第53話 開幕
大会当日。
央都の東方――湖と森が入り組む湖畔森林地帯に建てられた国立ドームは、朝から満席だった。
街から訪れた観客、魔導学院の上級生・下級生、地方の貴族、冒険者まで――
今日のスカイレースを一目見ようと、開場と同時に席が埋まっていく。
外では花火が打ち上がり、空中にはいくつもの魔法スクリーンが浮かび、歓声が渦のように会場を包み込んでいた。
司会が高らかに声を響かせながら、競技の説明を再度行っている。
スクリーンが切り替わり、スカイレースのコースが映し出された。
観覧席の中央には、学校長と各教師陣が整然と並んでいた。
来賓席には国や魔導師団の幹部が揃っている。
観客席の一角には魔道具職人組合、薬師組合、飛竜卸業組合など、あらゆる業界が陣取っていた。
彼らは優秀な学生を囲い込もうと、魔法スクリーンに映る選手を食い入るように見つめている。
観客席には、レイン先生や子供達、リリーナの姿もあった。
鍛冶工房のラグ親方、魔道具工房のリワードさん、魔法薬工房のカーミラさんたちも応援に駆けつけてくれている。
観客席の端――人混みから少し離れた場所には、ナギルさんの姿もあった。
この一カ月、僕の操竜訓練にずっと寄り添ってくれた。
この場に立てたのはナギルさんのお陰だ。
腕を組み、帽子を深くかぶり、誰とも目を合わせようとしない。
人間嫌いのナギルさんが、僕と相棒のリオのために応援に来てくれたことが、胸にじんわりと広がる。
カーミラさんは酒瓶を片手に、豪快に叫んだ。
「ロキ! やっちまいなー!」
周囲の観客が驚いて振り返るほどの声量で、リワードさんが苦笑しながら宥めている。
花火が上がり、魔法スクリーンが光を放つ中――中央の壇上に、レイモンド学校長がゆっくりと歩み出た。
その姿がスクリーンに映し出されると、ざわついていた観客席が静まり返る。
学校長は杖を軽く地面に突き、低く、しかしよく通る声で語り始めた。
「――今年も、魔導学院恒例のスカイレース大会を開催できることを、誇りに思う」
その一言で、会場の空気が引き締まる。
「諸君がこれから挑む競技は、ただの遊戯ではない。いずれ直面する“実戦”の予行演習であり、己の技術と誇りを示す場でもある」
学生たちが息を呑み、教師陣も姿勢を正した。
学校長はゆっくりと視線を上げ、会場奥のVIP席――
そこに設置された巨大な魔法スクリーンへと目を向けた。
スクリーンには、聖浄院から遠隔投影された六賢者の姿が静かに映し出されている。
実体ではないのに、ただ座しているだけで空気がわずかに引き締まる。
「本日の競技は、六賢者にもご覧いただいている。諸君らのこれまでの努力と研鑽を、存分に発揮してほしい」
学校長は再び選手たちへ向き直り、深く頷いた。
「――諸君の未来が、ここから始まることを願っている」
その瞬間、会場が大きな拍手に包まれた。
――――
競技会場となるフィールドは、湖畔森林地帯をそのまま包み込むように設計された広大な空域だった。
地上には深い森が広がり、その木々の上空を縫うようにコースが設定されている。
「まもなく――スカイレースが開始されます!」
司会の声が響き、観客席がどよめいた。
スタート地点の待機場――僕と相棒の飛竜“リオ”も静かに入場する。
ルミ、ニール、リオナが、僕のリオを見るなり目を見開いた。
「ロキ、よかったじゃないか」
ニールが笑顔で言う。
ルミがリオを見上げる。
「……すごい。立派な飛竜だね」
リオナも続いた。
「ロキ……よかった。間に合ったんだね……」
胸に手を当てるようにして、ほっと息をつく。
その微笑みは、安堵と嬉しさが混ざった、とても優しいものだった。
三人の励ましに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
――そのとき、因縁のリーフがこちらに気づき、わざと周囲に聞こえるような声で笑った。
「おい見ろよ。魔欠のくせに飛竜なんて。どうせ安物だろ」
取り巻きの貴族たちも、僕とリオを見て鼻で笑う。
「フン……場違いが混じってるな」
「真っ先に魔法で落としてやる」
他の競技者たちも、ライバルを蹴落としたいという空気を隠そうともしない。
多くのリクルーターが見守る会場で、競技者の視線は鋭く、異様な敵意が漂っていた。
けれど――僕のリオはそんな空気など気にも留めず、静かに翼を震わせている。
その貫禄に、むしろ僕の方が励まされていた。
司会の声が、会場全体に響き渡る。
「――学生の皆さんは、スタートラインへ」
観戦席がざわめきを飲み込み、次第に静けさが広がっていく。
無数の視線が、僕たち選手へと注がれていた。
リオの背に手を添えると、その体温がじんわりと伝わってくる。
観客席では、レイン先生、リリーナと子供達、ラグ親方、リワードさん、カーミラさん、そしてナギルさんまでもが息をのんでこちらを見つめている。
司会が、張りつめた空気を切り裂くように叫んだ。
「――選手、位置について!」
選手たちが一斉に姿勢を低くし、飛竜の背に重心を預ける。
風が止まったように感じた。
――観客席も、魔法スクリーンも、誰ひとり動かない。
「スタート!!」
号砲が鳴り響いた。
その瞬間――
飛竜たちが一斉に翼を羽ばたかせ、朝の光が差す空へと舞い上がった。
観客席の歓声が、空へと駆け上がる飛竜たちの翼音にかき消されていく。




