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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第10章 スカイレース大会
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第49話 老テイマーと飛竜の山嶺

 ――翌日の放課後。


 剣の稽古を終えた僕は、レイン先生に悩みを打ち明けた。

 汗がまだ引かないまま、胸の奥の不安だけが重く残っていた。


 レイン先生は僕の話を最後まで黙って聞き、腕を組んで少しだけ考え込んだあと、ゆっくり口を開いた。


 「私も、魔獣の調教は専門ではないので詳しいことは言えませんが……」


 その前置きに、僕は思わず息をのむ。


 「ただ、――街の西外れに“騎乗テイム”の名手が住んでいると聞いたことがあります」


 その言葉に、胸がざわついた。


 「かつては、魔獣の背に乗って戦場を駆ける、伝説的なテイマーだったと聞きました」


 レイン先生の声には、尊敬の色が混じっていた。


 「もしその方が今も住んでいるのなら、魔獣との“信頼関係”を築くコツくらいは教えてもらえるかもしれませんね」


 希望の光が、胸の奥で小さく灯った。


 ――その時。


 「お兄ちゃん」


 袖をくいっと引っ張られた。


 リリーナが僕のそばに寄ってきて、大きな瞳で見上げてくる。


 「おでかけするの? リリーナも、お兄ちゃんとおでかけしたい」


 僕はそっとリリーナの頭を撫でた。

 その小さな温もりが、胸の奥の不安を少しだけ溶かしていく。


 「りりーな、動物さん好き。いっしょに行きたい」


 その声は無邪気で、でもどこか僕を心配しているようでもあった。


 足元では、ミミーがすりすりと体を寄せている。

 リリーナがその頭をそっと撫でると、ミミーは気持ちよさそうに目を細め、甘えるように尻尾を揺らした。

  

 その様子を見ていたレイン先生の目が、ふと、子猫のミミーの動きに吸い寄せられるように細められた。

 

 まるで――“もっと別の何か”を見ているような、そんな遠い目。

 すぐにいつもの穏やかな顔に戻ったけれど、その一瞬の揺らぎは、確かにそこにあった。



 ――――


 翌朝、僕はリリーナと街の西外れへと足を運んでいた。


 リリーナは僕の手をぎゅっと握り、まるで迷子にならないようにするみたいに、一歩一歩、僕の歩幅に合わせて歩いてくる。

 その声は無邪気で、沈んでいた僕の心を、そっと撫でるように和らげてくれた。


 しばらく、二人と一匹で静かに歩いた。

 草を踏む音と、遠くで鳴く鳥の声だけが道に残る。

 肩のミミーが小さく喉を鳴らし、リリーナは僕の手をぎゅっと握り直した。


 「……このあたりだと思うけど」


 街道から外れた細い道は、草が伸び放題で、人の気配はほとんどない。

 風に揺れる木々の音だけが、静かに耳へ届く。


 僕は足を止め、前方の林を見つめた。

 林の中に古びた小屋が見える。


 そして――柵の中で、何かがゆっくりと動いた。


 ふいに、遠くで低い鳴き声が響く。


 鳥でも獣でもない、聞き慣れない声。

 足が止まった。


 (……魔獣の声だ)


 胸が高鳴る。怖さよりも、好奇心が勝っていた。

 リリーナが小さく呟き、一歩、柵の方へ踏み出す。


 その瞬間――


 柵の向こうで、人影がゆっくりと動いた。


 そこには、腰をかがめ、普段は凶暴なワーウルフの首元を優しく撫でている年老いた男性がいた。


 灰色の髪はぼさぼさで、服も土埃まみれ。

 だが、その手つきだけは驚くほど丁寧で、まるで長年連れ添った相棒を扱うような優しさがあった。


 ワーウルフは小動物のように喉を鳴らし、老人の手に頭をすり寄せている。


 (……すごい)


 戦場で魔獣を操る“名手”というより、ただの“動物好きの老人”にしか見えなかった。


 僕は息を整え、声をかけた。


 「こんにちは。僕、魔導学院のロキといいます。このあたりに有名なテイマーの方がいると聞いて……その、教えていただきたくて」


 「――――――」


 老人の手がぴたりと止まる。

 

