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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第10章 スカイレース大会
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第50話 飛竜の咆哮と密猟者

 風が吹き、木々がざわめく。

 森の道は細くなり、木々の影が長く伸びていた。

 

 ワーウルフは静かに歩き、リリーナを揺らさないように気を遣っているのが分かる。

 

 リリーナは背中にしがみつき、にこにこしながらそっとワーウルフの耳に触れた。

 

 「……もふもふだねぇ」

 

 ワーウルフの耳がぴくりと動く。

 “くすぐったい”と言っているような反応だった。

 

 僕はその光景に思わず笑ってしまう。


 ――――――


 森の木々が途切れ、風の音が変わった。


 ざぁ……


 渓谷の奥から吹き上げる風が、僕たちの頬を撫でた。


 ナギルさんが立ち止まり、杖で前方を示す。


 「着いたぞ。ここから先が、山岳地帯の渓谷だ」


 リリーナはワーウルフの背の上で目を丸くし、ミミーは尻尾をふわりと膨らませた。


 僕は深く息を吸い込む。


 「……こんなところがあったんだ」


 静かな森を抜け、僕たちは渓谷の入口へと近づいた。

 その瞬間、空気がひんやりと変わる。


 岩壁の間を吹き抜ける風が、ひゅう……と細く長い音を響かせた。


 そのときだった。


 バサァッ。


 渓谷の奥から、巨大な影がひとつ、ゆっくりと空へ舞い上がった。


 「……あれ、飛んでる……!」


 思わず声が漏れる。


 影はひとつではなかった。二つ、三つ……

 岩壁の向こうから、次々と大きな翼が姿を現す。


 太陽の光を受けて、鱗が金色に光った。風を切る音が、胸の奥まで響く。


 リリーナはワーウルフの背の上で目を輝かせた。


 「わぁ……! おっきい……!」


 ワーウルフは低く喉を鳴らし、リリーナが落ちないようにそっと体勢を変える。


 ミミーは尻尾をふくらませたまま、じっと空を見つめていた。


 ナギルさんは渓谷の奥を見据え、短く言った。

 

 「……あれが飛竜だ。群れで動くときは、ああして風に乗る」


 飛竜たちは、まるで渓谷の風と一体になったかのように、ゆったりと円を描きながら飛んでいた。

 雄大で、美しくて、どこか恐ろしくて――


 僕は息を呑んだままその光景を見上げた。


 「……本当に、いるんだ……」


 ナギルさんは杖を軽く地面に突き、僕たちを振り返る。


 「ここから先は、奴らの縄張りだ。野生の飛竜だから刺激するなよ」


 渓谷の風が強くなり、岩壁の間を抜ける音がひゅう、と細く響く。


 ナギルさんは立ち止まり、杖を軽く地面に突くと、指を口元へ運んだ。


 「……下がってろ」


 僕は戸惑う。

 

 「え、なに?」

 

 返事の代わりに、ナギルさんは鋭く、しかしどこか柔らかい調子で、


 「ひゅるる……」

 

 指笛を吹いた。

 その音は、渓谷の風に乗って遠くまで伸びていく。


 ワーウルフが耳を立て、ミミーはナギルさんの足元に寄り添った。


 次の瞬間――


 バサァッ。

 

