第47話 二つの古き因果の交差
僕とレイン先生が振り返ると、黒いフードとマントをまとった三人組が立っていた。
一人は背の高い魔導士。
もう一人は、落ち着いた気配をまとった女性。
そして、その後ろに隠れるように立つ、小柄な少女。
レイン先生は木剣を下ろし、僕にだけ聞こえる声で言った。
「……ロキ君。お客様のようですね」
レイン先生が門へ歩み寄り、静かに問いかける。
「何かご用でしょうか?」
フードの女性が、どこかためらうように言葉を落とした。
「こちらに……ロキさんという方がいらっしゃると聞いて。先日、大変お世話になり……」
その声を聞いた瞬間、僕の胸がどきりと跳ねた。
──あの時、賊に襲われていた女性だ。
フードをかぶっているけれど、間違いない。
そのとき、女性の後ろにいた少女がぱっと顔を上げた。
ブロンドの髪。青い瞳。
──あの時の女の子だ。
少女の目がキラキラと輝く。
僕を見つけた瞬間、小走りで駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん! この前は助けてくれて……ありがとう!」
突然の来訪に、僕は驚いた。
「お母さんに無事会えたんだね。よかった……」
女性が挨拶する。
「私はエレオノーラ・クラリス──こちらは娘のリリーナと申します」
エレオノーラさんは続ける。
「その節は、助けていただきながら、ろくにお礼もできず……本当に申し訳ありませんでした」
「とっ、とんでもないです」
思わず顔が熱くなる。
僕たちも自己紹介をし、レイン先生が三人を案内するように一歩前へ出た。
「よろしければ中へお入りください」
庭からは、子どもたちの笑い声が絶えず響いていた。
その賑やかさに遠慮するように、レインは少し声を落とす。
「ここは元々教会でして、今は孤児院として子どもたちの面倒を見ています」
エレオノーラさんは、鐘楼を見上げながら言葉を落とす。
「……とても、あたたかい場所ですね……」
――――
レイン先生は三人を小さな応接室へ案内した。
古い木の扉を開けると、陽の光が差し込む静かな空間が広がる。
「こちらで少しお休みください。子どもたちが騒がしくて……落ち着かないかもしれませんが」
控えめに言うレイン先生に、エレオノーラさんは柔らかく微笑んだ。
「いえ、心が和みます」
僕が椅子に腰を下ろすと、リリーナは迷うことなくその隣にちょこんと座った。
まるでそこが自分の定位置であるかのように。
「……ここがいいの?」
リリーナはこくりと頷き、抱えていた白い子猫をそっと下ろした。
子猫はするりと腕から抜け出し、僕の膝へ飛び乗る。
すりすり、と頬を寄せた。
僕は戸惑いながらも、そっと子猫の頭を撫でる。
「……可愛い子猫だね」
その言葉に、リリーナの顔がぱっと明るくなり、はじけるような笑顔で言う。
「この子のお名前はミミーだよ」
――――
その様子を見ていたレインが、ふと表情を曇らせた。
ほんの一瞬、何かを感じたのか目を細め、すぐにいつもの穏やかな顔に戻った。
エレオノーラは、その刹那の揺らぎを静かに見つめていた。
巫女の血筋が、男の内からわずかに滲んだ“古き盟約の系譜”の気配を確かに捉えていた。
まるで、古い時の流れに触れたような──そんな微かな揺らぎだった。
リリーナは僕の隣で嬉しそうに笑い、子猫は膝の上で丸くなる。
部屋の空気は、さっきまでの緊張が嘘のように柔らかくなっていた。
――そのとき、廊下の向こうから子どもたちの声が響いた。
「お客様?」
「女の子! かわいいお洋服ー!」
「ロキ兄ちゃん、猫ちゃんだっこしてる!」
「ずるーい!」
わっと部屋の前に集まる子どもたちの声に、リリーナはぱあっと表情を明るくした。
次の瞬間──子どもたちの輪に吸い込まれるように走り出す。
笑い声が庭いっぱいに広がった。
――和やかな雑談が続き、やがて、遊び疲れたリリーナが戻り、息を弾ませながら母の手を握る。
目はきらきらしていた。
エレオノーラさんは娘の頭をそっと撫で、静かに口を開く。
「……娘が、この場所をとても気に入ったようです。
もしよろしければ、また遊びに来てもよいでしょうか」
レイン先生は穏やかに微笑んだ。
「いつでも歓迎しますよ」
二人のやり取りは、僕にはただの丁寧な挨拶に見えた。
けれど──その一瞬、言葉の奥に“何かを確かめ合うような気配”がかすかに流れた気がした。
リリーナはぱぁっと顔を輝かせた。
「やったー! おにいちゃん、またね!」
リリーナは僕に向かって、小さく手を振ってくれる。
その声は弾んでいて、まるで“またすぐ会いに来るね”と言っているようだった。
──その温かさは、しばらく消えなかった。
馬車が角を曲がり、可愛らしい訪問者たちが去っていく。
さっきまでの賑やかさが嘘のように静まり、庭には風の音だけが残った。
レインは小さく笑い、どこか遠くを見るような目をした。
その瞳の奥で、長い時の彼方に結ばれた“古き誓い”の影が、そっと揺れていた。
孤児院には、久しぶりに訪れた静けさが戻る。




