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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第8章 大蛇と炎の才女、揺れる想い
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第42話 不器用な裁縫に揺れる想い

 翌日の放課後。

 僕はレイン先生の孤児院を訪れた。


 壊してしまった剣のことを、ちゃんと謝らなければならない。

 孤児院では、レイン先生が子どもたちに読み書きを教えていた。

 僕に気づくと、手を止めて柔らかく微笑む。


 「おかえりなさい。昨日は校外学習でしたね。有意義な実習になったかい」


 僕は昨日の出来事をすべて話した。――


 「それで……ベノムサーペントと戦ったとき、

  先生にもらった剣を駄目にしてしまって……すみません」


 レイン先生は少し驚いたように目を瞬かせ、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。


 「剣は守るためのものです。

  その剣で誰かを救えたのであれば、悔やむことはありませんよ」


 その言葉に、胸の緊張がふっとほどけた。


 「それにしても……ラーナの森にベノムサーペントですか」


 レイン先生の表情が強張り、何かを思い出すように視線を落とす。


 「……丸腰になってしまいましたね。君に新しい剣を差し上げましょう」


 そう言って、奥の部屋から一振りの剣を持ってきた。


 手渡された剣は、前のものとは比べものにならないほど質がよかった。


 「私が若い頃に使っていたものです。

  あなたも大分成長してきましたし、そろそろ練習用でなく、一人前の剣を持ってもいい頃でしょう」


 「そんな大事なものを……?」


 思わず声が震えた。

 

 その剣は、研ぎ澄まされた刃が淡く光り、手にしただけで“実戦の重み”が伝わってきた。

 魔獣と渡り合うのに十分な力を秘めているように感じた。


 「先生、この剣で……少し稽古していってもいいですか?」


 胸の奥が熱くなる。

 新しい剣を手にした瞬間から、どうしても振ってみたくて仕方がなかった。


 レイン先生は目を細め、穏やかに笑う。


 「若い子は元気ですね。……思う存分、振ってきなさい」


 夕暮れの光が差し込む静かな空間で、新しくもらった剣をゆっくりと抜く。

 緩やかな反りを描く片刃。

 波の焼き色が淡く揺らぐ刃文が、まるで呼吸をしているかのように光を返した。


 僕は構えを取り、息を整える。

 そして――振った。


 一回、二回、三回……百回、二百回、三百回……。


 刃が空を裂くたびに、腕に伝わる重みと鋭さが心地よかった。

 千回を超えたあたりで、もう数えるのをやめた。

 ただ夢中で、ただ無心で、ただこの剣と向き合っていた。


 汗が頬を伝い落ちても、腕が震え始めても、振るたびに胸の奥が熱くなる。

 

 ――賢者となったアミリアの隣に立つためには、今のままじゃ駄目だ。

 あんな蛇に苦戦しているようじゃ、到底追いつけない。


 彼女の隣に立つ資格を得るには、もっと、もっと強くならないと。


 アミリアが歩む未来に、胸を張って並べるように。

 もう二度と、守れなかったと後悔しないように。


 その願いだけが、僕の体を動かし続けていた。



 ――――


 稽古を終えて寮へ戻ると、入口の前にリオナがひとり立っていた。


 純白のブラウスと紺のスカート。

 普段の彼女よりどこか可愛らしい雰囲気だった。


 僕の姿に気づくと、リオナはふわりと微笑む。


 「……あ、ロキ」


 「どうしたのリオナ?怪我は大丈夫だった?」


 リオナは胸の前でそっと何かを抱えていた。――僕のマントだ。


 「マント……ロキに借りたままだったから、返さなければと思って」


 差し出されたマントには、細い縫い目が走っていた。


 「ほつれてたから、縫って直しておいたわ。……あまり上手くないんだけど」


 縫い目は少し歪んでいたけれど、丁寧に時間をかけた跡があった。


 (……リオナみたいな貴族の子でも、こういうことするんだ)


 「ありがとう。助かるよ。――ずっと待っててくれたの?」


 リオナは小さく首を横に振る。


 「わたしが勝手に待ってただけだから」


 その頬が、夕暮れの光にほんのり染まって見えた。


 

 ――リオナはふとロキの服の汚れに気づき、目を瞬かせる。


 「……何かしていたの?」


 「剣の稽古だよ。ほら、僕は魔欠だし……」


 ロキが気まずそうに苦笑いする。


 その言葉に、リオナの胸がちくりと痛んだ。


 (ロキは……アミリアさんのため)


 リオナは唇をかすかに噛み、結んだ髪が揺れた。

 夕暮れの風が二人の間を通り抜ける。


 その中で、リオナはほんの一瞬だけロキを見上げる。


 「それじゃ……助けてくれて、本当にありがとう」


 その表情は、名残惜しそうで、どこか切なさを含んでいた。

 そしてそっと視線をそらし、小さく会釈して歩き出す。


 少し離れたところで、ロキは声をかけた。


 「リオナ!」


 振り返ったリオナに、ロキは笑って手を振る。


 「縫ってくれてありがとう」


 リオナは驚いたように目を瞬かせ、それから――嬉しそうに、小さく手を振り返した。


 そよ風が、二人のあいだを静かに通り抜けていった。



 ――――――


 リオナは寮のラウンジでひとり、じっと考え込んでいた。

 目の前のハーブティーはとうに冷めている。


 ――『縫ってくれてありがとう。』

 彼が手を振る姿を思い出すと、どうしてこんなに心が揺れるんだろう。


 静かな灯りの下、その表情は思いつめたようで、胸の奥に残る切なさが滲んでいた。


 そこへ、風属科のリーフが友人と談笑しながらラウンジに入ってきた。

 リーフはリオナの姿に気づいて足を止めた。


 声は穏やかに装っていたが、その目には苛立ちが隠しきれず浮かんでいた。


 ――リオナは顔を上げる。


 リーフは一歩近づき、低い声で言った。


 「リオナ。さっき、寮の前であいつと――

  魔欠と何か話していただろう。何を話してたんだ?」


 押し殺した感情が、はっきりと滲んでいた。

 続けざまに、冷たい言葉が落ちる。


 「“家柄”ってものがあるだろ。それに……魔法の才能もだ。

  実習で何かあったみたいだけど、友達付き合いは考えた方がいいんじゃないか?」


 その言葉には、ロキを見下す気持ちが露骨に乗っていた。


 リオナの胸に、不快感が一気に押し寄せる。


 「……リーフ。私のことは放っておいて」


 声は静かだった。

 けれど、その静けさの奥に、確かな線が引かれていた。


 リーフは眉をひそめ、不機嫌そうに唇を歪める。


 「……ふん」


 リオナはそれ以上何も言わず、立ち上がって女子寮の廊下へと歩き出した。


 残されたリーフは、悔しさを押し殺すように拳を握りしめる。


 「……あの魔欠。いつか立場をわからせてやる」


 その低い呟きだけが、静まり返ったラウンジにひっそりと残った。

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