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無色の勇者と七色の約束  作者: 白猫サクラ
第8章 大蛇と炎の才女、揺れる想い
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第36話 薬草採取と貴族のプライド

 翌日、ミラはミールの執務室の扉を軽く叩く。

 「ミール。入るよ」

 気心がしれているのか、ミラは遠慮のない様子でミールの執務室に入り椅子に腰かける。

 

 中から、疲れたような、しかしどこか期待を含んだ声が返る。

 「……ミラか」

 

 ミラは静かに入室し、ミールの前に立った。

 「アミリア様は……とても喜んでおられた。“癒されました”“とてもうれしかったです”と。確かに伝えてほしいと頼まれた」

 

 ミラは続ける。

 「それと……“願いベリーの香り、ありがとう” とも」

 

 ミールは眉をひそめた。

 「願いベリー……?」

 

 「ふるさとの呼び名だそうだ。詳しくは分からないが……アミリア様は、その言葉を伝えてほしいと」

 

 ミールは、しばらく言葉を失ったように目を伏せた。

 そして、何かを察したかのうようにゆっくりと息を吐く。

 「……そうか。」

 

 ミラは続ける。

 「香の入っていた布袋を、ずっと大切そうに握っていた。あれは……特別な贈り物だったのだろう」

 

 ミールは、机の上の書類をそっと閉じた。

 「ああ。ありがとう、ミラ。――本当に……ありがとう」

 

 ミラは肩をすくめる。

 

 「今度、食事でも奢ってもらうから」


 「はいはい。覚えておくよ」


 ミラは静かに去っていった。

 扉が閉まると、執務室にはしばしの静寂が訪れた。


 ――――――


 その日の放課後、僕はミール先生に招かれ、執務室に入った。

 胸がざわついていた。

 

 「例の贈りもの。アミリア様は……とても喜んでおられたそうだ」


 その瞬間、呼吸が止まった。

 「“癒されました”“とてもうれしかったです”と……確かに伝えてほしいと、そう言われた」

 

 視界がわずかに揺れた気がした。胸の奥が熱くなる。

 

 ミール先生は、さらに続けた。

 「それと……何のことかは分からないが――“願いベリーの香り、ありがとう”……だそうだ」


 僕は息を呑んだ。 

 胸の奥にしまっていた幼い日の記憶が、一気にあふれ出した。 


 ――願いベリー。二人だけの秘密の儀式。


 アミリアは、覚えてくれていた。言葉にならない感情が、喉の奥で震えた。

 “ずっと待っている”

 あの約束……アミリアがそう言ってくれている気がした。

 

 涙をこらえる僕の肩を、ミール先生は優しく叩いた。

 その温もりが、幼い日の記憶と重なっていく。


 胸の奥で、ずっと沈んでいた小さな光が、そっと息を吹き返した。

 それは、僕が前に進み続けるための──静かで確かな 支え だった。


 その光を胸に抱えたまま、僕はまた学院の日々へ歩き出した。

 ほんの少しだけ世界が明るく見えた。

 どんな小さな一歩でも、前へ進める気がした。


 ――――――


 それから数日後

 僕たち魔導学院の学生は、央都の南方に広がるラーナの森に来ている。


 ラーナの森は穏やかな森で、街の魔法薬士たちも素材採取に利用している。

 今日は授業の一環で、魔法薬の素材となる薬草の採取が目的で、学年の全生徒が行う合同実習だ。


 引率のコレッタ先生の声が響いた。


 「この森で、回復薬や解毒薬などの素材となる薬草を各自採取しなさい。

 魔法薬は、魔導士が魔力切れになった時、自分を守るためのものです。

 魔法科の生徒も、しっかり取り組むように」


 あちこちから不満の声が漏れていた。


 「こんなの、魔導士の仕事じゃないよな……」

 「薬草なんて、魔工科だけでやればいいのに」

 「土いじりとか、聞いてないんだけど」


 ざわつく声が森に広がる。

 魔法が花形の彼らにとって、泥に触れる作業はきっと耐えがたいのだろう。


 子供の頃から孤児院の花壇で土をいじっていた僕には、この作業に抵抗はない。

 (あの頃、アミリアと並んで花を植えたっけ)

 その記憶が、胸の奥をそっと温めた。


 僕は、魔法科の皆と一緒だとまた何か言われるのではないかと思い、森の少し奥へ入った場所で採取することにした。


 ――――――


 ここなら静かだ。


 まずは、淡い緑の葉を広げた解毒草。

 根元を押さえ、土を崩さないように引き抜く。


 次に、葉脈が赤く光る活力草。

 回復薬の主素材だ。茎が折れやすいから、指先でそっと支えながら摘む。


 どれも、孤児院の花壇で触れてきた土と同じ匂いがした。


 僕は手を止めず淡々と摘み続け、気づけば腰の袋はもう半分ほど埋まっていた。

 (……だいぶ集まったな)


