる方法はないかと尋ねると、リワードさんは少し驚いたように目を細め、そして言った。
「いいですよ。君の“斬新なアイデア”、私が面倒を見ましょう」
さらに、鍛冶工房のラグさんも協力してくれた。
「坊主の挑戦なら、乗ってやるよ。こういう無茶は嫌いじゃねぇ」
その瞬間、胸の奥が温かくなり、自分の手で前に進めた気がした。
――――
大会前日。
ラグ鍛冶工房では、魔道具工房のリワードとラグ親方がロキの弓矢の最終確認をしている。
ラグ親方は補強した弓を手に取り、低くうなった。
「……まさか、魔法矢とはな。坊主がこんな無茶を思いつくとは」
魔道具職人のリワードは笑いながら、矢筒の中を覗き込む。
「でも、理屈は通ってますよ。素材の選び方も、回路の組み方も……学生にしては、よく考えています」
ラグ親方が肩をすくめる。
「リワードの旦那のところも、気前よく製作費を出してやったな」
リワードは商人らしい目で矢を見つめながら言った。
「先行投資ですよ。こういう道具は、使い方次第で戦い方の幅が広がります。商人として、見逃すわけにはいきません」
そして、声をひそめる。
「魔道具協会の連中も、これは気になるでしょうね。魔導師団だって、研究対象にするはずです。……先にロキ君を囲い込んでおかないと」
言葉は穏やかだ。
だがその奥に潜むのは、“利益の匂いを嗅ぎつけた商人の本音”だった。
さしものラグ親方も、この時ばかりはリワードの“本領”を見て苦笑する。
「お前さん……ほんと抜け目ねぇな」
ラグ親方は鼻を鳴らし、補強した弓を軽く持ち上げた。
「俺もよ……こんな燃える仕事は久しぶりだ。なまった職人魂に火がついたぜ」
―――――
霧が完全に晴れ、僕とリオは先頭にいた。
セシルは大きくバランスを崩し、そのまま失速する。
リオが体を旋回させながら加速し――
『ゴール・イン』
会場が爆発するような歓声に包まれた。
「大番狂わせだぁぁ! なんとー魔工科、魔欠のロキ選手、トップでゴールイン!!」
観客席が揺れるほどの熱狂。賭けに負けた者たちが怒号を上げる。
その混乱の中、魔道具協会の視察員たちはスクリーンを見つめたまま固まっていた。
「何がおきた……? 矢に魔力を付与したのか……?」
「いや、弓なんて使える者がそもそもいないだろう」
「……いや。応用の余地はある。もし制御式の魔力回路を組み込んでいたとしたら……」
魔導師団、研究員たちが一斉にざわめき始める。
「これが流通すれば、魔法戦のバランスが……」
「戦術体系が根本から変わるぞ」
そのざわめきは、魔法関係者だけにとどまらなかった。
飛竜卸業組合の代表たちも、スクリーンを見つめて顔色を変える。
「あの速度とスタミナをもつ飛竜……あんな個体、見たことがない」
「魔法なしで、あそこまで飛竜を引き出せるのか……?」
飛竜の価値、育成法、評価基準――すべてが揺らぎ始めていた。
そんな様子を見ていたリワードが、普段のおだやかさとは違う、商人らしい計算を秘めた笑みを浮かべた。
「遅いんですよ……」
その声音は柔らかいままだったが、言葉の奥には“もう流れは決まった”と告げる静かな確信があった。
各産業界の組合員たちが息をのむ中、リワードだけが状況を見極めるように、静かに笑っていた。
――観客席では、子どもたちが跳びはねていた。
リリーナが胸を張り、誇らしげに叫ぶ。
「さすが私のお兄ちゃん!」
カーミラさんは、ふっと笑って言う。
「やるじゃないロキ。スカッとしたよ」
待機スペースから駆け寄ってきたのは、魔工科担任のミール先生、ニール、ルミ、そしてリオナだった。
ミール先生は、教師としての誇りと、抑えきれない感情が混ざった声で言った。
「ロキ……よくやった……お前が授業で熱心に図面を引いていたのは、これだったのか」
ニールが真っ先に叫ぶ。
「ロキ!! 内緒であんな秘密兵器作ってたのか!」
ルミも微笑む。
「ロキ君……お疲れさま。すごかったよ」
リオナは、呼吸を整えながらロキを見つめた。
「ロキ……私の飛竜では、とても追いつけなかったわ」
その声は、悔しさよりも、どこか誇らしげだった。
普段は気丈なリオナだが、頬を赤く染めて微笑む。
――その視線は、ずっとロキだけを追っていた。




