第38話 絶望の中、光った彼の剣と勇気
リオナは木の影に身を寄せ、息を押し殺していた。
額には汗が滲み、手は震え、指先の感覚すら薄れている。
「……今ので最後」
かすれた声が漏れた。
魔力障壁と攻撃魔法の連発で、魔力の流れが完全に途切れてしまった。
魔力切れ――。
それは、魔導師として攻撃も防御も、何ひとつできないということ。
「毒……回復もできない……」
リオナは自分の腕を見る。
袖は破れ、皮膚は赤黒く腫れ、紫色に変色していた。
ベノムサーペントの毒が、じわじわと体内を侵食している。
視界が揺れ、耳鳴りがする。呼吸が苦しい。
それでも――リオナは歯を食いしばった。
木々の向こうで、巨大な影がゆっくりと動く音がした。
ズル……ズル……
地面を這う、重く湿った音。
恐ろしいあの巨大な毒蛇が、リオナを探している。
リオナは木の影に身を縮め、震える手で口を押さえた。
ズル……ズル……
そして――木々の隙間から、巨大な影がぬるりと姿を現した。
近づくだけで、鼻を刺すような刺激臭が漂う。
リオナは息を呑んだ。
「……っ……!」
ベノムサーペントは、リオナの隠れている木の影に気づき、
ゆっくりと首をもたげた。
そして――大口を開けた。
闇の奥に吸い込まれそうなほど巨大な口。
その両端には、鋭く長い二本の牙が突き出ている。
牙の先端からは、透明な液体がぽたり……ぽたり……と落ちていた。
猛毒――。
地面に落ちた瞬間、草がジュッと音を立てて溶ける。
リオナの顔から血の気が引いた。
ベノムサーペントが頭上に影を落とす。
リオナの瞳に、"絶望"が広がった。
「……誰か……」
喉の奥から、押し殺していた悲鳴が溢れ出る。
「いや……!」
声は震え、涙が一気にこぼれ落ちた。
「いやぁぁぁぁっ!!」
目の前には、自分の体ごと飲み込もうとする巨大な口。
後ずさろうとしても、逃げる力はもう残っていない。
ベノムサーペントがリオナを丸呑みにしようと大口をさらに開いた。
その瞬間――。
キィンッ!!
木漏れ日の中、鈍く光る"何か"を持った人影が一直線に飛び込んだ。
次の瞬間、ベノムサーペントの片目に銀色の刃が突き刺さる。
「ギャアアアアアアアッ!!」
緑色の血を吹き出し、森全体が震えるほどの咆哮。
巨体がのたうち回り、木々を次々となぎ倒していく。
ドガァン! バキィッ!
倒れた木が地面に激突し、土煙が舞い上がる。
「な……なに……?」
目の前には、ロキが立っていた。
その手には剣。刃が鈍い光を帯びていた。
リオナは呆然とその光景を見つめた。
――私を追いかけてきてくれた?
ロキは息を切らしながらもベノムサーペントを見据え、
一瞬だけリオナに視線を向けた。
「リオナ。今のうち」
次の瞬間、ロキは迷いなくリオナの身体を抱き上げた。
「えっ……!」
驚く暇もなく、ロキはそのまま地面を蹴った。
ダッ――。
――――――
ベノムサーペントは片目から血を流し、怒り狂って暴れ回る。
「ギャアアアアアッ!!」
木々がなぎ倒され、土煙が舞い上がる。
僕はリオナを抱えて必死に逃げた。
レイン先生との稽古で鍛えた足腰は軽い。
森の木々を縫うように走り、暴風のように暴れる大蛇と距離を取っていく。
腕の中のリオナは、魔力切れと毒で力が抜け落ちている。
制服のマントは溶け、紙のように崩れ、その下の肌が露わになっていた。
色白の肩には紫色の斑点が広がっている。
「……っ!」
僕の脳裏に、魔法薬士のカーミラさんの言葉が蘇る。
『ロキ、よく聞きなさい。――毒はね、口で言うほど生易しくないよ。
一度体内に入ったら時間との勝負になる。
治癒が間に合わなければ、どれだけ頑丈な戦士でも死ぬからね』
胸が一気に冷たくなる。
呼吸が浅くなり、腕の中のリオナの体温がどんどん奪われていく気がした。
足は動いているのに、頭の中だけが焦りで空回りする。
「急がないとまずい――毒が全身を巡って、手遅れになる」
僕はリオナを抱えたまま、必死に森を駆け抜けた。
その時、岩肌の隙間にぽっかりと口を開けた小さな洞窟が目に入った。
「……ここだ!」
僕は迷わず飛び込み、リオナをそっと地面に寝かせた。
洞窟は自然にできたものらしく、狭いが奥は浅い。
魔獣の気配もない。
「ここなら……安全だ」
僕はバッグから、さっき採取した解毒草を取り出した。
授業でカーミラさんに教わった抽出方法を思い出す。
石ですりつぶせば、多少でも解毒効果のあるエキスが抽出できるはずだ。
僕は解毒草を石で丁寧にすりつぶし、布でこして濁った液体を作った。
これなら──。




