第43話 急襲
魔法科はグラウンドで魔法の実習をしている。
短文詠唱があちこちから響き、空気がピリピリしていた。
僕は、属性魔力を蓄える《魔力オーブ》の製作に取り組んでいる。
魔法が使えない僕にとって、魔工科は唯一の居場所だった。
不器用な僕とは対照的に、ニールは手際が良い。
僕が魔力回路の刻印に苦戦していると、横から覗き込みながら言った。
「ロキは不器用だな。何つくってるの?」
「……水属性の魔力オーブ」
水魔法はアミリアの得意な魔法だ。
実習課題は、気づけばこれを選んでいた。
「ほら、ここの魔力回路が逆なんだよ」
ニールが刻印を指でなぞると、オーブはふっと綺麗な青い光を灯した。
「なっ、光っただろ」
ニールが得意げに笑う。
「ニールは器用だね」
「イッシシ」
照れ隠しのような笑い声が、オーブの青い光に溶けていった。
――授業が終わり、魔法科も実習を終えたようだ。
生徒たちがぞろぞろと帰っていく。
僕も日課であるレイン先生の剣の稽古だ。
その腰には、他の生徒にはない剣がぶら下がっていた。
僕は完成した魔力オーブが嬉しくて、しばらくそれを眺めていた。
そのとき──
「おい、魔欠!」
背後から高圧的な声がした。
振り向くと、風属性のリーフが立っていた。
魔法絶対主義を絵に描いたような男。
最近、やけに絡んでくる。
リーフは僕の手元を見て、鼻で笑った。
「またそんなガラクタをいじって喜んでるのか。
魔法も使えないくせに、何を気取ってるんだよ」
取り巻きがクスクスと笑う。
リーフが一歩、僕に詰め寄る。
距離が近い……
「お前みたいなのはな、魔導学院じゃなくて鍛冶屋にでも行くのがお似合いだ」
馬鹿にするような声。
その響きには、ただの嫌がらせではない――別の感情が混ざっている気がした。
その時――
「そこ、何をしている!」
魔法科の指導をしていたテロッタ先生の鋭い声が響いた。
空気が一瞬で引き締まる。
リーフはビクリと肩を揺らし、次の瞬間には完璧な笑顔を貼りつけていた。
「先生、なんでもありません。ちょっと肩がぶつかってしまって」
貴族の子息らしい“取り繕い”は見事だった。
そして僕にだけ聞こえるように、舌打ちをひとつ。
「……ちっ」
威嚇するように背を向けた。
残された僕の胸の奥には、無力感だけが残った。
何より、一生懸命作ったオーブを――
アミリアへの思いを否定されたようで、それが一番悔しかった。
僕は、握りしめた魔力オーブの青い光を見つめ、気持ちを切り替えるように背筋を伸ばした。
──稽古の時間だ。
僕は剣を手に取り、訓練場へ向かった。
稽古中は、不思議と余計なことを考えずにすんだ。
剣を振るたび、昼間のリーフの不快さも忘れられる。
――やがて、レイン先生の号令が響く。
「今日はここまでにしましょう」
僕は稽古を終え、ゆっくりと剣を鞘に収めた。
剣術の訓練を終えると、汗が冷えていくのを感じながら、ゆっくりと息を整えた。
手の中の剣は、まだ微かに温かい。
魔法は使えないけれど──せめて、この剣だけは手放したくなかった。
子どもたちの笑い声が遠くから聞こえるたび、僕が育ったローレット孤児院を思い出す。
――――
僕は孤児院の門を出て、街へ続く石畳を歩き出した。
夕暮れの街は、橙色に染まっている。
店じまいを始める商人の声、レストランから漂う美味しそうな香り、家路を急ぐ人々の足音。
いつもと変わらない、静かな夕方の街並み。
そのとき──
ドッガァァァンッ!!
「きゃあああああっ!!」
爆発音とともに、鋭い悲鳴が街の先の方から響いた。
石畳が揺れ、店の看板がガタガタと音を立てる。
「逃げろ!」
「何だ今の……!」
誰かの叫び声とざわめきが一気に広がり、人々が蜘蛛の子を散らすように走り出す。
――視線の先。
馬車が横転し、木片が散乱していた。
その周囲を、黒装束の男たちが取り囲んでいる。
「動くな!!」
怒号が飛ぶ。
馬車のそばでは、お付きの魔導士と思われる男が、一人の女性を庇うように立ちはだかっていた。
だが──多勢に無勢。
魔導士のローブは破れ、肩から血が流れている。
それでも彼は、女性を守ろうとしていた。
「娘をさらえ!!」
男たちが叫ぶ。
その背後で、仲間の一人が“小さな少女”を肩に担ぎ上げた。
少女は必死に暴れ、小さな手で男の背中を叩いていた。
──子供?
「くっ……逃げ……っ」
魔導士の声が掠れる。
女性はフードを深く被っているが、その下の表情は隠しきれなかった。
奪われた“何か”を追おうと、一歩踏み出しかけた。
しかし、魔導士に腕を掴まれ、息を呑む。
震える唇。揺れる肩。
抑えきれない焦りが、フードの影から滲み出ていた。
――僕は息を呑んだ。
(助けないと)
男たちは叫んだ。
「急げ!!魔導師団がくるぞ!!」
その声に反応するように、遠くの大通りから複数の青い外套が揺れた。
魔導師団の団員たちが駆けつけ、人々が左右に避けていく。
だが──間に合わない。
「乗れ!! 早くしろ!!」
少女を抱えた男が、横転した馬車の影から別の馬車へ飛び乗った。
馬がいななき、石畳を蹴って走り出す。――




