第5話 近づく別れの影
――共和国歴1994年
あれから何事もなかったかのように平穏な日常が戻り、僕とアミリアは十二歳になった。
来年はいよいよ魔導学院への入学の年だ。
僕の目標は、この国の名門──エルミナ魔導学院に入学すること。
貴族も通うこの国一番のエリート校だ。
六年間、学院で学問や魔法の基礎を学ぶ。
この学院を高成績で卒業すれば、魔導師団への入団のチャンスもある。
(大賢者ラズウェル様みたいな魔法使いになる)
今では恥ずかしくて言えないが、僕がずっと抱き続けてきた夢だった。
魔導学院の入学試験は、筆記と面接で行われる。
家柄も関係ない。
それは、この学院が創立以来掲げてきた校風──
“才能の芽は、できるだけ多く拾い上げるべき”だという学院創始者の教育理念によるものらしい。
魔法は生まれつきの資質だけでなく、知識や精神性によって大きく伸びる。
そう考える学院は、入学段階で魔力量を試験に求めない。
さらに、魔工科をはじめとした、魔力を必要としない“専攻課程”も一部存在する。
だから、魔法が使えない僕でも挑戦できた。
そして――手元に届いた通知表には、はっきりとこう書かれていた。
<合格>
胸の奥がじんわり熱くなる。努力が報われた、そんな気がした。
アミリアは、僕が魔導学院に行くと言ったとき迷いなく言った。
「私もロキと一緒に魔導学院に行く。楽しみだな。」
もちろんアミリアも合格だった。
もともと賢いアミリアの試験成績は、僕より良かったに違いない。
そして――アミリアの魔法は、あれからさらに磨かれていった。
あの事件以降、彼女は水と風を自由自在に操れるほどの力を身につけていた。
魔導学院でも、アミリアなら貴族の同級生に引けを取らないだろう。
僕は、今でも魔法の開花はない。
そのせいで、ケインたちに馬鹿にされる日々が続いていた。
「おまえ、魔法も使えないくせに魔導学院行ってどうすんだよ」
「ついていけなくなって逃げ帰ってくるんじゃねぇの」
胸の奥がずきりと痛む。
アミリアは、ケインたちが僕に意地悪をしていることに気づいていた。
「やめて、ケイン。」
アミリアの声は、いつもより低かった。
ケインは鼻で笑う。
「アミリア。なんでお前、こんな魔法も使えないやつと一緒にいるんだよ」
その瞬間だった。
アミリアの足元に、ふっと風が巻き起こった。
彼女の髪がふわりと浮き、空気がぴんと張りつめる。
水の粒が空中に集まり、アミリアの周囲をゆっくりと回り始めた。
まるで彼女の怒りに呼応するように。
「……ケイン。これ以上ロキに意地悪したら許さないよ。」
声は静かで、冷たかった。
ケインたちは一瞬たじろぎ、後ずさる。
アミリアの魔力が、はっきりと“力”として感じられた。
ケインたちはアミリアの魔力に気圧されたのか、舌打ちしながら顔をそむけた。
「……けっ。行くぞ。」
足音だけが乱暴に遠ざかっていく。
風が止み、水の粒が静かに落ちていった。アミリアの魔力の気配がすっと消える。
アミリアはふり返り、僕を見た。
その目は、怒っているわけでも、勝ち誇っているわけでもなかった。
ただ──どこか寂しそうだった。
アミリアはそっと一歩近づき、何か言いかけて、言葉を飲み込んだ。
その沈黙が、胸に痛かった。
――――――
それから数日後――アミリアは魔導学院の制服を試着していた。
黒色のマントに、金のラインが入った白いスカート。
魔法学院の象徴ともいえるその制服は、アミリアによく似合っていた。
「私の制服、どう? 似合う?」
アミリアはくすっと笑い、くるりと回ってスカートを揺らす。
仕草は子どものころのままなのに、すらりと伸びた手足が、どこか大人びて見えた。
「とっても似合うよ。……本物の魔法使いみたいだ」
アミリアの瞳には、期待と希望が輝いていた。
「早く着たいなー。私の制服姿、毎日見られるなんてロキはラッキーだね」
またアミリアが僕をからかう。
僕は顔が熱くなり、思わず目線をそらした。
学院生活、寮での暮らし、将来の夢――
アミリアが心から楽しみにしていたのは、そんな“当たり前の未来”だった。
その未来が、このあと音を立てて崩れ落ちることを、僕たちはまだ知らなかった。




