第40話 朽ちた剣が守ったもの
振り切らないと……!
その瞬間――ベノムサーペントが、駆けだした僕たちの気配に気づき、顔をこちらへ向けた。
ギギ……ギャアアッ!!
熱を探っている。囮の炎と僕たちの体温を、行き来するように揺れている。
(……気づかれた!)
リオナの腕が僕の首にしがみつき、その体温が背中越しに伝わってくる。
後ろから、やつが地面を這う音が聞こえる。
――――全力で走る。
やがて、木々の隙間から見おぼえのある人影が見えた。
「……ミール先生?」
そこには救援に駆けつけたミール先生とコレッタ先生の姿があった。
「ロキ、こっちだー!」
ミール先生が手を振りながら叫ぶ。
僕は最後の力を振り絞り、先生たちのもとへ飛び込むように走り抜けた。
リオナを背負ったまま、地面に膝をつく。
「はぁ……はぁ……! 先生、奴が後ろから迫って……!」
息が続かない。
コレッタ先生が息を呑む。
「何て大きさなの! 何であんな化け物がこの森に……?」
ミール先生も険しい表情で、迫り来るベノムサーペントを睨みつけた。
「原因は後だ。――仕留めるぞ、コレッタ!」
「ええ。ロキ、下がりなさい!」
二人の先生が前に出る。
その瞬間――空気が変わった。
魔力が渦を巻き、地面が震える。
ミール先生が詠唱を始める。
「――凍てつく絶対零度、世界を縛れ」
コレッタ先生も続く。
「――天より降り注げ、雷槍の裁き」
リオナが息を呑む。
「……上級魔法?」
僕は背中のリオナを支えながら、その光景を見つめた。
先生たちの魔力が夜空を裂き、森全体が震えるほどの圧が広がっていく。
その瞬間――――
ドガーン!!
ギャアアアアアアアッ!!
ベノムサーペントが悲鳴を上げる。
ミール先生とコレッタ先生の上級魔法が、夜空を裂くような轟音とともにベノムサーペントへ直撃した。
氷と雷が交錯し、巨大な影が揺れる。
――しかし倒れない。
「まだ倒れないのか!」
ミール先生が叫ぶ。
「化け物……!」
コレッタ先生が歯を食いしばる。
煙の中から、ベノムサーペントが最後の力を振り絞って姿を現した。
巨体を震わせ、怒りと痛みに満ちた咆哮を上げながら、先生たちへと突進してくる。
先生たちの魔法障壁が、ベノムサーペントの巨体で砕ける。
「くっ!」
――――
その瞬間、僕の体は勝手に動いていた。
無我夢中でベノムサーペントへ向かった。
巨体の上へ飛び乗り、ベノムサーペントの首元に剣を突き刺す。
ギャアアアアアアアッ!!
足が滑りかけるが、突き刺した剣は離さない。
ベノムサーペントが頭をひねった瞬間――
その一瞬の隙を逃さず、力任せに剣を引き抜く。
もう考える余裕なんてなかった。
気づいたら、残されたもう片方の目へ剣を突き立てていた。
ざしゅッ!!
腕に、骨まで響く衝撃が走る。――
ぎゃいーーん!!
ベノムサーペントは大きく身を震わせ、空気を裂くような咆哮を上げた。
そして――巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
地面が揺れ、森が静まり返った。
「ぜー……ぜー……」
全身の力が抜け、僕はその場に座り込んだ。
呼吸が荒くて、胸が痛い。でも――生きている。
リオナも、みんなも無事だ。
「ロキ……」
ミール先生の安堵した顔が浮かぶ。
コレッタ先生も目を見開いていた。
「あの状況で飛び込むなんて、いい度胸だわ」
僕は、化け物に突き刺さった剣を見つめた。
――レイン先生からもらった、お気に入りの剣。
ベノムサーペントの酸と毒で、ボロボロに腐食してしまっている。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
(……でも、レイン先生は許してくれると思う)
ミール先生の姿が目に入った瞬間、張りつめていた胸の奥が、わずかにほどけた。
足はまだ震えている。
「……先生たちはどうしてここに」
僕が聞くと、ミール先生は短く答えた。
「サーチで森に強力な魔法反応が出たからな」
淡々とした声。だが、その奥に焦りが滲んでいるのが分かった。
「お前たち二人だけ戻らなかったから、魔獣に襲われていると思ったんだ」
コレッタ先生が、倒れたサーペントを見つめながら言葉を落とす。
「でも……ベノムサーペントがこの森に生息しているなんて聞いたことないわ」
ミール先生は、曇った表情のまま、ゆっくりと息を吐いた。
その吐息には、安堵と、まだ消えない不安が混じっていた。
「魔導師団に報告して調査してもらおう」
――――――
長かった一日が、ようやく終わった。
私は、ただ立ち尽くした。
ロキがこちらを振り返る。
「リオナ。今日は……本当に大変だったね。
ゆっくり休んで。……じゃあ、また」
笑顔だった。
――私は、なにもできなかった。
ベノムサーペントに立ち向かったのはロキだ。
魔欠の出来損ないと、皆から馬鹿にされていたロキ。
私も内心馬鹿にしていた。
魔法の授業では、いつも地面にへばりついて、泥臭く薬草を採取する姿が似合いだと思っていた。
剣を持つなんて、魔導学院の恥さらしだとさえ思っていた。
けれど――私の魔法はまったく通じなかった。
サーペントに立ち向かったのも――
サーペントの毒から救ってくれたのも――
全部ロキだった。
家の伝統と名誉のために、私はいつも一番でなければならなかった。
なのに――私は何ひとつしていない。
ただ試験の成績がよかっただけ。
それだけで“優秀”だと勘違いしていた。
出来損ないと思っていた彼の足を引っ張っただけだ。
それなのにロキは、私を責めることも誇ることもせず、ただ、いつものように静かにどこかを見ていた。
出来損ないは私……。
胸の奥で、自信とプライドが静かに崩れていった。
その崩れた隙間から、ロキの背中が、なぜか離れなくなっていく。
しかし同時に――胸の奥で、かすかに何かが芽吹いた気がした。