 上空の影が揺れ、巨大な翼が渓谷の空を切り裂いた。


 「ひっ……! 飛竜……!」


 僕は思わず後ずさる。


 飛竜はゆっくりと高度を下げ、ナギルさんの前へ降りてきた。

 地面に降り立つと、渓谷の風がふっと静まる。


 ナギルさんは一歩前に出た。

 その動きはゆっくりで、まるで長年の友に会うかのような落ち着きだった。


 「……来たか。いい子だ」


 飛竜はその声に応えるように、大きな頭をぐっと前へ差し出した。


 僕は息を呑む。


 ナギルさんはその頭に手を置き、指の腹でゆっくりと撫でた。

 ごつごつした鱗の上を、ナギルさんの手が静かに滑る。


 飛竜は目を細め、喉の奥で低く、満足そうに鳴いた。


 飛竜がナギルさんに頭をすり寄せているのを見て、リリーナは目を輝かせた。


 「ひりゅうさん……」


 その声には、恐れよりも“純粋な興味”が満ちていた。


 「わたしも、さわりたーい」


 僕は慌てて手を伸ばす。


 「だ、だめだよリリーナ! 危ないってば!」


 だがリリーナは振り返って、にこっと笑った。


 「だいじょうぶだよ。こわくないよ」


 僕はひやひやしながら見守るしかなかった。


 リリーナはワーウルフの背から降り、小さな手を飛竜へ向けて伸ばす。


 その瞬間――


 飛竜の巨大な瞳が、ゆっくりとリリーナを見つめた。


 風が止まり、渓谷の空気が静かになる。


 (……噛みつかないかな……!)


 だが飛竜は、僕の願いとは反対に、リリーナの方へ静かに顔を寄せた。

 その動きは驚くほど慎重で、まるで“壊れ物に触れるような優しさ”だった。


 リリーナの手が、飛竜の鼻先にそっと触れる。

 飛竜は目を細め、喉の奥で低く、甘えるように鳴いた。


 「……ほらね。やさしいよ」


 僕は膝から崩れ落ちそうになる。

 

 ナギルさんが低くつぶやく。


 「やはり、このおじょうちゃん……」


 飛竜はリリーナの手に頬をすり寄せ、まるで子犬のように甘えていた。


 「飛竜って案外おとなしいのかな……」


 僕も少し安心し、恐る恐る手を伸ばす。


 「……僕も触らせてもらおうかな」


 飛竜はゆっくりと頭を上げ、僕を一瞥した。

 その目は、さっきリリーナへ向けた柔らかさとは違う。


 僕が触れようとした瞬間――


 飛竜はくるりと背を向け、片足で僕の腹を蹴り飛ばした。


 ドスッ!!


 その表情はまさに「フン!」と言わんばかりだった。


 「ぐふっ!?」


 僕は地面を転がり、砂利の上でのたうちまわる。


 「なんで僕だけぇぇ……!」


 ナギルさんは鼻で笑った。


 僕がうずくまっていると、リリーナが飛竜の前にちょこんと立ち、眉を下げながら言った。


 「ひりゅうさん。おにいちゃんにひどいことしないで。」


 その声は小さいのに、渓谷の空気をふっと柔らかくするような響きだった。

 

 飛竜はリリーナの言葉に反応したように、ゆっくりと僕の方へ視線を向けた。

 巨大な瞳が、一瞬だけ僕を映す。


 (……お? もしかして……さっきのは誤解だったとか……?)


 ほんの一瞬、期待が胸をよぎる。


 だが――飛竜の表情は、リリーナへ向けたときの柔らかさとはまるで違った。


 「……あ、やっぱダメなんだ……」


 僕が小さくつぶやくと、飛竜は「フン」と鼻を鳴らし、完全に興味を失ったように顔をそらした。


 ナギルさんが肩をすくめる。


 「こればかりはこいつらの気持ちしだいだ。ゆっくり信頼関係を築くしかねぇ」


 僕は思わず聞き返した。


 「な、なんでリリーナにはこんなに……?」


 そういえば、リリーナは、前から動物にやたら懐かれてた気がする。

 まるで……“守られている”みたいに。


 リリーナは僕の方を振り返り、心配そうに小首をかしげた。


 「おにいちゃん、いたくない?」


 僕は情けなく笑うしかなかった。

 

 「だ、大丈夫……ちょっと………痛いだけ……」


 飛竜がリリーナに頬をすり寄せている。


 

 ――その時


 ガサッ。


 渓谷の岩陰から、黒い影が三つ、四つ。

 粗末な革鎧に、網と袋。


 そして――飛竜のタマゴ。


 僕は息を呑んだ。


 「……あの人たち、なに……!」


 ナギルさんの顔が険しくなる。


 「密猟者だ。飛竜のタマゴを盗むのは違法だ」


 飛竜はこの国の交通や産業を支える重要な生き物。

 生育個数を保全するため、密猟には厳罰が科されている。


 飛竜はタマゴを見た瞬間、喉の奥から低い、猛烈な怒りの唸り声をあげた。


 ――――

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