第37話 森の赤い果実は警告する
そこには、小さな赤い果実が絨毯のように敷かれていた。
僕は、はっと息をのむ。
「……サーペントベリー。なんでこんな大量に……」
子供の頃、森に詳しい猟師のおじさんに教えてもらった。
サーペントベリーは蛇系モンスターの好物で、近くに潜んでいる可能性があるから注意しろ、と。
それにしても量が異常だ。
潰れた果実。散らばる果肉。細長い擦過痕。
“食い荒らされた”跡だ。
胸の奥が冷たくなる。
「リオナ。ここ……危ない。魔獣の餌場かも」
リオナがわずかに目を見開いた。
――その瞬間。
ズズズ……
森の中で、何かが動く気配があった。
低く、地を這うような唸り。空気がひやりと沈む。
鳥たちが一斉にざわめき、枝葉が震えた。
「……何かいる。音を立てないで」
リオナが小声で言う。
「サーチに反応はないわ。気のせいではないの」
静寂が、逆に耳を刺す。
「いや。間違いなくいる」
十秒……二十秒……
僕は全神経を集中させた。
ズズズ……
大きい。太く、長い。巨大な縄が地面を這うような、湿った摩擦音。
――僕たちに気づいた!
「地面の下だ!」
信じられない速度で動いている。
バキッ! バキバキッ!!
地中から何かが突き上がり、太い枝がまとめて砕け散った。
土が盛り上がり、裂ける。
そして──それは姿を現した。
リオナが固まる。
「……なに、これ……?」
土埃の向こうから、ぬらりと黒光りする頭部の鱗が現れた。
毒々しい深緑、ところどころに赤い斑点が浮かび、まるで血が滲んでいるように見える。
太さは大人の胴ほど。長さは……見えない。
地面の中に続いている。
目だけが、異様に静かだった。冷たく、濁りのない黄色。
獲物を見つけた時の、蛇特有の“動かない目”。
その視線が、まっすぐ僕たちに向けられていた。
とてもC等級やD等級のモンスターには見えない。
思い出した。
生態の授業で習った“蛇系魔獣の上位種”。
危険等級B――ベノムサーペント。
だが……この大きさは、明らかに異常だ。
僕の本能が、はっきりと危機を告げていた。
リオナがわずかに息を呑む。
――その間にも、巨大な蛇はゆっくりと首をもたげる。
「私に任せろ。仕留めてやる」
リオナが前に出ようとする。
「リオナ、こいつはやばい。隙をついて逃げよう」
だが、リオナは振り返らない。
「私の家は炎の加護を受けた騎士の一族。敵に背を向けることはしない」
その言葉には、貴族としての誇りと、学年トップとしてのプライドが混ざっていた。
――その瞬間。
ズドンッ!!
巨大な影が、地中から跳ね上がった。
土が爆ぜ、木の根が裂ける。
ベノムサーペントの頭部が、まっすぐこちらへ迫る。
深緑の鱗が毒々しく光り、赤い斑点が脈打つように揺れている。
リオナは詠唱を始める。
「炎よ――我が命ずる。矢となりて射抜け。
――《ファイヤー・アロー》!」
ドガァァァン!!
リオナの魔法がベノムサーペントを直撃する。
――しかし。
ほとんどダメージを受けていない。
冷たい黄色の目が、まっすぐリオナを捉える。
口がゆっくりと開き、紫色の舌が空気を味わうように揺れた。
次の瞬間、ベノムサーペントが怒りを露わにするように首を振り上げた。
ジュウゥゥゥ……
吐き出された液体が、近くの木に降りかかる。
触れた部分が、じわりと黒く変色していく。
毒だ――。
「リオナ! 気をつけて!」
リオナは咄嗟に魔法障壁を張った。
「これなら……!」
だが、毒は障壁の隙間を抜けてきた。
気化した毒素が、薄い膜の内側へ入り込んでいく。
リオナの呼吸が乱れた。
「っ……!」
苦しそうに咳き込み、膝が崩れ、地面に手をつく。
指先が震え、力が入らない。
その瞬間、ベノムサーペントが動いた。
地を割るような勢いで、リオナめがけて飛びかかる。
「リオナ!!」
考えるより先に、体が動いた。
僕はリオナの"盾"になるように飛び込み、ベノムサーペントの尾が横薙ぎに振るわれた。
ドゴッ!!
視界が白く弾け、体が宙に浮いた。
次の瞬間、背中が木に叩きつけられる。
「ロキ!!」
リオナの叫びが聞こえる。
毒でふらつきながらも、リオナは魔法矢を放ちベノムサーペントの気を引く。
そして僕からサーペントを引き離すように走り出した。
「待って……リオナ……一人じゃ……無理だ……」
声が震える。
早く追わなければ。
いくらリオナでも、あいつには――




