第3話 黒の魔獣と幼馴染の覚醒
爆発音が響き、僕たちは息を飲んだ。
僕とアミリアは反射的に手をつなぎ、緊張で汗がにじむ。
森の奥から、何かが近づいてくる気配がした。
寒気がする。
アミリアは僕より敏感にその気配を感じているのか、苦しそうに眉を寄せていた。
その時――それは、疾風のような速さで姿を現した。
――獣。
だが、普通の獣ではない。
黒い靄のようなものをまとい、全身から禍々しい気配を放っている。
三メートル近い巨体に鋭い爪と牙。襲われたら終わりだ。
「アミリアを守らなきゃ……!」
そう思ったのに、足が動かない。
守るって言ったのに、震えて、すくんで、足が動かない。
動け、動け、僕の足――!
黒い獣は、僕たちに向かって飛びかかってきた。
次の瞬間――
――バシャァッ!!
目の前に、水の防壁が立ち上がった。
輝く水の障壁に、黒い獣が触れた瞬間、蒸気が上がり、苦しそうに吠える。
「……アミリア……?」
信じられない光景に、声が震えた。
アミリアは僕の前に立ち、青い瞳をまっすぐ獣に向けていた。
その横顔は、いつもの無邪気さとはまるで違う。
静かで、強くて、どこか悲しいほどに美しかった。
――その時、森の奥から足音が近づき、法衣とマントをまとった三人の魔導士が姿を現した。
その法衣は、ただの白ではない。
魔力を帯びた銀糸が織り込まれ、胸元にはエルミナ共和国魔導師団の徽章が眩い光を放っていた。
国の魔導士の中でも、この徽章を胸に刻める者は数百人に一人。
魔導学院を上位成績で卒業し、さらに苛烈な入団試験を突破した者だけが入団を許される最高峰の魔導士たち。
その存在は、村の子どもが夢に見る英雄そのものだった。
その彼らが、アミリアの魔法を見て、息を呑んだ。
リーダーらしき男が、低くつぶやく。
「……馬鹿な。アクアウォール(水障壁)を、この少女が……?」
隣の魔導士が、目を見開いたまま首を振る。
「……待て。この防壁……聖水化しているぞ……!」
「賢者だけが扱える最上級位の水属性魔法……?」
その声には、畏怖すら混じっていた。
――黒い獣は、ただ一点を見つめていた。
僕でも、魔導士たちでもない。――アミリアを見ていた。
ここにいる誰よりも小さな、か細い女の子。
獣は本能で危険を察知する。黒い獣にとって最大の脅威はアミリアだった。
アミリアは十一歳の女の子。
無意識に高位魔法を使ったせいで、呼吸は荒く、足元もふらついていた。
さっきの防壁だけで、もう限界に近いのが分かる。
黒い獣は、残った力を振り絞り、再び襲いかかる。
まるで“脅威を消す”ことだけが、生き残る唯一の道だと言わんばかりに。
森の空気が、ひやりと凍りついた。
それでも――アミリアは僕の前に立っていた。
「ロキ、逃げて……!」
アミリアの声は震えていた。
恐怖ではなく、僕を守ろうとする必死さで震えていた。
僕は足がすくんで動けない。頭では分かっているのに、体が言うことを聞かない。
魔獣の瘴気で頭が朦朧とする。
「アミリア……だめだ……!」
言い終わる前に、アミリアが僕を突き飛ばした。
その小さな手は、震えているのに、驚くほど強かった。
僕は地面に倒れ込み、目の前で黒い獣の爪が振り下ろされるのを見た。
アミリアの防壁は弱まり、その爪が――
僕をかばったアミリアの腕をかすめた。
白い肌に、一筋の赤い線。
深くはない。けれど、アミリアの血が流れた。
その瞬間、森が、アミリアを守るかのように風を巻き起こした。
――シャーーッ!!
鋭い風が、水しぶきをまとった斬撃となって走り、黒い獣の動きを一瞬で止めた。
まもなく、黒い獣の体は真っ二つに裂け、黒い血しぶきをあげながら、断末魔を発する間もなく息絶えた。
魔導士たちが息を呑む。
「……風属性?……いや、違う……水と風の複合魔法か?」
「我ら三人がかりで抑えられなかった魔獣を、こんな少女が一撃で……」
森の空気が、静まり返る。
アミリアは肩で息をしながら、ふらりとよろめいた。
十一歳の少女が扱っていい魔法ではない。
その小さな体には負荷がかかりすぎていた。
三人の視線は、吸い寄せられるようにアミリアへと集まっていた。




