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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第8章 大蛇と炎の才女、揺れる想い
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第39話 誇りのひび割れと、学びの本質

 リオナの背中。酸で服が溶け、紫に変色した患部に、そっと薬液を振りかける。


 ジュワッ……!


 薬液が触れた瞬間、リオナの表情が激痛にゆがんだ。

 だが、紫色の毒素が煙のように薄れていく。


 「……効いてる……!」


 焦点の合わなかった瞳が揺れ、やがて僕の顔を捉えた。


 「ロキ……?」

 

 かすれた声。弱々しくて、さっきまでの気丈さはない。

 けれど、意識は確かに戻っている。


 「……すまない。私が……下手なプライドを持ったせいで……」


 その目は、悔しさと自責で揺れていた。

 僕は首を振る。リオナは少しだけ目を伏せる。


 「……よく、解毒ができたな……」


 僕は少し照れながら答えた。


 「さっき採取した解毒草だよ。魔工科は治療薬の授業もあるから。

 ――サキュバスの先生に教わってるんだ」


 そう言って笑ってみせると、リオナの表情がわずかに緩んだ。


 「私は薬草の採取を軽んじていたのに……治療薬に救われたのか……」


 リオナの声はかすかに震えていた。

 強いはずの瞳が、ほんの少しだけ揺れる。

 それは、首席としての誇りが傷ついたのと──自分の軽率さへの反省を静かに受け止めている目だった。


 その時――僕の視界に、リオナの肩が入った。

 酸で溶けた制服のマント。露わになった肩。


 リオナも気づいたのか、肩を隠そうと身を縮める。


 「ご、ごめん……!」


 僕は慌てて目を伏せ、自分のマントを外してリオナにそっとかけた。


 「これ……使って。寒いだろうし……」


 布が触れた瞬間、リオナは小さく息を呑んだ。

 うつむいたまま、かすかに言葉を落とす。


 「……すまない」


 その声は、いつもの強さとはまるで違っていた。


 ――しばらく沈黙が続いた後、リオナがぽつりと口を開く。


 「ロキ……少し聞いていいか?」


 「どうしたの?」


 リオナは視線を落とし、言いにくそうに言葉を探した。


 「ロキは……その……魔法が使えないのに、どうして魔導学院に?」


 僕は少しだけ目を伏せた。

 言うべきか迷ったけれど、この場で嘘をつくのは違う気がした。


 沈黙のあと、僕はゆっくり口を開いた。


 「……幼なじみを追いかけて、かな」


 「幼なじみ……?」


 リオナが首をかしげる。

 僕は洞窟の壁を見つめながら続けた。


 「こないだ襲名した水の賢者、アミリア。あの子……僕の幼なじみなんだ」


 リオナの目が大きく開かれる。


 「水の賢者が……?」


 「うん。同じ村で、ずっと一緒にいた。――でも、アミリアは才能があって……

 僕とは違って、どんどん遠くへ行ってしまった」


 言葉にすると、胸の奥が少しだけ痛む。

 僕は苦笑した。


 「僕じゃ釣り合わないって分かってるのに……ほんと、どうしようもないよね」


 ――リオナは自嘲気味に話すロキの横顔を見つめながら、胸の奥がざわつくのを感じていた。


 (水の賢者アミリア様……)


 リオナの脳裏に、襲名の儀式の光景が蘇る。

 空を割るような水の奔流。世界そのものを支配するような水竜。

 誰もが息を呑んだ、圧倒的な才能。


 (あの日……私は初めて挫折した)


 貴族の家に生まれ、常に一番だった。

 魔法も、学力も。

 周囲は私を“才女”と呼び、私自身も学院を主席で卒業する未来を疑わなかった。


 けれど――


 同い年の水の賢者・アミリア様の魔法を見た瞬間、私の自信は粉々に砕けた。


 (世の中には……上がいる。本物の前では、私の才能なんて……ちっぽけなものだった)


 胸が締めつけられる。

 ロキはその娘のことを追っている。

 魔欠と嘲笑していた相手に、命を救われた。


 その事実が、誇りを持っていたはずの胸を強く揺らす。


 洞窟の中に、しばらく静かな時間が流れた。


 ――――


 次の瞬間、リオナの表情が再び引き締まる。


 「このあと……どうする? 奴はまだ近くにいる。

 

 すまないが私は魔力切れで……戦えない」


 僕は苦笑いを浮かべた。


 「僕の剣もあいつの酸でボロボロなんだ。――全力で逃げよう」


 洞窟の外から、木々をなぎ倒す重い音が響いてくる。


 ズル……ズル……ギャアアアッ!!


 奴はまだ近くにいる。片目を失って怒り狂い、僕たちを探している。

 僕は深呼吸して、リオナに向き直った。


 「奴は片目をつぶされて、感覚が鈍っているはずだ。

 ――リオナは僕がおんぶするから、振り落とされないようにしっかり掴まってて」


 その瞬間――リオナの頬が、赤く染まった。


 「……お、おんぶ……?」


 普段の凛々しい彼女からは想像できないほど、小さく、か細い声。


 「僕、足腰は自信あるから」


 リオナは視線をそらし、耳まで赤くなっていた。

 

 リオナの腕が、そっと僕の肩に回された。

 その温もりに、胸が少しだけ熱くなる。


 ――――


 僕はリオナをおんぶし、外の様子を覗く。


 「……いた。奴だ」


 リオナが息を呑む。


 思い出したようにリオナが言葉を発する。


 「ベノムサーペント……確か、熱源を感知して獲物を追うって、生態の授業で先生が言っていた」


 「……熱……?」


 僕はハッとした。そして、バッグから小さな魔力オーブを取り出す。


 「それは?」


 「僕が実習で作った魔力オーブ……の失敗作」

 

 最後は小声だった。

 自分の不器用さが恥ずかしくて顔が熱くなる。


 「でも――ちょっとした火くらいなら、つくと思う」


 僕は逃げる方向とは逆へ向けて、思い切りそれを投げた。


 ヒュッ……!


 オーブが地面に落ちた瞬間――


 ボウッ!!


 小さな炎が立ち上がり、周囲を赤く染めた。


 その高温に反応して、ベノムサーペントが一瞬で向きを変える。


 ギャアアアアアッ!!


 長い巨体をうならせながら、おとりの炎へ向かって疾走していく。


 リオナは目を見開いた。


 「……そうか。奴は熱に反応する……

 だから火魔法を使う私を執拗に狙ってきたんだ」


 その声には、悔しさと気づきが入り混じっていた。


 「生態の授業も……私はテストの点数としてしか見ていなかったんだな……」


 僕は首を横に振る。


 「それを知ってるリオナはすごいよ。僕なんて赤点ぎりぎり」


 リオナの表情がふっと和らいだ。


 ――僕は全力で、洞窟を背に走りだした。

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