第4話 守れなかった約束と沈む心
守ると約束したのに守れなかった。
アミリアは、逆に僕を守ってくれた。
弱い、臆病、無力――その言葉が頭の中で響く。
僕の心の底に大きな影が落ちていた。
あれからどのように村に帰ったのか、記憶が定かではない。
おぼろげながら、魔導士の一人におぶられた感覚だけが残っている。
意識が沈んだり浮かんだりする中で――誰かに声をかけられた気がした。
「……大丈夫か」
背中越しに聞こえた、低く落ち着いた声。
誰の声だったのかは分からないけど、その響きだけが妙に胸に残った。
まどろみの中、魔獣がアミリアに襲いかかる。
「やめろー!!」
叫ぶことしかできず、アミリアの肌が切り裂かれ、鮮血がほとばしる。
はっと目が覚めた。
「……夢か」
冷や汗で全身が濡れていた。
起き上がると、そこは孤児院の自分の部屋のベッドだった。
窓の外には夕焼けが差し込み、今が夕方だと分かった。
魔獣の瘴気に触れたせいか頭が重い。
部屋を出るとローレットさんと目が合った。
「ロキ。大丈夫かい?」
僕は自分のことより、アミリアのことが心配だった。
「ローレットさん。アミリアは?」
ローレットさんが、そっと表情を和らげる。
「アミリアなら、幸い傷は浅かったよ。今は自分の部屋で休んでいる。」
その言葉を聞いた瞬間、胸が軽くなった。
足の力が抜けそうになるほど安心した。
僕は外の空気を吸うため村の外を歩いた。
夕方の風が、少し冷たい。
そんなとき、同級生のケインたちが険悪な表情で近づいてきた。
「ロキ!お前 アミリアに怪我させたんだってな」
ケインはアミリアに気がある。
普段からアミリアと一緒にいる僕が気に入らないのだろう。
「アミリアはこいつを守るために怪我したって聞いたぞ」
「男のくせに、情けねぇよな」
言葉が、刃物みたいに胸に刺さる。
次の瞬間、ケインの風魔法が足元をすくった。
身体がふわりと浮き、地面に叩きつけられる。
どろまみれになった手が、じんと痛む。笑い声が、遠くで響いた。
「これからアミリアに近づくんじゃねーぞ」
何も言い返せない。
悔しくて顔が熱くなる。
泥まみれで孤児院に戻ると、薬師が訪れておりローレットさんと話をしている。
会話が耳に入る。
聞けば、あの魔導士たちは央都から来て、危険度の高い魔獣を追っていたという。
上級魔導士が数人がかりで討伐にあたるほどの、滅多に現れない魔獣らしい。
そんな恐ろしい存在が、どうしてこんな辺境の森にいたのだろう。
胸の奥に、じわりと不安が広がっていく。
僕は、アミリアの部屋の扉をそっとノックした。
さっきのケインたちの言葉が、まだ頭の奥でこだましている。
「アミリア……僕だよ。ロキ」
声が少し震えた。自分でも気づかないほど、小さく。
扉の向こうにいるアミリアが、どんな顔をしているのか――
それを思うだけで、胸が痛んだ。
その直後、部屋の奥から思いがけない明るい声が返ってきた。
「ロキ!! 来るの遅いよ。入って。私のこと忘れてたでしょう!」
あまりにも元気な声で、思わず息をのんだ。
さっきまで胸の中で渦巻いていたケインたちの言葉が、一瞬だけ遠くへ押しやられる。
部屋に入ると、アミリアはベッドに座っていた。
その腕を見ると、傷はすっかり癒えている。
「よかった……」
思わず安堵の声が漏れた。
「魔導士さんが治癒魔法をかけてくれたの。もう何ともないよ」
アミリアはいつもの調子で笑っていた。
その明るさが、逆に胸に刺さる。
ふと、アミリアの視線が僕の服に吸い寄せられるように落ちた。
泥が乾いてこびりついた袖、膝、手のひら。
アミリアの笑顔が、わずかに揺れる。
「ロキ……その服……どうしたの?」
声の調子が、ほんの少しだけ変わった。
心配がにじむように、僕の手にそっと触れようとする。
僕は慌てて手を振る。
「だ、大丈夫。転んだだけだよ。うっかりつまずいちゃってさ」
アミリアはまだ僕の服を見つめていた。
眉がきゅっと寄って、胸の前で小さく拳を握る。
「……誰かに、いじわるされたんじゃないよね?」
その声は小さく、震えていた。僕を守ろうとする気持ちが、そのまま言葉になっていた。
僕は首を横に振った。
「本当に大丈夫。転んだだけ」
アミリアはまだ納得していない顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。
しばらく沈黙が流れたあと、僕は言った。
「アミリア……ごめん。守るって言ってたのに、僕は何もできなかった……」
アミリアは胸を張った。
「ロキのことは私が守ってあげるって言ったでしょ。魔獣が出ても、私が魔法でやっつけちゃうから心配いらないよ」
アミリアに悪気がないのは分かっている。
本気で僕を励まそうとしてくれているのも分かる。
でも――ケインたちの言うとおり、僕には価値がないのかもしれない。
……そんな気がした。
アミリアは、いつかどこかへ行ってしまうのではないか。
そんな不安が、胸を静かに締めつけた。
するとアミリアは、僕の揺れる心を見透かしたように言った。
「……私はずっとロキと一緒だよ。約束したよね」
その声は明るいのに、どこか少しだけ不安が混じっていた。
「……ありがとう、アミリア。僕……がんばるよ。」
アミリアは、いつもの調子で僕をからかうように笑った。
「なーんだ、ここで寝ればいいのに……」
顔が一気に熱くなる。
「なっ…なに言ってるんだよ、アミリア」
扉を閉めたあとも、胸の奥がじんわり熱かった。
逃げるように、アミリアの部屋を後にした。
廊下に出た瞬間、ようやく息ができた気がした。
頬の熱はしばらく引かなかった。




