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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第9章 異国の少女
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第45話 政治と密談

 目が覚めると、白い天井があった。

 薬草の匂いがする。


 僕は学院の医務室のベッドに横たわっていた。


 身体が重い。喉が焼けるように痛む。

 それでも、誰かの気配がそばにあった。


 「……ロキ。目が覚めたか」


 横を見ると、ミール先生が椅子に腰掛けていた。

 目の下に薄い隈がある。

 ずっと付き添ってくれていたのだと、すぐにわかった。


 「ミール先生……どうして……」


 声がうまく出ない。

 それでも、先生はいつもの穏やかな笑みを浮かべた。


 「魔導師団から連絡があってな。

  “剣を持った学院の生徒が倒れている”と聞けば……お前しかいないだろう」


 言葉は冗談めいていたけれど、声の奥には確かな安堵があった。


 「お前はひどい火傷を負っていて、レナー先生が治癒してくれたんだ」


 言葉は短い。――

 けれど、その奥にある“心配していた時間”が伝わる。


 「それで──何があった?」


 僕は、かすれた声で答えた。


 「……剣の稽古の帰りに、女の子が賊にさらわれたのを見たので……」


 言葉にすると、胸の奥がじんわり痛んだ。

 僕は、自分の体験をそのまま話した。


 ――――


 ミール先生は、黙って聞いていた。

 やがて、低い声が落ちてくる。


 「授業で得た知識が人の命を救ったな。……よくやった」


 淡々としているが、ミール先生はうれしそうだった。

 どこか僕を気遣う響きがあった。


 「……そういえば。あの子……無事だったんでしょうか」


 その瞬間、ミール先生の返事が、わずかに早かった。


 「あ、ああ。大丈夫だ」


 声が少しだけ上ずる。ミール先生らしくない。


 「魔導師団が保護した。賊の行方は師団が追っているから心配するな」


 一拍置いて、どこかぎこちない調子で言葉が続く。


 「親御さんから……ロキに、くれぐれもよろしくと。お礼があったそうだ」


 言葉は正しいけれど、どこか硬い。


 (あの子……何かあったのかな)


 僕の胸に、小さな疑問だけが静かに残った。

 しかし、今の僕には深く考える余裕はなかった。


 身体の痛みと疲労が、意識をゆっくりと沈めていく。


 ──最後に浮かんだのは、あの少女の青い瞳だった。


 ――――



 ロキが医務室で静かに眠りについた頃、ミールは学院長室へ呼び出されていた。


 室内の空気は重苦しい。


 学院長は書類を閉じ、深く息を吐いた。


 「……師団長が、気の毒に思えてくるよ」


 ミールの眉がわずかに動く。


 「……?」


 学院長は、苦いものを噛みしめるように続けた。


 「六賢者の前で警備を強化すると言った矢先に、街中で誘拐事件を起こされたのだ。

  胃がキリキリして仕方がないらしい。」


 淡々とした口調なのに、その裏にある“師団長の惨状”が容易に想像できた。


 学院長はさらに言葉を落とす。


 「普段ほとんど口を開かぬ土の賢者が、師団長の血の気が失せるほどの“気配”を見せたらしい」


 学院長は、机上の書類に視線を落としながら言う。


 「師団長からは、くれぐれもこの件が公にならぬよう頼むとのことだ。

  巫女を危険にさらしたことが公になれば、師団の面目は丸つぶれだからな」


 静かな声なのに、部屋の空気はさらに重く沈んでいった。


 学院長は、ふっと口元だけで笑った。


 「……あいつとは腐れ縁でな。“今回の件は貸しにしておく”と伝えておいた」


 その笑みは柔らかいのに、どこか背筋が冷えるような響きを含んでいた。


 ミールは、察したように静かに言った。


 「ロキは……大丈夫です。

  あの子は、向いている方向が他の生徒たちとは違いますから……。

  ある意味、誰よりも純粋です。」


 ミールの声音は、富や名声ではなく──

 ロキが何を、いや、“誰を見ているのか”を理解している大人のそれだった。


 学院長はしばらく黙っていたが、やがて、どこか安心したように小さく頷いた。


 「……そうか。ならば、ロキ・グレイシアのことは引き続き君に任せる」


 その言葉には、学院長なりの安心感が滲んでいた。


 ミールは軽く息を整え、表情を引き締めて口を開く。


 「……ところで、巫女を襲ったのは何者でしょうか」


 ミールの問いに、学院長は短く息を吐いた。


 「何者かは分からない。──巫女の力が邪魔なのだろう」


 ミールの眉がわずかに動く。


 学院長は続けた。


 「巫女の魔力は……ある意味で六賢者より希少だ。

  もし巫女の身に万が一があれば、取り返しのつかない事態に陥っていた」


 静かな声なのに、その言葉は刃のように鋭かった。


 ミールは顔を上げる。


 学院長は書類をめくり、その名前のところで指を止めた。


 「……巫女が、会いたがっているそうだ」


 ミールの胸がわずかにざわつく。


 「魔導学院で剣は異色だが──魔欠であること以外、素行は良好だ。」


 学院長は、指先で書類の端を軽く整えながら、言葉をつづけた。


 「大賢者の使徒にして学院創始者……大魔導士エルド・ゴーレンスが“魔工学を特別な位置づけとして定めた”。その意思のもと、魔工を正式な学位として掲げている以上、彼を排除する理由はない。」


 学院長は言葉を終えると、ふと視線を上げた。

 壁に並ぶ六属性の魔法科の徽章エンブレム──その中央に、"歯車と砂時計”を象った魔工科の徽章が静かに輝いている。


 学院長はその徽章をしばし見つめ、わずかに目を細めた。

 そして、声の調子をわずかに落とす。


 「だが──“魔欠を皇国の巫女に会わせるなど論外”という意見が、国の上層部の大半を占めている」


 ミールの表情がわずかに沈んだ。


 ──自分の生徒が、また理不尽に傷つけられる。

 胸が締めつけられる。


 学院長は書類を閉じ、椅子にもたれた。


 「丁重にお断りはしたようだが……

  共和国は彼の国に干渉できない。今後どうなるかは、誰にも分からん」


 そして、ミールをまっすぐ見つめる。


 「ロキ・グレイシア──ベノムサーペントの次は巫女か……。

  何かの因果が働いているのかもしれんな。」


 淡々とした声なのに、部屋の空気をわずかに震わせるような重みがあった。


 ミールは小さく息を吐き、深く頭を下げた。


 重い扉が閉まる音が、静かな廊下に響いた。

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