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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第9章 異国の少女
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第46話 小さな訪問者

 「見つけた! にじのおにいちゃん!」


 その声が弾むのと同時に、庭先の子猫の瞳がきらりと光った。


 孤児院の庭では、レインと剣の稽古をするロキが汗を流している。

 子どもたちが走り回り、笑い声が風に混じって響いていた。


 その穏やかな光景を──白い子猫は、塀の上からじっと見つめている。


 そして、その小さな瞳を“借りて”覗き込んでいるのは、

 ブロンドの髪、青い瞳──五歳の女の子、リリーナ・クラリス。


 「私と同じくらいの子どももいっぱいいるね。楽しそう……」


 リリーナはくるりと回り、ぱっと駆け出した。


 「お母さまー! にじのお兄ちゃんみつけたー! わたし、お兄ちゃんにあいたい!」


 その声が響く先には──玉座に座る、気品ある女性。


 リリーナの“母”であり、この国・アスピア皇国の皇女、エレオノーラ・クラリス。


 彼女は困ったように眉を寄せた。


 「……リリーナ」


 側に控える執事が、慌てて口を開く。


 「姫巫女。なりません。こたびの件のようなことが、いつ再び起きるかも分からないのです」


 執事長のグライアンが目を光らせる。


 「嫌! ぜったい嫌!!」


 リリーナは小さな体を震わせ叫んだ。


 「にじのお兄ちゃんのところに行く!!」


 その瞬間──リリーナの足元で一つの影が跳ねた。


 白い毛並みをふわりと揺らす白い子猫。

 リリーナと仲良しの“ミミー”。

 小猫にしては、どこか不思議な気配をまとっている。


 グライアンはしぶい顔をする。


 「エルミナ共和国とは協力関係にありますが、互いの内政に干渉しないことが条件──姫巫女が国外で誘拐されるなど、本来なら“外交問題”どころでは済まされませぬ」


 それでもリリーナは、瞳に涙を浮かべながら、ぎゅっと拳を握った。


 「いくの……この子のパパも……むかし、ゆうしゃさまのお手伝いしたんだから……!」


 その小さな声に、白い子猫がぴょんと跳ねた。


 グライアンが一歩進み出る。


 「エレオノーラ様のお言葉で、姫巫女をお諭しください」


 玉座に座るエレオノーラは、困ったように眉を寄せた。


 「グライアンの言うことはもっともです。

  ただ……私も娘を助けてもらっておきながら、お礼をしないなんて……心苦しいのです」


 グライアンは淡々と告げる。


 「共和国からは、少年には国の担当者からお礼を申し上げておく、との言葉をいただいております」


 エレオノーラはうつむいた。


 そのとき、リリーナがぽつりと言う。


 「……わたし、にじのゆうしゃさまにあいたい」


 グライアンが眉間にしわを寄せて諭す。


 「“虹の勇者”は大昔に亡くなっております。偶然、虹がかかったように見えただけです」


 「ちがうもん!」


 リリーナは首を横に振る。


 エレオノーラは小さく息をのむ。


 「……リリーナは、歴代の巫女のなかでも、もっとも魔力にたけています。

  ──この年で既に“聖獣”を従えて……」


 視線がリリーナの足元へ向く。


 子猫が、彼女の周りを守るように寄り添っている。


 「リリーナは、なにか……感じているものがあるのでしょう」


 エレオノーラの言葉に、グライアンは静かに首を振った。


 「たとえ、そうであっても危険です。邪な輩に、いつ姫巫女が狙われるとも限りません。

  もし姫巫女に何かあれば、大賢者との盟約が違えます」


 リリーナはしゅんと肩を落とした。


 「……でも、あの“おじちゃん”がいるから大丈夫」


 「おじちゃん?」


 エレオノーラとグライアンが同時に首をかしげる。


 リリーナはぱっと顔を上げ、嬉しそうに言った。


 「お兄ちゃんに“剣を教えてたおじちゃん”……」


 エレオノーラとグライアンは顔を見合わせた。


 「……剣を教えていた男、ですか?」


 リリーナはこくりとうなずく。


 「けんじゃさんと同じか……もっとつよいかも……」


 その言葉に、二人の大人が息をのむ。


 「そんな者がエルミナ共和国に?」


 エレオノーラの呟きに、子猫がそっとリリーナに寄り添った。

 その尾が弾むように揺れた。


 ――――



 それから数日後。


 レイン先生との稽古の時間。

 木剣を握りながら、僕はどうしても気になっていた。

 あの日。少女が襲われたとき、迫る炎を前に、僕は何もできなかった。


 やっぱり──剣は、魔法には勝てないのだろうか。


 レイン先生は、僕の迷いを察したのか、静かに言った。


 「どうしました。集中できていませんね」


 「……すみません」


 僕は、あの日の出来事をレイン先生に話した。

 そして胸の奥に残っていた迷いを、正直に打ち明けた。


 「レイン先生……魔道具があったから助かりましたけど、もしなかったら、僕も、あの女の子も焼け死んでいました」


 言葉にした途端、胸の奥がざわついた。

 あの炎の前で、何もできなかった自分が、まだそこにいる。


 「剣で……魔法を斬るなんて、やはりできないのでしょうか」


 レイン先生は、少しだけ目を細めた。


 「なるほど」


 短くそう言うと、僕の木剣にそっと手を添えた。


 「少女を守るために立ち向かったあなたの勇気は立派です。

  その心を、決して忘れてはいけません」


 その声は静かで、けれど胸の奥に深く響いた。


 「しかし──今のあなたは、まだ足りない」


 レイン先生は木剣を軽く押し返しながら続けた。


 「焦らず、剣を磨きなさい。努力の先に、あなたの答えがあります」


 その言葉は、まるで“何かを知っている人”のようだった。


 僕は思わず、先生の横顔を見つめた。


 「ロキ君。剣は、あなたの勇気と努力を裏切りません」


 その一言が、胸の奥の迷いを少しだけ晴らしてくれた。

 答えが分かったわけではない。


 けれど──その言葉が、正しいような気がした。


 僕は気を取り直して剣を振る。


 ――――――


 レイン先生と木剣を激しく打ち合わせる。

 風がそよぎ、木々が揺れる。


 その静けさを破るように──


 「ごめんください」


 孤児院の門を叩く音がした。


 

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