第41話 魔導師団長と賢者会議
その晩――魔導師団長ラミル・ゲインの執務室。
ラミルはミールの報告書に目を通しながら、向かいのソファに遠慮なく腰を下ろす男と話していた。
魔導学院の学院長、レイモンド・クラウス。
二人は学院時代の同期で、気心の知れた仲だ。
ラミルは報告書を閉じ、ぼそりと漏らす。
「……ミールのやつめ。団を捨てて教師とはな。何を考えているのやら」
レイモンドは肩をすくめる。
「本人は満足そうにやってるよ。
それで――ベノムサーペントの件だが」
ラミルが顎で続きを促す。
「あの森にベノムサーペントが出没したなど聞いたことがない」
ラミルは短く息を吐く。
「……人為的に置かれた可能性が高い、ということか」
「その可能性がある」
ラミルは机を指で軽く叩いた。
「大蛇を浅い森に連れてくるなど、普通はできない。召喚魔法でも使わない限り……」
言いかけて、ラミルは表情をわずかに曇らせた。
「……召喚か」
レイモンドは報告書を閉じる。
「あれだけの魔獣を呼べる魔力量となると、相当なものだ。今の段階では断言はできないが……
一応、魔導師団にも伝えておこうと思ってな」
ラミルは短く頷く。
「団員に調べさせておく」
ラミルは椅子にもたれ、視線を上げた。
「それにしても、よく学生が無事だったな。――なんという名前だ」
「火属のリオナ・フレイと――魔工科のロキ・グレイシアだ」
「リオナ・フレイ……火属騎士の名門か。さすがだな」
レイモンドは首を横に振る。
「いや、サーペント相手にやり合ったのは、もう一人の方だ」
ラミルの眉がわずかに動く。
「魔工科? たしか“魔欠”が一人いたと言っていたな。運が良かったのか」
レイモンドは少し言いにくそうに言葉を選ぶ。
「……運だけとも言い切れなくてな」
ラミルは深追いせず、短く切る。
「まあいい」
報告書をまとめながら、低く呟く。
「“例の件”で聖浄院に報告を入れねばならん。
ついでにベノムサーペントの件も耳に入れておくか」
ラミルは立ち上がり、窓の外の夜空を見つめた。
淡々とした声だったが、その背中には緊張が宿っていた。
――――――
聖浄院・会席の間では、大理石の床と円卓を囲む六つの椅子が設けられ、
六賢者が静かに腰掛けていた。
雷の賢者 ライゼル・スパークフォード
黄金の髪が微かに静電気を帯びて揺れる。鋭い瞳は雷光のように光り、筆頭としての威圧と冷静さを併せ持つ。
火の賢者 イグナ=バーンレッド
赤髪がゆらめき、座っているだけで熱が立つ。激情と力強さをまとい、周囲の空気さえ熱くする。
風の賢者 シルフィア・サラディール
薄緑の髪が風に揺れ、涼やかな美貌をもつエルフ。声も気配も、指の間をすり抜ける風のように掴みどころがない。
土の賢者 ガルド・ロックハルト
岩のように頑強な体つきで、微動だにしない。大地の守護者の異名をもち、沈黙の中に揺るぎない重さがある。
闇の賢者 ノックス・グレイヴ
黒衣に仮面をつけ、影のように輪郭が曖昧。存在感が薄いのに、気づけば背筋が冷えるような気配を放つ。
水の賢者 アミリア・カウラ
淡い青色の澄んだ瞳をもち、静かな水面のような気配をまとう。最年少ながら、深い湖のような落ち着きと透明な魔力を宿す。
六人は言葉少なに、ラミル師団長の報告を聞いていた。
「……ということで、《アスピア皇国》の皇女殿下と姫巫女ですが、しばらくの間、央都に滞在されるとのことです。魔導師団がすでに都市警備を強化しております」
その言葉が落ちた瞬間、会席の間に張りつめた空気が静かに広がった。