 「……動物は好きか?」


 唐突な問いだったが、迷わず答えた。


 「はい。好きです」


 「りりーなも大好きだよ」


 老人は僕をじっと見つめた。


 鋭くも威圧的でもない、ただ心の奥を静かに覗くような視線。


 「儂は教師なんて柄じゃない。懐くかどうかは……こいつらが勝手に決める」


 足元のワーウルフが気持ちよさそうに目を細める。


 そのとき――


 ワーウルフは何かに気づいたように耳をぴくりと動かした。

 

 僕ではなく、隣のリリーナをじっと見つめている。

 その視線は、警戒でも敵意でもない。

 まるで“何かの匂い”を探すような、不思議な色。


 足元では、肩から降りた子猫がくるくると回り、ワーウルフはそれを見つめている。


 老人はその光景にちらりと目をやり、ほんの一瞬だけ、口元をわずかに緩めて低く呟いた。


 「……なるほどな」

 

 「今度、学院で飛竜レースの大会があるんです。でも僕、飛竜を持っていなくて……テイムの“名手”がいると聞いて、何か教えてもらえたらと思って来ました」


 僕は、ありのままの思いを正直に告げた。


 老人はワーウルフの頭を撫でながら、短く答えた。


 「ここに飛竜はいねぇ」


 その言い方は冷たくはない。ただ、事実だけを淡々と告げる声だった。


 老人は視線を森の奥へ向ける。


 「……だが、森の先の山岳地帯に、最近、何匹か群れてるのを見た」


 風が吹き、木々がざわめく。

 “行くなら覚悟して来い”という、言葉にしない忠告のようにも聞こえた。


 僕はどうやって山へ行こうか、必死に考えていた。

 リリーナを連れて行くのは危険すぎる。

 でも置いていくのも不安だ。どうすればいいのか分からない。


 そんな僕の迷いとは関係なく、老人は森の奥をじっと見つめたまま、ワーウルフの首をぽんと叩いた。


 「……よし、行くぞ」


 その言葉は、僕に向けたものではなかった。

 まるで、ワーウルフにだけ聞かせるような小さな声。


 思わず聞き返す。


 「え……行くって、どこへ?」


 老人は答えず、ワーウルフの背を軽く押した。

 魔獣は素直に立ち上がり、リリーナの方へ歩み寄る。


 リリーナはミミーを抱いたまま、きょとんと目を丸くした。


 老人はようやくこちらを向き、ぶっきらぼうに言った。


 「山だ。行きたいんだろ。飛竜の群れがいる場所まで案内してやる。――今から行けば昼前には着ける」


 「えっ……本当に?」


 老人は鼻を鳴らした。


 「リリーナを連れて行くのは危ないんじゃ……」


 僕の不安に、老人はゆっくりと首を振る。


 「安心しろ。魔導師団のガキどもより、飛竜の扱いは慣れとる。」


 そう言いながら、ちらりとリリーナと子猫を見る。

 ワーウルフも、同じ方向を見ていた。

 老人はワーウルフの背を軽く叩き、ぼそりと呟いた。


 (……この子を連れていかない方が、よっぽど危ねぇ)


 その声は、独り言のように小さかった。


 「……この子は儂のウルフに乗せていく。軽い方がいいからお前は歩け」


 老人はそう言うと、ワーウルフの首元を軽く押した。

 魔獣は低く喉を鳴らし、リリーナの前で静かに腰を落とす。


 「……乗れ。落ちんように、しっかり掴まっとけ」


 リリーナは子猫を抱えたまま、目を輝かせた。


 「やったー、おおかみさん乗っていいの……?」


 「いい。こいつが許してる」


 老人の声はぶっきらぼうだが、ワーウルフはまるで“早くおいで”と言うように尻尾を揺らしていた。


 リリーナはそっとワーウルフの背にまたがる。

 子猫のミミーも当然のようにその後ろにちょこんと座った。


 僕はその光景に息を呑む。


 (……すごい。凶暴なワーウルフがこんなに人間の言うことを聞くなんて)


 老人は杖を軽く地面に突き、森の奥へ向き直る。


 「行くぞ。儂の名はナギルだ。急げば日が暮れる前には山に着く」


 ワーウルフが静かに立ち上がる。


 「よろしくね。おおかみさん」


 リリーナは、とびっきりの笑顔でワーウルフの首をなでた。


 ワーウルフは、喉の奥で低く鳴いた。

 大きな尾が、ゆっくりと左右に揺れる。

 揺れに合わせて小さく体を丸め、ミミーは尻尾をふわりと揺らした。


 ――――

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