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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第10章 スカイレース大会
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第54話 風をまとう翼

 ――森の上空へ出ると、太陽の光が木々の海に反射し、緑の波がきらきらと揺れていた。


 その上を、飛竜たちの影がいくつも走る。

 観客は上空を見上げ、学生たちが操る飛竜の軌跡を追っていた。


 息づかいすら聞こえそうなほど、会場全体が集中している。


 風はまだ穏やかで、高度が上がるほどに空気が澄んでいく。


 その静けさが、逆に緊張を際立たせていた。

 胸の奥が熱くなる。リオの背に伝わる鼓動が、僕の鼓動と重なっていく。

 不安よりも、ただ前へ進みたい気持ちが強かった。


 ――そして、最初の上昇気流ゾーンに差しかかった瞬間、空気が一変した。

 

 森の上空を駆け抜ける風が急に荒れ、気流が渦を巻くように乱れ始める。


 「うわっ、風が強い!」


 突風が飛竜たちの翼を揺らし、高度を保てず、次々と選手の飛竜がバランスを崩していく。


 太陽の光が乱れた風に乗って舞い散り、揺れる飛竜たちの影が森へと落ちていった。


 しかしリオは違った。


 突風が吹き荒れる渓谷地帯で育ったリオは、まるで風の呼吸を合わせるように翼を傾け、乱流を滑るように上昇していく。


 風が強まるほど、リオの身体はむしろ軽くなるようで、上昇気流をつかんだ瞬間、ぐん、と加速した。


 観客席の端で腕を組んでいたナギルが、鼻で笑う。


 「そんな子供だましが、あいつに効くかよ」


 会場がどよめき、司会が叫ぶ。


 「いきなり大番狂わせ! 魔欠のロキ選手が上位に浮上してきたー!!」


 観客席がざわつき、リオナが飛竜から身を乗り出す。


 「ロキ、すごい……!」


 ルミとニールも、太陽の光を反射するリオの姿に目を丸くしていた。


 飛竜卸業組合の視察員たちが、椅子を鳴らして立ち上がる。


 「なんだあの推進力は……立ち上がりの勢いが異常だ」


 飛竜を見る目が肥えている彼らにも、動揺が走った。

 

 リオが風を切るたび、空気が震えるように見える。


 ――――


 高速区間に入ると、貴族出身の生徒たちが一斉に前へ出ようと加速した。


 「安物飛竜に負けるか! 我が家は血統付きだぞ!」

 

 「どけ、魔欠!」


 風が裂け、複数の飛竜が左右から僕の進路を塞ぎにくる。


 実況が声を張り上げる。


 「おっとー! ここで他の生徒たちが一気に仕掛けた! 高速区間は血統飛竜の独壇場か!」


 観客席がざわつく。


 「並んだぞ!」


 だが、リオは森の縁をかすめるように滑らかに旋回し、翼を畳んで滑空に移ると、風を一気に味方につけて加速した。


 「なっ……!?」


 「速……! なんで魔欠の飛竜がこんなに……!」


 貴族出身の生徒たちの叫びが、風にちぎれて消えていく。


 実況がさらに熱を帯びる。


 「これは予想外! 魔工科ロキ選手、ただの滑空ではありません!

  風の流れに乗っています! 飛竜の動きが……まるで風そのものだ!」


 観客席がどよめき、立ち上がる者まで出てくる。


 「見たか、あの加速!」


 「滑空であそこまで伸びるのか……!」


 貴族勢は焦り、無理な角度で追いすがろうとする。


 だが――彼らの飛竜の顔には、すでに疲労の色が濃く浮かんでいた。

 呼吸は荒く、翼の軌道がわずかに乱れ、速度がじわりと落ちていく。


 実況が声を張り上げる。


 「おっとー! 貴族勢の飛竜、これは限界か!?

  高速区間での無理な追い上げが響いている! 飛竜の顔つきが完全に“疲労のサイン”だ!!」


 観客席がざわつく。


 「あれはもう持たないぞ……無茶をさせすぎだ……」


 それでも貴族生徒たちは、失速する飛竜に苛立ちをぶつける。


 「はやく飛べ、役立たず! さっさと追い抜かせ!!」


 怒声が風に散り、湖面へと吸い込まれていく。


 その喧騒の中で、リリーナが小さく呟いた。


 「ひりゅうさん……かわいそう……」


 その声は誰にも届かない。飛竜たちは、もう応える力すら残っていなかった。


 ――――


 森の切れ間から光が広がり、視界いっぱいに湖が現れた。

 

 朝の光を映した水面が、空と同じ色に輝いている。


 その光の中を裂くように、リーフが横へ並び込んできた。

 怒りと焦りに満ちた声が、湖面に反射して響く。


 「魔欠が……俺の前を飛ぶな!」


 リーフの風魔法が突風を呼び、水面がざわりと揺れた。


 僕はリオの首筋を軽く叩き、短い合図を送る。


 リオは僕の呼吸に合わせるようにふわりと高度を変え、優雅に、するりと旋回し、魔法の軌道をすり抜けた。


 「!? ちょこまか逃げんな!」


 リーフがさらに魔法を重ねようとした時、僕は背に背負った“弓”へ手を伸ばした。

 

 指先が弦に触れた瞬間、世界が一拍だけ静まる。


 バッグから矢を抜き取る動作は、まるで儀式のように滑らかだった。

 湖の光が矢羽に反射し、白い線が空に浮かぶ。


 実況が声を上げる。


 「ロキ選手……構えたのは弓矢!? この時代に、その選択はあまりに古風だ!」


 観客席が失笑に包まれる。


 「彼、魔法が使えないんですって」


 「弓なんて当たるわけないだろ」


 だが僕は、そのざわめきをすべて置き去りにしていた。


 レイン先生の声が、胸の奥で静かに響く。


 『落ち着いて。余計なことは考えず……弓を引きなさい』


 矢を構え、静かに息を吐く。リオの鼓動と、僕の鼓動が重なる。


 「――――」


 ザシュッ。


 放った矢は一直線に飛んだ。


 リーフは慌てて魔法障壁を展開する。


 「そんな原始武器、届くかよ!」


 だが次の瞬間――リーフの飛竜が大きく揺れた。


 観客席でナギルが、呆れたように腕を組んだまま言う。


 「高速飛行中に魔法障壁なんて張ったら、空気抵抗で失速するに決まってんだろ。

  飛竜のこと、何ひとつ考えてねぇ」


 魔法障壁が風を受けて膨らみ、リーフの飛竜は風に押し返されるように失速した。

 そして、バランスを崩し、湖面へと吸い込まれるように沈んでいく。


 実況が叫ぶ。


 「おーーっと! リーフ選手、失速!

  ロキ選手の矢を防ぐための魔法障壁がアダになったか!」


 魔導師団の飛竜部隊にざわめきが走る。

 魔法障壁の授業を担当する教師たちも顔をしかめた。


 「魔法障壁で……ここまで失速するのか?」


 「いや、理論上はそうだが……近年は高速飛竜戦の実戦が少ない。実際に見るのは初めてだ」


 ざわめきは広がり、“知っていたつもりだったが、誰も本気で理解していなかった”という空気が会場を包む。


 「くそぉぉ!!」


 リーフが叫ぶ。だが飛竜は疲労でさらに失速し、放つ魔法も届かない。


 リオは風を掴み、どんどん距離を広げていく。

 リーフの叫びは、湖の光に砕けて消えた。


 ――――

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