火の賢者イグナが喧嘩腰に言い放つ。
「クソガキのお遊びなんか知ったことか」
風の賢者シルフィアがいさめる。
「イグナ、口を慎みなさい。あの国に触れれば、何が起きるか分からないわ」
イグナは不機嫌そうに舌打ちする。
雷の賢者ライゼルが静かに言い放つ。
「かの国の内政へ干渉はしない。
しかし――巫女は幼い。余計な火種が生じぬよう、細心の注意を払え」
ラミルは深く頭を下げた。
「かしこまりました」
顔を上げた瞬間、普段ほとんど口を開かない土の賢者ガルドが珍しく声を発した。
「ラーナの森にベノムサーペントが出没したと聞いた」
ラミルは、わずかに背筋を正した。
「ベノムサーペントは学園の教師らによって討伐済みです。後日、団員に調査させます」
ガルドの瞳がわずかに動いた。
「……後日だと?」
ラミルは一瞬、言葉を失う。
「え……?」
無駄な言葉を一切使わない、六賢者最年長の声。
「普段は現れぬ森に大型魔獣、そして召喚魔法の痕跡。
――巻き込まれた生徒によると、本来群生しないはずのサーペントベリーもあったという」
ガルドの瞳が、わずかに細められた。
「――同じタイミングで巫女の来訪。本当に“偶然”か?」
その一言だけで、円卓の空気が凍りついた。
ラミルの背に冷や汗が伝う。
ガルドの意図を悟り、すぐに姿勢を正した。
「……“直ちに”調査させます」
風の賢者シルフィアが目を細める。
「それにしても……生徒たちはよく無事に生還できましたわね……」
ラミルが頷く。
「重傷者はおりますが、引率の教師が到着するまで、一部の生徒が奮闘したと聞いております」
闇の賢者ノクスが低く問う。
「……属性は?」
ラミルは一瞬、言葉を選んだ。
「それが――“魔工科”です」
会席の間に、ざわりと魔力の波が走る。
雷の賢者ライゼルが眉をひそめる。
「魔工科……? 魔力なしでどうやってベノムサーペントと張り合った」
ラミルは報告書を開き、淡々と読み上げた。
「魔欠の生徒が、単身“剣”でサーペントを切り、重傷を負った女子生徒を背負い、猛攻を振り切ったと」
火の賢者イグナが鼻で笑う。
「剣だと……そんなもので大蛇とやりあったのか」
ラミルは静かに続けた。
「運が良かったのもあったかと……」
土の賢者ガルドが珍しく再度口を開く。
「その生徒の名は」
ラミルは報告書を閉じ、答えた。
「……魔工科の――ロキ・グレイシアという学院の2年生です」
「……!」
水の賢者アミリアの肩が、衣擦れすら起きないほど微かに震えた。
彼女の瞳がわずかに揺れ、小さく息を呑む。
会席の間に、言葉にならない気配が静かに満ちていった。
――――――
会議が終わり、重い扉が静かに閉じられた。
聖浄院の廊下には、夜の冷たい空気が満ちている。
アミリアは静寂な廊下を一人歩いていた。
表情は仮面のように整ったまま変わらない。
だが――胸の奥では、さっき聞いた名前が何度も反芻されていた。
胸の鼓動が、ほんの少しだけ速くなる。
その時――
「……アミリア」
背後から声がした。
振り返ると、闇の賢者ノクスが立っていた。
仮面のような顔のまま、アミリアをじっと見つめている。
「先ほどの会議……お前、わずかに反応したな」
アミリアの瞳がわずかに揺れる。
「……気のせいです」
「そうか」
ノクスはそれ以上追及しなかったが、その瞳は何かを見透かすように鋭い。
アミリアは軽く頭を下げ、静かに歩き出した。
胸の奥では、ロキとの思い出に触れさせまいとするような、冷たい波紋が広がっていた。