 風がひとつ抜けていき、草の匂いが薄く流れた。


 立ち上がって周囲を見渡すと、少し離れた場所に赤い髪が揺れていた。


 ――リオナ・フレイ。

 貴族出身、学年トップの火属性のエリートだ。

 もちろん、魔欠けの僕が学院にいることを面白く思っていない側の人間でもある。


 けれど、彼女の腰袋はほとんど膨らんでいなかった。

 貴族育ちのリオナにとって、土に手を伸ばす作業はやはり抵抗があるのだろう。

 離れた場所にいるのは、皆に土をいじっている姿を見られたくなかったのかもしれない。


 リオナが膝をつき、草をつまみ上げた。

 その葉の色を見た瞬間、胸の奥がざらつく。


 (……あれは、毒草だ)


 僕は距離を詰める。


 「リオナ……今とった草……」

 

 彼女がこちらを見る前に、短く続けた。


 「毒があるやつ。薬草じゃないから、気をつけて」


 リオナの指先が止まった。

 一瞬固まったあと、指を離し、わずかに頬が赤くなる。


 「……そうなんだ」


 短く返す声に、かすかな気まずさが混じっていた。

 その沈み方で、彼女のプライドに触れてしまったのが分かる。


 (……悪かったかな)


 リオナの視線が僕の腰袋へと流れ、薬草で膨らんだ袋をじっと見つめていた。


 「薬草の採取なんてしたことないから……」

 

 リオナは小声でつぶやく。

 

 「実家の屋敷で、メイドたちが摘んでるのを見たことはあるけど」


 言葉の終わりがわずかに濁った。

 "毒草"を摘んでしまったことが、きっと恥ずかしかったのだろう。


 「あなたは慣れているのね」


 リオナがぽつりと言う。


 「僕は……こういうことしかできないし」


 それだけ返して、僕はまた草へ向き直った。


 ――――


 改めて根の張りを確かめ、淡々と摘み取っていく。

 しばらくすると、背後で小さな気配が動いた。


 胸がわずかに跳ね、振り返ると、リオナが少し距離を置いてついて来ていた。

 足音を消そうとしているのが、逆に目立っていた。


 (……取りたいのかな)


 僕は次の薬草を見つけてしゃがみ込んだ。

 余計なお世話だったかもしれないけど、リオナにも伝えた。


 「ここにも、生えてるよ」


 リオナは一瞬だけ迷うように立ち止まり、

 何も言わずに僕の横へしゃがんだ。


 けれど、指先が草の上で止まった。――取り方が分からないのだ。


 「根の部分を持つと、うまく抜けるよ」


 僕がそう言うと、リオナはためらいながらも指を伸ばした。

 根元をつまみ、そっと引く。

 土がほどけるように、草がきれいに抜けた。


 「やった。綺麗に取れたね」


 「……」


 リオナの表情はほとんど変わらない。

 嬉しさと、くやしさと、恥ずかしさが混ざった色だった。


 「僕、取りすぎちゃったから……よかったら」


 僕は自分の薬草をリオナに差し出した。


 リオナは一度だけ見つめた。

 欲しいような、受け取りたくないような、そんな沈黙が落ちる。


 それでも、彼女の指先はそっと伸びてきた。

 触れた瞬間、また頬がほんのり赤くなる。


 エリートのリオナは、魔欠けの僕に手を借りたなんて皆に知られたくないのだろう……

 そのあと、ふっと視線をそらす。


 「……私は、もう少し向こうを探すわ」


 それだけ言って、リオナは立ち上がった。

 背筋を伸ばし、少しだけ早足で森の奥へ向かった。


 僕は別の方向へ歩き出した。

 土の匂いと、風の音だけが続く。


 遠くを見ると、リオナは腰を下ろし、熱心に草をかき分けている。


 (……学年トップのプライドもあるのだろう。自力で達成したいんだろうな)


 ――しばらくすると、リオナが気まずそうに僕のところへ来た。

 視線を合わせず、少しだけ声を落としている。


 「ロキ……ちょっといいかな……

 あっちに珍しい植物が群生しているんだが……」


 僕は植物に特別詳しいわけではない。

 けれど、この森に生えているものくらいなら、何となく分かる。


 「なんだろう」


 リオナの示した方へ歩いていく。――

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